六百五生目 境地
「剣を振った結果、勝つ……? 『考えていない』……?」
余計に謎が深まってしまった。
現在リビングアーマーに剣の指導をつけてもらっているがまるで勝てずコツを聴くことに。
そして余計にわからなくなる。
「ふむ……言葉は苦手でな。しかしこのまま剣を交えてもまた同じようになるだけで伝わらぬのは必定。一度剣を置き見てくれ」
構えをとき正面から外れ剣を置いて"擬態"を解き座る。
リビングアーマーは静かに模擬剣を構えた。
「当てようと思って動けば当たらぬ。それは読まれるからだ」
「ああ……それはなんとなくわかります。うまい相手だと殺気の線を読まれる気がして……」
風が吹き抜けていく。
リビングアーマーの身体に風が纏っていくような錯覚。
「だが当てる思考がなければ当たらぬ。そもそも振れぬ」
「うん……矛盾していますね」
「それでも、剣とはそれを行うものだ」
まるでそこにある像のように。
ただひたすら自然であるかのように。
リビングアーマーは構えたまま動かない。
「それって……もしや息をするような?」
「ほう、良い例えやもしれぬ。そうだな。我に息はできないが生命体の多くは呼吸を扱うのを見てきた。だがそれは多くの場合何か複雑な思考をしていたか? なんなら他ごとに夢中であってもそこに『呼吸』は行われていただろう」
リビングアーマーは鎧だけだからね。
そして神の受け売りが役に立った。
そうか彼に取って剣を振るのは呼吸みたいなものなのか……
「剣を振ることに夢中になるのは意味がない。視野が狭まるのみだ。もっとも自然体でいて、一切の思考すらそこに挟まない。その境地には……私すらそう至れないのだがな」
「集中力……ではなく、分散力……?」
「ふむ、そういうものか?」
何気なく話していたその時。
何もなく剣が振るわれた。
私はそれに対して振るわれてから気づいてしまったのだ。
「……何も……見えなかった」
「そうか」
リビングアーマーが剣先を指で弾き飛ばす。
落ちてきてわかった。
ハエが絶命していたのだ。
あの一振りはハエすら避けれずにまともに食らった。
来世は剣の方になれるように祈るよ。
あれが彼の一切心も乱れていない全力。
稽古時や誘惑で操られていたときとは比べ物にならない剣の腕。
「剣が……澄んでいますね」
「詩的だな。とりあえずは、このように、だ。続きの稽古を行おう」
「はい!」
果たしてあの境地に私は到れるのか。
そして相手にあんなのが出てきたら本当にヤバイ。
だからこそ……真面目に!
「やあっ! ああっ!」
「今までの話の意味は理解していたか……?」
模擬剣が空を舞う――
おはようございます。珍しく森の迷宮へと来ています。
ここは私の生まれ故郷。
立派に成長出来たら親の元に顔を見せに行くつもりだ。
でも今日は違う。
実はまったくの別件できていた。
冒険者組合を通じて私宛に秘密の依頼がきたのだ。
場所に到着する前に必要な事を行おう。
「音の闇を照らし出せ、"サウンドインスレーション"」
私を囲むように波打つ紫の光が展開された後消える。
これは防音の魔法だ。
私はスキルで覚えていないので本で手に入れた呪文を詠唱して使う。
これから会う相手は近づくだけでも騒音に悩まされる。
対面したら呪いの言葉で地獄の苦しみを味わうハメに。
だからこれは必須なのだ。
少し歩き慣れた土地を歩み続けるとふと何の変哲もない位置を踏み越えると耳に唐突に声が響く。
先程まで何も聞こえなかったなにもかかわらずだ。
普通の生物なら踏み込むことを戸惑う音量と音質……なのだが私は不快音と大音量は先程の魔法でカット。
さらに進んで行けば大量の音の原因が見つかる。
鶏だ。
1羽2羽ではなく数十……数百いる。
いつ見ても壮観。
その中心にいるひときわ大きな鶏。
彼女が依頼主だ。
種族の名前はキラーコッコ。
そしてひときわ大きな彼女はコッコクイーン。
この群れが今ピンチに襲われていた。
キラーコッコたちは事前に知っているため私たちを見ると素早く伝達が全員に走る。
そしてコッコクイーンが1言。
「全員並べ!」
その声と共に騒がしかった声たちが止みかわりに素早い整列が行われる。
完成した時はキレイにコッコクイーンの背後に並んでいた。
さっきまでの雑然とした雰囲気はどこへやら。
私はコッコクイーンたちの元へ歩み寄る。
実は今回の依頼は内密にと言われただけで内容は知らない。
ただ私をわざわざ指定してきたのだ。
「こんにちは! お久しぶりです」
「うむ! 元気そうで何よりだ!」
どこが軍人めいた強い口調と雰囲気は久々にコッコクイーンたちに会った感覚を強く味わわせる。
アノニマルースではあまりないからね。