六百八十二生目 勝敗
私の心の中にある森の迷宮。
幼い頃のすべてがここにある。
私の中でいつもここにあったんだ。
ふつうのニンゲンなら光の届かない森だなんて恐怖そのものだろうけれど……
私にとっては庭だ。
影の残す気配を頼りに追いかけていく。
森を抜けたら……今度は荒野の迷宮か!
影に後れを取らないように高速で駆けていく。
だんだんと荒野というよりも不毛な土地へと進んでいるようだ……
世界はまた唐突に境目が生まれ切り替わる。
今度は……コンクリートで出来た大地。
立ち並ぶのは空を貫く塔たち。
……しとしとと雨が降り出した。
疑う余地もない。
記憶になく知識に……そして魂にある場所。
前世の世界。
天を貫く塔はビルだ。
知識にだけあるはずなのにどことなく見覚えがある気がする。
だが車も走っていなければごったがえす人々もいない。
ビルには明かりが灯らずニンゲンも鳩もカラスもあらゆる気配はない。
ただ暗闇に沈んでいる。
ただ……
影の存在を除いて。
「来てしまったんだね。英傑だと自分を思い込んで。自分をおかしくも過信して、ここまで来た」
「そういう影も、ここまで引っ張ってきたよね。理由がないわけじゃないでしょう?」
その影は……2つの瞳だった。
背中からトゲを生やす獣でじっとこちらを見据えている。
あの姿はホエハリだ。
私のトランス前……幼かったあの姿。
私の奥底に潜む最後の影。
最もデリケートな部分。
「……少し、意外そうだね」
「ケンハリマか……前世の姿が来るかと思ったから。ニンゲンの姿が」
「私が知らないことは影も知らない。それはそのままだよ」
最初の方で提示されたルール。
どこまで行っても相手は私の影なのだから。
でもだからこそ……
「だけど無意識に知っている事は、キミも分かっている。だよね」
「……なんのこと?」
「多分この場所にあるんだよね。私への指示」
影は驚き目を丸くする。
すぐに細められる。
いわゆるジト目。
「私が知らない事は影も知らない……が、私達が導き導かれたのに理由があるのなら……」
影が前足を振るう!
衝撃波の刃が頭を襲う!?
いやこれは読める。伏せる!
頭上をかすめ刃はビルを切り刻む。
あまりに広く長い射程。
ビルが3つに切り裂かれた。
ばらまかれるビルの破片……のはずが。
それは複数の紙片となる。
私の近くに飛んできた文字は……英字。
多くは意味のない羅列。
その中にたまに意味のある語句が見つかる。
[人の街へ行け]
[その人と契約せよ]
[大陸へ向かえ]
「……やっぱり、こんなものが私の心の奥底に……」
「……っく!」
影の様子がおかしい。
まさに影にとっても不測の事態だったのか。
すごく焦っているような……
それ以上に怒りがある。
「なぜ、こんな! こんなものに私は縛られているんだ! 私は……ただ!」
「ただ、生きたかったよね。何かに縛られずに」
「えっ!?」
影が私のような声を上げて驚く。
いや私の影なのだからおかしくはないんだけれど。
それでもこれまで影は冷淡さや憎悪がこもっていた。
「わかるよ、そりゃあ私なんだもの。そして、その気持ちを……いつの間にかふうじこめていたことも」
「……前世に翻弄され、今も誰かに見えない糸で操られ踊っている、こんなのが、こんなのは私の主役じゃない! ただの……ごっこ遊びだ!」
そうか。結局そこに行き着くんだ。
ならば……
そう。ずっと気になっていたことを試そう。
影はかんしゃくを起こすように腕を振るって衝撃波を放つ!
――しかし。
「なっ!?」
その衝撃波の刃はみるみるうちに萎えて私にたどり着くまでには小さな刃だ。
それでも私の毛をカットするには事が足りたようだがその程度。
これが……
「"無敵"を使ったんだ。影の攻撃に対して」
「そんな効果が……!」
今私も知ったんだ。
説明のない"無敵"レベル10の力はこれか。
相手の攻撃に対して能力を落とさせる。
もちろんこれが本当に"無敵"レベル10の効果なのかはたまた精神世界のいじられた力なのかはわからないが……
少なくとも今はそういうことにした。
彼の攻撃はもはや大きな意味はない。
「付き合ってもらうよ、これからの戦いに」
「どういう……!?」
深い心の世界は外の時間の流れよりもかなり早いんだっけか。
つまり外ではほとんど時間が立っていない。
ならば話は早い。
「私に出来る闘いはキミに勝つことじゃない。キミを……負けさせることだ」
「……なんだそれ? 何も変わらないじゃないか!」
大きく違うさ。
私は1歩前へと踏み出した。