六百七十二生目 葬式
「――それで僕のところに相談を!?」
驚きに目を丸くするのはたぬ吉。
相談相手は他でもない彼だ。
なにせ真の意味で率いているからだ。
彼は正直そういう点は気づいていないだろう。
それでもたぬ吉はアノニマルースすべてを円滑に動かすために見えないところで常に働いている。
私が外に出ても大丈夫な理由のひとつでもある。
「うん、これはたぬ吉にしか聞けなかったから」
「ううん、なんだかすごいことになっているのは、僕にもわかりましたけれど、ローズさんのいないアノニマルースですか……想像はしにくいですけれど」
そう言いつつもたぬ吉は仕事の書類から目を離して別のメモ書き板に何やら書き込んでいく。
手先が器用になったからか想像以上に筆が早くあと読みやすい。
「想像はしにくい……と言った手前なんですが、想像したことがないわけじゃあないんです」
「へええ」
「正確にはシミュレートですね。ローズさんが前にアノニマルースを守った際、亡くなりかけてしまいましたよね。それで各地の機能が止まって……そこからです。僕は、少しずつあいている時間なんかに、もしあの重要な魔物がいなくなったら……それか、僕さえもいなくなったら。アノニマルースはどうするか、どう動くかって」
……やはりたぬ吉に相談して正解だった。
彼はみんなと違ってトップとして誰かを引っ張っているわけじゃない。
しかし1歩引いたところから3歩も5歩も先の景色を見通していた。
「みんな戦っています。必要なことですから。戦争のように攻められた時はとても恐ろしかったです。みんな死んじゃうかもしれなかったから……それでもみんなでここまでこれたのは、奇跡以上の実力です」
メモに具体的な数値が並んでいく。
私達なら『こうなるわけがない』という思い込みすら廃して冷徹に。
感情をこえて計算する小さい姿はとても頼もしく見えた。
「それでもこの先もずっとというわけには、行きません。しばらく旅に出るかもしれないし、戻らない道のりを選ぶ方もおられるかもしれない。それでも、アノニマルースは残ります。次の瞬間に前線で戦うみんながいなくなっても、この場所は残るんです」
仕上がったらしく筆記道具を置いた。
たぬ吉はメモをこちらに見せてきた。
「被害が無いとは言いません。それでも僕らは少しずつ、どうにかしようとやらなくちゃいけませんから」
私がいなくなった場合の被害は……甚大だ。
共有していたスキルが一切使えなくなるため火を起こすにしても普段と違う手順を踏む必要がある。
そもそも調理担当のアヅキ中心に錯乱騒動が起きてその鎮圧派と揉めるとのこと。
……アノニマルース内で食い合う映像が思い浮かぶ。
ドライが見せられたという光景。
あれはやはりありうる未来なのか……?
…
「――さん、ローズさん?」
「えっ、あ、うん?」
「話聞いていました? 暴動のあとですよ」
正直聞いていなかった。
完全に意識を持っていかれていたようだ。
いけない。これでは影に勝つどころではなくなる。
「ごめん、なんだった?」
「暴動のあと、鎮圧はしますが……正直自己解決すると考えています」
「えっ?」
殺し……あわない?
私の呼吸が乱れていたのに今気づく。
意識したら少しずつ戻りだした。
「正直2日も引きこもれば十分だと思います。みんなそれでローズさんが戻ってくるわけじゃないことくらい、今ならわかっていますから。ユウレンさんに聞いたことがあるので、このタイミングでローズさんのお別れ会も行いますね。本職の方ですから、ちゃんとやってくれますよ」
自分の葬式の話を聞くことになるのはすごく複雑だ……
それでみんな静まるのなら結構なことだけれど。
「お別れ会は、生きている魔物たちのためにやるそうですからね。そこらへんはなんとかなります。それぞれの生活を取り戻すのはすぐには難しいでしょうが……様々な方法を模索中ですから」
「生きている魔物たちの、心境整理……」
考えれば考えるほどに考えたくなくて先送りにする問題たち。
それをここまで見据えているのかあ。
私よりたぬ吉は断然強い。
「盛大に行ったあと、ええと、現在の状況だと事業の引き継ぎは――」
たぬ吉はスラスラとその中身を語っていく。
被害が甚大だと言った割に私以上にしっかり後継者探しすら行っていた。
たぬ吉は誰よりもアノニマルースを永く動かそうと考えている……
「――と、ここまではなんとか持ち直す予定がありますが、やはり、今すぐいなくなられる想定だとかばいきれていない点が目立ちますね。やはり、ローズさんのスキルがないと勧誘が非常に成功しにくくなるかと。魔物たちはニンゲンたちと違ってそう簡単に広く交流するものは少ないですから」
たぬ吉はつらつらとただありうる未来を語った。
データに基づいたその情報はかなり信頼のおけるものだろう。