六百六十六生目 剣山
"フレイムボール"、半分しか当たらなかったね。
そう目の前の影は告げた。
私の偽物はご丁寧に被弾数を指折り数えてくれたようだ。立ち上がろうとした足は地面を踏もうとするが全身の倦怠感と吐き気に身体がぐらついて……倒れる。
まさかスキルを使わずに自分に勝つのが対立?
そんなもの……一方的になぶられるだけじゃないか。
「これは攻撃じゃないよ」
おもいっきり"フレイムボール"を放ってきた当人の言葉がすぐそばに聞こえる。こっちに近づいてきたらしい。
なにを言っているんだろう、私の焼けただれた身体が見えないのだろうか。
「なにも見えていないのは私」
考えを読んだように黒いケンハリマが言う。
「これはね、自らの心、その弱さに見向きもしなかった苦しみだよ」
「……ッ!?」
一瞬何があったのかわからなかった。
衝撃とともに身体が浮く。
後れて胸部に痛みが襲ってきて地面をころがりやっと理解した。
蹴り飛ばされたらしい。
必死になんとか立ち上がる。どうしてか頭から雫が伝い落ちて胸元を濡らす。 ようやく周りが見えてきて、そして次に来た衝撃に手遅れだと知った。
「あがっ……」
腹から背にかけて。
黒い細く鋭い杭が貫いている。
宙ぶらりんの四肢は空を切りずずずと太い方に向けてゆっくりと自重で沈む。胸が張り裂けてしまう。
さっきからどうして胸がこんなに痛いんだ。
苦しさにかひゅうと喉がなった。
「痛い?」
ぷすっ
「苦しい?」
ぷすっ
嬲ることを楽しんでいる声だ。
しかも一言ごとに追加される黒針の合理性のなさといったら!
まるでそうするのが当たり前のように淡々と。
「頼むなら叶えてあげる。言っていいんだよ、苦しいことは終わらせてくれって。もう覚えていたくないんだって」
「まだ……なにも、掴めて、ない……」
この場所では胸に穴があいても声はまだ出るらしい。諦めてたまるか。せめてもの意地で私はヤツを睨む。すでにいくつかヒントは出ている。しかし取っ掛かりがたりない。どうしてかヤツの攻撃の手が止まった。
「私は私なんか全く見ていない……だから、私に勝つことなんてできないさ」
それはひときわ大きく太い針だった。
「“マモノごっこ”をしてるうちは、ね」
「……ってのが最後に覚えてた言葉だよ」
「ほーん」
気づいた時には私の意識は自分の部屋に戻っていた。もちろん身体には傷ひとつない。
正直手も足も出てないどころかちゃんと対立が出来ていたかも怪しい。
ひとりで考えていてもどうにもぼんやりしていて頭の整理とリフレッシュの運動をかねて鍛錬場に行くとイタ吉がいたわけだ。
そうして鍛錬につきあいつつ話をイタ吉に聞いてもらったわけだが……
「まあ、アレだな。すんげぇ俺に言われてもってなるやつだな」
イタ吉の相づちは、はひふへを通り過ぎて『ほーん』である。すごいヒトゴトだった。
イタ吉は少なくとも心理面の相談役向きじゃないわなと。
魔物選びを間違えている。相談する前に気づかないなんて疲れていたのだろう。
「そうだよねぇ」
結局は自分自身で考えるしかないわけだ。
けれどデータが少なすぎる。
せめて何らかのきっかけを掴もうと繰り返し思い返す。
うう。いたぶられた記憶はロクなもんじゃない。
“マモノごっこ”
回想はそこでいつも静止する。
私がマモノごっこをしているってなんだろう。
私は私だ。魔物としての私とニンゲンとしての私。
そのどちらも含めて仲間たちに認められ私として成り立った……はずだ。
はずだった。
“マモノごっこ”
「ただ、思ったことはあるな」
「うん? なに?」
「黒いローズってすごくお前っぽいよな、性格が」
……えっ。
「嘘っ。見た目とか、戦い方じゃなくて?」
私は少なくとも針をゆっくりさしてハリネズミを作るようなことはしないし、あんなに目は殺意で煌めいてないし。
「いやいや、その黒ローズはお前そっくりだぞ。どのへんがって言われたら……うーん……」
「そこをなんとか」
イタ吉から普段なんて思われているんだ私は。
「話を聞く限りの印象だが、目は血走って、ギラついて、殺される前に殺すとかいって、ウサギが好きで、そういうの。ほら、お前ときどき性格が変わるだろ? 正直、お前に初めて刺されたときのことを思い出したよ」
「あっ、あー……」
ドライのことだ。
確かにドライは非常にギラついている。
そしてウサギが好きである。ファンシーな意味でなく。
それにイタ吉と初めて出会ったときのことって……
あの時私は理不尽に怒った。
命の危機に奮闘した。
だからこそ生き延びて最後の最後に冷静になり……押し込めた。
『ドライ』に。