六十四生目 愛玩
「まずはあなたを捕虜としたい。
そちらの情報の引き渡しなどの、交換条件さえのんで貰えば身柄の安全は保証するよ」
それを聴くとレヴァナントは大きなため息をついた。
まあこれはぶっちゃけ脅しである。
ニンゲンには自決という手もなくはないが、今はそれも封じさせて貰ってる。
念入りに身体の中も呪術とか毒とか仕込んでないか調べたから、よほど隠蔽してなければ大丈夫。
さらにいうと彼女がただのぶっとびイカれ系ではないのはわかっている。
文字が読めるのは教養の証。
それで看板の指示通り土器と物を交換していたのだから常識も備わっている。
「……わかった、従う。捕虜なんて言葉ホエハリがどこで覚えたのかしら」
「まあ色々あってね。それでまず聴きたいのは、なぜホエハリを狙って殺したの?」
あくまで優しい声色は崩さずに。
相手の心に染み入るように。
しかしレヴァナントはキョトンとした顔をする。
「別に、特定の誰かを狙ったことはない。多くの者を狩ってきてもらうことはあったのだけれど……その場合も単純な命令しか出せる魔法しかないから、難しいのよ」
「スケルトンたちは特定の誰かを狙えたようだけど?」
「彼等だからこそなだけ。死に近いものほどコントロールが効くの。キラーコッコみたいなのでは凄く単純な事を理解させるのが限界ね」
なるほど、完全な死体とそうではない雄鶏たちではコントロールに差が生じるわけか。
あの鳥頭たちに言うこと聞かすのは実に大変そうだ。
クイーン第一だし。
にしてもそうか……森狩りしてただけで私達を付け狙う理由があったわけではないのか……
不安材料が少し減った。
まあ正直に話しているとは思う。
心音や汗まで嘘をつけるやつはそういない。
「ふゥむ、だったら理想郷と言うのは?」
「それを語るには……あなた、人間界には詳しい?」
「いやまったく」
「だったらそこからね」
その理想を彼女はとくとくと語りだした。
まず前提としてニンゲン界の宗教について話が始まった。
ここらへんの地域は私の前世知識で言う土着信仰とか神道とか仏教みたいなのが入り混じっていたらしいが……
「最近めちゃくちゃ幅を効かせてきたのが! 光教よ!
まだやってくるだけならいい!
でも変な考えだけ先に広めたの!」
「へ、変な考え?」
「死霊使いは罪深き存在、というもの!」
その後も怒りに震えながら続けていった。
めっちゃ怒り出してビックリした。
本来は死霊使いはこの国では深く根付いた職業だったそうだ。
霊を祀ったり死と生の橋渡しをしたり。
鎮めたり、ときには憑依させて生者と語らわせたりした。
「それがあいつらがやってきて、死者と下手に関わるのは死を弄ぶ行為だとか!
悪霊と関わって良いのは神に許された者のみだとほざき始めたのよ!
しかも信者じゃない人にもまるでそれが世界の常識のように植え付けていったの!!」
「な、なるほど」
なんとなく読めてきた……
新しい海外からの強大な宗教の教えが全力でやってきたがために昔の宗教に基づく価値観が崩れてきてしまったのか。
特に土着信仰は文化の一環として身についているだけの場合が多い。
こっちが世界の常識! としつこく刷り込まれれば、いずれ変化が訪れる。
こりゃ……もしかしたら踏み絵騒動が起こる時もあるかもしれない。
「もう町にワタシの居場所は無いの! ふざけたこと言ってこっちの食い扶持を潰されそうになって、反撃したら狂人扱い!
町のやつらもワタシへの態度を手のひらをクルっと回したかのように変えたのよ!」
「え、何をしたの」
「ワタシのやり方が間違ってないって師匠から代々伝わる死霊術で対抗してやったの!
あっちを1人正しく黄泉へ送ったのよ!
それがアクマの魂食いだのなんだの言ってバカじゃないの!?」
人も殺しているんかい!
見事に墓穴を掘り宗教争いに負けたわけか。
とすると……
「それで森に来て、自分の住みやすいように?」
「ここまでくれば奴らは来ない!
死の国をつくり上げてやつらに力を見せつけてやるのよ!
……そう思っていたのに」
「まさかの魔物たちに負けた、と」
一気に怒りからトーンダウンして振りかざした拳が地に下りる。
やはりニンゲンは怖い。
復讐に巻き込まないでほしい。
それにしてもだ、チンピラのときと違って町から追い出され人も殺しているとは社会復帰は難しそうだな……
ニンゲン社会方面で活躍するのは期待できない。
どうするべきか……取り敢えず他の質問を。
「まあ、こんなこと話してもわからないよねホエハリには」
「いや? 凄くわかったよ。
大変だったね」
「……逆になんでわかるのよ」
「まあそれはともかく、あの小屋の中にあった土器は?」
それを聴くと彼女はさっきまでの恨みと怒りで濁った表情がどっかへ行く。
目には光が戻った。
「あ、あれはいいものよ! 間違えても壊さないでね!
魔物にはわかりにくいだろうけど、人にとっては大事なものなんだから!」
「ええと……あの交換所つくったり土器作ったの私達……」
「え?」
信じられない、という顔をしている。
逆に獣がああいうの作ると信じる方がレアだろうね。
「ミルガラスのアヅキくん、ちょっと私の弟とその作品ちょっと持たせて呼んできて」
「承りました」
うん、ちょっとずつアヅキの名前に慣れてきたのかな?
次からは『ミルガラスの』ははずしても良いかもしれない。
というわけで彼を呼んで貰った。
ついでに土器も。
「きたよ! これ新作〜」
「あああ!? 嘘!? 明らかに同じ匠の高度霊媒の可能な像……!? これはしかも……ブツブツ……」
「えっ、えっとなんて言ってるのかな?」
ごめんハック、私を見てもらっても物凄い勢いでつぶやいている彼女の言ってる意味はよくわからないんだ。
要約して、
「褒めてるみたいだよ」
と伝えたらハックは喜んでくれた。
しばらくして落ち着いて貰ってから話を続ける。
ハックと謎土器に対して恍惚としているが……続ける!
「コホン、それでなぜそれらを集めていたの?」
「ああ……なにせとてつもなくワタシの美術センスを揺さぶったし、何よりワタシの魔力との相性がとても良いのよね!
これほどのものを魔物が作れるなんて……驚いたわ。
ワタシが負けるはずね……」
なんだろう、何に勝ったのだろう。
ま、まあなんだか納得いってるような顔しているからいいや……
その他にも細々と話を聞いたが実に素直に話してくれた。
無敵のお陰で反撃はしないとはわかっていてもそれなりに教養があるらしい相手だったからここまで来るのに緊張した。
まさかキッカケがハックだとは思わなかったけどね……
結局話を詰めれば詰めるほど彼女はもう行く宛がないのが浮き彫りになった。
一世一代の逆転狙いも見事はずしてもう復帰の見込みなし。
だけどなー、雄鶏たちとの話詰めがまだ終わってないから安易に引き取るのもなぁ。
ソレに一応こっちも苦しめられ殺されたのもいる。
群れとしての示しも私がつけとかないとだろうし……
だけどどうつぐなわせるか……
うーん……
「取り敢えず……今後の処分なのだけれど、まだ詳しいことは出せない。
それになんやかんやと被害はあったしあなたも行く所がないみたいだし……
一応正式に仕事とか決まるまで、色々やらせる、群れのペットみたいなものでいい?」
なんてね。
さっき、親たちからまた子猫でも拾って来たような扱いされたしね。
それにきっちり群れの末端とかじゃなくて区別された間がらにしておきたいだけである。
「まー、ペットというの言いすぎかもだけど……」
「いや! 行くところもないしやることもももうないしもう死ぬくらいしかないのだけれど!
群れの、いえこの方のペットならぜひなりたいの!」
「……うぇ?」
そう指されたのはハックだった。
ハアハアと荒い息遣いして恍惚にハックを眺め崇めている。
「えっと……?」
「かくかくしかじか」
流れと出された結論をざっくり説明すると困惑した表情。
それから、ちょっと困った顔で微笑む。
「まあ……お姉ちゃんが良さそうなら、このニンゲンさんの言う通りにしても、良いんじゃあないかな……?」
「う、うーん、まあ、困ったら私に言うって事で……」
「そこのハックという名前のホエハリからオーケーもらえたけれど何かあったら、私に報告いくようになってるからね!」
そう人語で伝えるとこの世の希望全てが集ったかのように瞳を輝かせた。
そしてそれから勢いのついた土下座を私たちにした。
「ありがたい!! 先生とその姉様!!
それにみんなに御世話になります!!
先生の技を近くで見られるのなら、ペットでもどんな事でもやりますよ!!」
す、凄い気合だ……!
というかいつの間にか先生呼びがついてるぞハック。
「ハック先生のペットになるから土器見せてだってさ」
「せんせい……? なんだかまだわからないけれど、良い響き!
ええと、ペットは群れの仲間じゃないけれどかわいがる相手で良いんだよね、土器ならいくらでも!」
さすがにホエハリ語にペットは無いので近い雰囲気でチョイスしたが、多分ハックなら理解してくれるだろう。
こうして、ハックにペット? がつくことになった。
仕事するペットとは……
ちなみに服を返そうとしたらペットなんだからと着ようとしなかったが、火から離れた位置の気温を思い出させたらすぐに着た。
100センチほどある降雪量の気温だからね、ニンゲンは服着ないと死ぬね。