六百九十一生目 菓子
ゴースト。
ただの白い布ならば怖くない。
しかし来訪者たちはここで結構ビビってくれる。
わりと高速でこの白い布が飛び回っているからだ。
しかもくり抜かれ顔は怨念がこもっているかのよう。
よく見ればおんなじところを素早く布をはためかせ動いているだけなのだが。
だけど緩急つけて布が激しくはためく音と怪しげな色の空間で正常な判断が失われる。
「うわあっ!? 何!?」
「て、てて敵!?」
「ま、負けないぞ! うおおおっ!!」
あっ!?
魔物の1体が目をつむってゴーストの方に突進を!?
誰かが止めるはずもなく。
「うっ」「あっ」
「ぎゃあああっ!!」
ドンガラガッシャン!
すさまじい衝撃音と共になぎ倒された棒たち。
彼がぶつかったのは仕掛けそのもの。
もちろん意図的に体当たりしないかぎり壊れないくらいの耐久性はあったのだがその体当たりをされてしまった。
悪夢が醒め現実がやってくる。
きれいに隠蔽されていた紐が見え地面に倒れたものはただの布。
動力だって単純なカラクリで幸いなのは修理までもすぐと言ったところか。
「あ、あれ?」
「ああっ! 困るよー!」
「ご、ごめんなさい! つい……」
現地のスタッフが慌てて駆け寄ってきた。
その影響で不気味な演出がただカラーを変えるために透過時に色を通しただけの灯りだとバレバレに。
なにせ駆け寄る影が映し出されているからね。
ううむ。事前練習ということで先にココらへんをやっておいてよかった。
彼らはその後も順調に巡る。
不気味な笑い声を上げる不気味な魔女の像やあまりに大きな蜘蛛の巣と蜘蛛……の像。
怪しくテカる紫に染まった景色や昼でも夜のような空間。
飾り付けのコウモリたち。
そして巡回者たちを突如追い越していくコウモリたち……
あれ? あんなギミック入れたっけ?
『コウモリたちが飛んでいるけれど、スタッフにいたっけ?』
『あー、いや、どうやらいたずら好きたちが便乗しているな。普段自分たちが飛んでても誰も驚かないのに、今鳴きながら飛ぶだけでみんなすくみ上がるから、面白がっているらしい』
乱入者……
スキルによる念話でジャグナーには参加者たちの迷惑にならないように見張るよう指示を出しつつ。
実際祭り当日は各々楽しんでもらうからこういうものはまあ歓迎と考えたほうが良いかな。
散々普段見慣れたはずの場所が禍々しく変化するという摩訶不思議な世界を味わった参加者たちは次に甘い場所に誘われる。
ほのかに甘く香ばしくどこか優しい。
空間も夕焼けの色がさす中でお菓子の模型が飾り付けられる。
「た、助かった〜!」
「休憩スペースかな」
「ええと、なになに……?」
参加組には回って欲しいところが書いた地図を渡してある。
各々の班にひとりは字が読める担当を用意してあるのでなんとかなるわけだ。
「ここは……お菓子の家コーナー。かぼちゃがある家を訪ねて、とりぃく・おぁ・とりぃぅとと言おう……だってさ」
「とぅりっく・あ・とぅりーとって?」
「ええと……おかしをくれなきゃイタズラするぞっていう、ニンゲン語だってさ」
なおこの世界のニンゲン語ですらない。
英語だ。
発音は大半の魔物が出来ないので各々の言語でそう言ってくれればオーケーとしている。
さっそく彼らは私の家前にたどり着いた。
ドアにはドアを強く鳴らすための叩き仕掛けがついている。
4足と2足高さが違う相手双方のために2種類。
私も"鷹目"や光神術"エコーコレクト"で外の様子を見てないで準備しよう。
ドンドンドン! ドアが鳴る。
わざとらしく足音を立てて移動。
「はーい! ようこそ!」
ドアをあけるとさっきの3匹がおめみえ。
こっちを見て目を輝かせている。
「わーっ! 素敵だ!」
「部屋のなかもお菓子!」
「その帽子、いいですね!」
「ありがとう! 魔女の帽子だよ」
私も今日は軽い仮装ということで三角帽子をかぶっている。
光神術"ミラクルカラー"でカラーもいじってある。
具体的に言うと緑っぽくしつつ顔や身体にマンガチックなツギハギ模様。
不慣れな彼らでも血のにおいもしないし明らかに描いているようなこの色合いでは死体だとは思わない。
仮装とはなんなのかというのがよくわかるだろう。
それに事前に散々こわいもの配置した影響も少なくない。
内装は少し凝ってみてキレイにしてある。
具体的には光が砂糖の粒で乱反射しているかのようにしてあるのだ。
クッキーのような質感の壁紙ややたらでかいお菓子風グッズも含めて。
「それより、言うことはありませんか?」
「あ、っと……ええと、そうだ」
「せーの」
「「トリック・オア・トリート!」」
うん! 問題なさそうだ!




