六百七十生目 魔物
"影"に飛びかかった!
「そうだな! どうしようもない、赤色の血が流れることを求めているはずなのに、他者が流す赤い血を浴びて満足しようとする、歪みだ!」
「でも、嫌いだ! 身からただようサビのにおいが、洗ってもなかなか落ちない命のかおりが、命が失われた証拠があまりに嫌だ! そんなの私は認めない!」
どちらも激しく上を取り合う。
転がり続け背景を見ている余裕がない!
「もちろんこんなの狂気の沙汰だ、餌ではなく血を求めて狩りをする異端者でしかない」
「っ……それこそ私はマモノなんかじゃないことの……!」
「ゼンブッ、逆なんだよ!」
往生際の悪い。分かっているはずだ。
絡み合って動かない四肢の替わりに唯一自由だった頭を振りかぶる。
歯を食いしばって。
「だから、"私"がいる!!」
激しく頭がぶつかり合う。
それでも痛むのは身体じゃない。
頭突きに一瞬光景が瞬き……
互いに頭を離しあった。
「かつて魔物であることを認められず、しかしどうしても魔物であった自分自身、それが“私”なのだから。“私”がここにいること自体が自分自身は魔物であることを認めた証左だ。マモノごっこ……? 上等だ! "私"は、そんな自分を認めてきたんだ」
今では黄色い血も自分だと受け入れている。
この身体の血が赤い方がおかしいと思うだろう。
トランスして額に目ができようと、さらに進化して尾が伸び縮みしようと、全て今の自分自身だ。
「ニンゲンの心があったからって、魔物でないわけがないだろう! 魔物か……どうか……なんて……」
思いっきり。駆けて。
まっすぐ行って。
相手は息を飲む。
「決めるのは、“私”だ………!!!!」
右ストレートでふっとばした!
「はあ、はあ……」
"私"の影との泥仕合。
魔物ごっこじゃないか……か。
確かにそれは"私"のアイデンティティに関わるような話だ。
けれど……
"影"は今信じられないという目つきで私を地に伏して見ている。
「めちゃ……くちゃだ」
「そうでもない。"私"は確かに、前世の心でニンゲンらしさを、持っている。けれども……それだけで揺るぐほどに、魔物である自分の経験は短くない」
短く息を整えながらしっかり身構える。
「"私"は、魔物である自分自身に、少なくない誇りと、信念を持っている。同時にニンゲンだってそもそも、魔物から大きく違うとは、今はもう思っていない」
「くっ……私……は……!」
「ニンゲンだって、魔物さ。世界の図式だなんて知らないけれど、"私"はそう思う。そうだね?」
詰まった相手に"私"は一方的に投げかける。
こういろいろと解けた時はなかなか気持ちいいね。
赤の血を浴びたかった理由もよくわかってなんとなくすっきりしたかな。
もう無理に血を追う必要は。
きっとない。
それはそれとして"私"は戦い血を双方に流させるだろうけれど。
なぜなら"私"が生き抜くために。
魔物である私が特定されない危険全てから守るために。
それに汚く汚れた破壊衝動すらもそれはそれで"私"なのだなあ。
問題は律するにはという点で……
だから魔物ごっこ。
血を浴びて狩りまくる魔物ごっこ。
とっくに"私"は立派に魔物だったのだ。
だからいつまでも魔物ごっこしているだなんて影に引きずっている場合じゃあない。
赤い血を求め続けてわかった。
"私"の中に流れるものが赤でも黄色でも。
ニンゲンのでも魔物のものでもいい。
魔物ごっことは『自分』を探し求め続けた『自分ごっこ』だ。
いつまでも思春期じゃないさ。
悩みながらも歩み続けた軌跡は確実に『自分』を示している。
それが『自分ごっこ』を続けきったその先でももはや立派に『自分』だ!
「じゃあな、魔物ごっこの"私"。『おとな』になったのだから、もう本物さ。記憶の中で、ゆっくり想い出になってくれ」
「…………」
頭を噛む。
すると存在が嘘のように粒子状にバラバラになる。
そのまま宙へ浮き……
――再び影が形になる。
「マジか……」
「そう……私は私をどこかで信じている。だから私自身であるドライ、アインス、ツバイを信じている。けれど、それは本当なのだろうか。存在しているの? それともひとりあそび? いやそれ以上に……ツバイばかり人権があるようじゃない? ほとんどドライやアインスはおまけで考慮されていない。その、ひとりよがりは外でもそう」
影が形作ったのは……エアハリー。
空を自在に飛び回るあの姿。
そしてエアハリーの"私"影が前足の手のひらを叩き音を鳴らす。
映し出される景色は……アノニマルースだった。
2つの大勢力がはさみあい……
家々をなぎ倒して進み合う。
なんなんだ……これは?