六生目 王
先程まで母の姿を見つけ喜んでいたイとハが遅れて瞳に飛び込んできた、どこぞの暴力派閥ですかと言いたくなるような父を見つけ一気に消沈した。
そらそうだろうと私は思う。
私達3兄妹は毛皮の向こうで顔が青ざめている事だろう。
・ジャック視点に変更
私は誉れ高き職であるジャックを群れから承った身である者!
と肩肘張るのは外だけにしておこう。
俺はこの群れのジャックの片割れだ。
キングとクイーンの身辺警護とキングの事をよく観察し修行することで成長する立場だ。
将来はキングになるためだ。
まあようはエリートコースという奴だな。
相方は最近イライラしているメスホエハリだ。
クイーン候補でもある。
ただまあだからこそイライラしているのだけれど。
理由は簡単、最近産まれた子が急遽クイーン第一候補になるという噂になったからだ。
もしクイーン争いに負けたら彼女は生涯ジャック止まりかまたは何匹か引き連れ群れを離れなければならない。
もちろんその先で新たな群れを作るというのも、アリだ。
だけれども彼女はこれまではストレートでエリート街道に来ていた。
そこにまだまともに活躍を見ていないぽっと出が現れたら誰だって気を良くはしないだろう。
とりあえず現在はキングとクイーンの道を作らせふたりを待っている段階だ。
普段なら共に来るのだが少し話をしたいと先に離れるよう指示をされた。
群れの決まりでクイーンが仔を産みハートに預けるまでキングですら会うことも禁じられている。
隔離された空間でジャック、つまり俺たちが表口に立ち言伝を頼まれる程度である。
食事も俺たちに運搬をさせて自分すらその場から動かず真摯に仔を育てる事に専念する。
当然ふたりは今日まで会っていない。
久々に会えばつもる話もあるだろう。
夫婦水入らずというやつだ。
しばらくしたらその夫婦がやってきた。
仲の良さは群れ中良く知っていて気のせいか親父……キングの機嫌が良さそうだ。
いや、気のせいじゃないな。
明らかに上機嫌で気も顔も緩んで朗らかだ。
ただ親父の笑顔って慣れないとめちゃくちゃ怖いんだよなぁ〜。
ほら、明らかに仔どもたちドン引きしているじゃん。
ああ、笑顔のままズンズン進んでいく。
隣にかかあ……クイーンがいるのが何とか中和剤になってるか。
俺たちも一糸乱れぬように後方やや斜めを付き歩く。
かかあがいなきゃそのまま卒倒するだろうなあ〜……
そんな仔の心親知らず、無慈悲にも行進は仔どもたちの目の前で止まった。
幸い仔どもたち側はかかあがいる。
「かあさん!」
「かあさま!」
仔どもたちがかかあに駆け寄って行く。
これかかあが来てくれて嬉しいのもあるけど明らかに『こわいから助けて!』ってやつだろう。
しかし仔の心親知らず。
「きょうだいたち、おとうさん、あいさつ」
朗らかな笑顔でかかあが親父に仔どもたちを差し出したーッ!
何度も見てきた光景だがエグい!!
かかあは感性がズレてるというか、親父の事をこわいと思った事は無いらしい。
伝え聞く伝説ではかかあは昔まだクイーンでなかった時代。
親父と共に全身で鮮血を浴びておきながら朗らかな笑顔を崩さなかったという。
当時の事をデートの思い出とか言ってたし文字通り怖いもの知らずなんだろう。
ああ、仔どもたちが情けない声で泣き出した。
ごく自然に服従のポーズとってる……
毎回恒例になっているとは言えやはりエグい。
ただ気になるのは噂の才仔ちゃんは腹を見せた他の二匹と違い動いてはいない。
「おまえたち」
親父が言葉を紡ぐ。
それだけで仔らはビクついてる。
仕方ないよね、威厳たっぷりだもん。
「われ、キングなり。そしてちちおや」
めっちゃ激しく相槌打つ仔どもたち。
過去の自分と被って泣きそう。
「らくにせよ」
素早く服従のポーズから座りに直す仔どもたち。
コミカルに動く二匹と違い未だ微動だにしない才仔。
おっと? ここで俺の隣からイライラが飛散!
相方が才仔に対して命令を聞けと怒り出しそうだ。
さすがに仔ども相手にそんな事はしないだろうが……
ハートのペアに何とか目線で合図を送る。
「キング、こどもら、たしか、あずかります」
「うム、きたいしておる」
よぉーし、オーケーこれで話が進むし注意が逸れる。
実際親父はかかあの方を一瞥してから再び歩き出した。
隣のイライラも業務再開に伴い収まったようだ。
俺も隊列を乱さないように歩かねば。
「よきかな、よきかな」
親父が小さくそう言う。
やはり機嫌が良い。
「しかし、そうか」
歩きながら親父は誰に聞かせるつもりも無いだろう小さく呟いた。
「あのこ、のろいご、ふム」
……呪い仔?
聞いたことの無い単語だ。
キングのみ知り得る何かなのか。
俺は注意深くキングの呟きを聞き漏らさないようにしつつ歩いた。
「くろうするな、あのこ。かこく、うんめい、あそばれている」
何とも物騒なワードが並ぶ。
あの才仔に一体何が……?
「いきのこれよ」
そう言って再び親父は口を閉ざした。
聴こえていたはずのかかあはニコニコ笑顔。
あれは絶対『あの仔なら何があっても平気よ、何せ強い仔だもの!』とか思ってそうだ。
クイーンよ、あなたほど心が堅牢なホエハリはいませんよ……
そしてかかあに比べれば親父の中身は至極真っ当だ。
常識者だ。
つまり普通だ。
だから親父はいつも恐れているんだ。
俺たち親父の仔が帰らぬ者になることを。
・主人公に視点変更
こんな経験はないだろうか。
目の前の巨大熊がこちらを食べようかと考えているかのごとく牙をちらつかせている事。
そんな恐怖に落とされたあげく理解できない言語を囁かれ脳髄が完全に犯され記憶することすら出来ずに封鎖する事。
何もかも終わった後に「お姉ちゃんは毅然としてて凄いねー」なんて周りから冗談半分に褒められた事も含め。
経験していないならぜひ楽に体験できる方法がある。
我が群れの王の前に連れてくれば良いだけである。
あー、あー、私は私、前世の記憶はないが意思はある現在ホエハリというモンスター? になっている私ですこんにちは。
あのガウハリの隣に母がいなければ私は今頃意識不明の重体だったに違いない。
原因は精神的ショックだ。
母はまた私を救ってくれた。
確か、あのガウハリが父?
あの父が母とあれやこれやして大家族計画??
母が勇者で父は魔王か何かですか???
私には絶対こども育てるどころか子作りすらムリだわーって思ってた所にコレか。
菩薩のような笑顔を振りまく母からは学びいたします点が多すぎる。
私達3兄弟育て多くの仔らを育て上げ魔王の隣を悠然と歩くとは。
どれだけの愛があれば行えるのか……
いや、あれこそが愛なのか。
母こそが愛の化身なのか!
もはや概念である。
なんやかんや私が真っ当な意識を取り戻した頃にはキングたちが先に自らの食事を持っていって帰った所らしい。
危なかった。
もし帰り中に不意に意識を取り戻していたらドアップでうつったキングの姿を見て正気度チェックを行い盛大に失敗するところだった。
一時的発狂より上は流石につらい。
ちなみにキングたちが先に食事を取るのも群れの掟らしい。
逆に言えば群れはキングたちが食事を取らなければ誰も食べられない。
というわけで私達も食事の時間だ。
スペードと呼ばれる部隊が私達の近くにやってきた。
4匹の彼らはバラバラになった何かの部位や死んだ鹿? のような何かを持ってくる。
ついでに大量のきのみも。
こんなにどうやって持ってきたんだと思うのは私だけでは無いだろうがちゃんと目の前でクローバー部隊が見せてくれた。
見た目は小さなポシェットだろうか、明らかな人工物だ。
そして驚くべきことにそのポシェットの中身からポシェット容量数倍程度のきのみの山が出てきた。
というか雑食なのね私達。
「あの道具は?」
「あれはね、昔の戦利品なんだ。小さいものならいくらでも入れられる便利なものだよ」
戦利品?
ああ、戦利品ね、そういう事ね……