六百六十九生目 赤色
"私"が地面を強く踏み鳴らせば地面から土槍が飛び出した。その勢いで“影”は吹き飛び空中で受け身を取って着陸。
「ちッ……! だから、どうしたというの?」
よし、ヤツを破れた。
「対立とは心の対立! つまりこれはお前の考えと“私”の考えを戦わせることだ。根拠のない否定は攻撃にもならず丸裸になるだけだ、そうだな?」
だからツバイはなぶられた。
そして、さっき貫かれたのもそうだ。
「だが、そうでなければそれが力となる!」
「そんなもの! マモノごっこに対する反証にならない! それは、ただ身体が魔物であるだけだ!」
そして……今のではまだ押しが足りない。
相手はまだ立っている。
「反証なんかじゃないさ!」
“影”も“私”だ。つまり“影”が傷つくのは“私”が傷ついているからだ。
黄色い血に。
「我ながらめんどくさいな"私"。そうだな。じゃあ、少し深く掘るか。なぜ今お前がダメージを受けたのかをな!」
理由はある。原因もわかってる。
これほど自分自身を傷つける戦いもない。
それでも"私"は闘う。
「私は赤い血を求めている!」
「赤い血を求めている……? 私はそりゃあそうでしょうけど」
「なぜだと思う?」
これから戦いが本格的になるってもんだ。
私自身が傷つくようなそんな戦いが。
「そんなの、ただ流れる血が好きなだけでしょう! いきものの血潮を浴びることが好きなだけだ」
さっきのお返しらしい。“影”が動きを見せた。
"魔感"はないが動きから魔法を使ったのだろうなと察せられる。
「いいや、認めろ!」
数瞬遅れ"私"の地面から土槍が生える。
吹き飛ぶことも身体に穴があくこともない。
痛みはあるが気のせいみたいなもんだ。
「"私"だから求めてるんじゃない。自分自身だから求めているんだ。あの時から」
「っ! そんなこと、知らない!」
またお返しに土槍を返す。
読まれて跳び下がられたが時間稼ぎだから良い。
「目を背けるな“影”。イタ吉と最初に出会った、あの時だ!」
駆ける“影”に合わせて“私”も駆ける。
ダッシュ対決ならなんとかなる。
「ドライができた時の?」
「そうだ。あの時"私"という性格が芽生えた」
「襲われたことに怒って戦って血を浴びた――それで血が好きになった、おかしくないじゃない」
「襲われたことに怒ったんじゃない。そして、戦いの興奮から赤い血を求めるようになった訳じゃない!」
すでに忘れた遠い記憶だ。
まだ自分自身を受け入れられてなかったころ。
「私はあのとき自分自身を恐れていた、自分自身に怒っていた、その理不尽さをイタ吉にぶつけたにすぎない」
心臓が痛い。肺が潰れそうだ。
血を吐く思いで叫ぶ。
「“私”は自身の『黄色い血』が嫌いだ!!!」
“私”の放った針が走る“影”を削る。
裂かれた影から滴るのは黄色い血だ。
そのいたみは過去の傷を開く傷みだ。
私たちは無限の闇をかけていく。
いつの間にか背景にあの光景が浮かんでいた。
雨の中でイタ吉にのしかかる"私"だ。
「"私"はローズのなかの心の隔離所や安置所ではない、どこまでも自分自身だ! 私のなかの、むき出しの"私"だ! その“私”が『赤い血』を求めるのは――!!」
「ドライ、それは私が思っているだけで」
「それで十分だ。"私"が思っていることは、ツバイの、自分そのものの気付きだ。わかっているだろ? 私たちは――」
「やめて!」
“影”が叫ぶ。
止めるなどしてやるものか。
耳を塞いでも繋がっているのだから無駄だ。
「『血が黄色い生き物』でありたくなかった!」
だからこそ私は魔物なのだ。
背景に鮮血が舞う。
魔物のシルエットが赤い色を上げている。
魔物ですらその色は赤い。
「血の色が黄色いからって魔物の証明にならない! 加護がなければ魔物の血だって大半はやはり赤いのだから」
「そうだな、でも赤を求めた!」
「なんで!」
「わかるだろ! まともな血潮は赤かったからだ!」
ニンゲンとしての知識だ。
ほとんどの生き物の血は赤い。
鮮やかな黄色い血が流れたとき自分はまともな生き物ですらないのだと思い知らされたのだ。
「何もかも分からないままこの世界に放りだされ、自身がまともでないと知った。赤い血を求めるのは、手に入らないものへの憧れだ」
とうとう追いついた。
“影”に噛みつく。足首を牙が掠めるが噛み切る前に抜けられてガチンと歯がかみ合って音をたてた。
「そんなことのために他者の赤を求めるだなんて狂気だ。私はそんな私が大嫌いだ!」
飛びかかってくる!
受けて防いですばやくこっちが飛びかかる!