六百七十三生目 書留
「一応ローズさんから送られる生体データと受けた側のデータを元に、キツネ博士やバローさんが、ローズさんのなかまにする能力を研究しているらしいですが、もう少し時間がかかるそうです」
むせるかと思った。
そんなこともしていたのか!?
何も聞いてなくて知らなかった。
「"無敵"そのものは兄弟が持っているけれど弱め、さらに"ヒーリング"と組み合わせた使用が詠唱を組み合わせて、って少し難しいからね……」
たぬ吉ならではの優しさだろう。
聞かれない限りは自身の死後についての設計すらも現段階で深く行っていることを知らせないという優しさ。
私はその優しさを受けていることに気づいていなかったわけだ。
いかにも平然を装ってと。
「そんなこともしていたんだね。そういえば、たぬ吉はそんなにこっちに書類回さないもんね」
「何言ってるんですか、アノニマルースの代表じゃないって言ったのは、ローズさんですよ! まあ、みんなが頼る気持ちはわかるんですけれど……」
実際今日も休みと言いつつ実は我が家には書類が持ち込まれている。
正確には仕事スペースに。
もはや心の中で書類チェックして許諾か拒否かとやるだけなら仕事じゃないと割り振っている。
でないとやりきれない!
もちろん私の部下から回ってくる本来の領分書類もあるのであんまり後回しできない。
なあに慣れればルーチンワークだから……
と思ったが今考えるとワークって自分で思っちゃっているな。
たぬ吉本当にありがたい……
「――と、ローズさんが今いなくなった場合の件は以上です。もちろん、じきにローズさんがいなくなっても完全に回る体制をすぐに立てれるようになりますから、その、死なないでくださいね? 3年……いや2年半で今のプランよりずっと良質になりますけど、それでもローズさんがいてほしいんです!」
「し、死なないよ!? その予定はずっと無いから!」
「なら良いんですが……」
たぬ吉はなんだか不安そうにこちらを見ている。
あれ。何か私が死にに行く目にも見えたのだろうか。
病んでいる自覚はないが。
「その、さっき3つローズさんがいて、仲が良いのか、そもそも3ついるのか、都合よくそれぞれ使っているんじゃないか、みたいな話あったじゃないですか。あっちはあんまり、僕ではお力に成れないとは思うんですが……」
「ああ、いやこれまでのでも十分参考になったよ! 確かにその話はかなり、危ないように見られてもおかしくないとは思うけれど……」
「いえ! その……僕は僕に自信が持てないから、ローズさんのその気持ちがあまりわからないかも、って思ったんです! なにせ、僕は僕のことが嫌いで、恨んだり、憎んだりもして、怒りながらも、ローズさんのようなすごい方やアノニマルースみたいな心地の良い場所を守るためならって、いつも頑張っているんです」
お。重い……!
たぬ吉に相談したはずがたぬ吉の自分嫌いの重さを知らされてしまった。
なんというか疲れそう……
私は……私のことが嫌いかと言えばそうではない。
ナルシストのような好きさなのかといえばまた違う。
ただ在るだけ。
無関心ではなく空気と同じもの。
ただ概念でなければ死んでしまうというもので。
「そ、そこまで自分のこと言わなくとも……私はたぬ吉のこと良い魔物だと思うよ」
「ええ、みんなが僕だけは信じられるんです。僕はローズさんを、色んな面のローズ含めてみんな信じています! だから……ってわけじゃあないですけど、ね」
それでもたぬ吉の瞳は頼もしかった。
これが盲信や依存だったらさっきの冷徹なまでの計算ができず私の恐ろしいと思われている面やそれに……こういうふうに相談する私の弱々しい姿を拒絶するだろう。
なお該当者としては頭の中でアヅキの黒い羽がちらつく。
「……うん、わかった。ありがとう」
「ん? いえ! なんだかおやくに立てたようで!!」
たぬ吉が指のたくさんある両手をバタバタはためかせる。
今のだけですごい喜んで照れ隠しとは……
なんとなくわかってはいたけれど自己肯定感の低さ故なのかな。
「ふう、とりあえず仕事の邪魔しちゃ悪いから、私行くね」
「正直、ローズさんはまた過労ですよ。他の方の倍以上の労働時間、他の方の数十倍の成績を上げているんですから。明らかにしばらく休暇をとっても問題ありません。それが、なかなかかわりがいない原因でもあるんですからね?」
「そ、そうかな? まあ、私は今日も休暇だし……」
「書類仕事しながら戦闘用鍛錬もこなして、その、スキル解明による能力上昇みたいなこともするのは業務ですよ……?」
たぬ吉にややあわれみの目で見られた。
おかしい。
まあそれでもこんな日はなんだかありがたかった。
そうして私はたぬ吉にお礼と別れをつげて帰路へとついた。