五百七十一生目 爆弾
美術展火事騒動はハックと誰かのコンビネーションですぐに鎮火された。
「すごいね! 水魔法、いつの間にか使えるようになったんだ!」
「えへへ……ビックリした?」
「助かったよ、本当!」
周りのざわめきが一層広がる中ニコニコと私達は満足できる範囲の活躍が出来て笑いあう。
その中でまた喧騒とは別に近づく気配。
いかにも……というか本来はこちらが正しい格好だろうと思われるジェントルマンだ。
黒い礼服に身体を支える杖。
室内だから身につけていないがシルクハットがいかにもありそうなその姿。
クセなのか頭の方に手をやり帽子を脱ぐかのような動作で礼儀正しく挨拶。
「どうも、お嬢様と……先程活躍された未来の紳士くん。こんにちは」
「こ、こんにちは」
「こんにちは……ああ、さっきのオジサン!」
ハックがフードを深くかぶり直した後で……パアァと喜びだす。
ということは……
「もしかして、あの水魔法はあなたが?」
「ええ。僭越ながら。愛した美術品たちが事故で失われるのは、忍びないですからな」
「助かりました」
「本当に良かった……」
ハックが無事だった美術品たちに駆け寄り舐め回すように眺める。
焦げ1つ灰1つ見逃さないといった様子だ。
「それにしても……まだ幼いのに、実に良い魔法の腕をお持ちのようで。それにこの年から美術品をそのように本気で見つめておられるとは。実に良い子ですね」
「ええ、自慢の弟です」
実は3つ子だからほとんど年齢は私と変わらないんだけどね。
さて騒ぎもさっきとは別方向で大きくなってきたしハック回収して帰るかな……
「ハックー、かえ――」
「「わあ!?」」
外から爆発音!?
周囲のニンゲンたちは一斉に悲鳴を上げる。
今度はなんなんだ一体!
「穏やかではないですね。みなさまはここでお待ちを。少し原因を探ってきますゆえ」
「あ! ……行っちゃった」
彼……この争乱の中であの身のこなし。
すいすいと出ていってしまった
そもそも水魔法を消火する勢いでしっかり放てるあたりからもただの人の良いジェントルマンではなさそう。
「お姉ちゃん!」
「追いかけよう!」
ハックが合流したので私達も外へ!
外の様子。
それは……凄惨だった。
多くの人が逃げ惑い美術展の中へ入っていく中心地は……焼け焦げていた。
「爆発があったのか!?」
「お姉ちゃん、何人も倒れている!」
まずい……パッと見でも腕や足が大変なことになっていたり衝撃で死んでいるニンゲンがいる。
傷を抑え慌てて逃げているニンゲンたちの数だなんて数えるのも大変。
そしてその奥地に唯一立つニンゲン。
「アッハッハー!! 死ねぇ!!」
目と声が血走って何かをほうりなげる輩がひとり。
"止眼"!
球体で火がついてて……もしやというかなんというか。
そして前に爆発したところからかおりに混じっていた火薬のにおい。
爆弾だ! "止眼"解除!
「爆弾! 走れ!」
簡潔に言葉だけ伝えると耳を抑え伏せる。
ドカン!!
ひどい爆発音が耳の奥に響く。
また先程とは違うところに投げ込まれた爆弾が爆発し被害者が増えている……!
しかも多くの人が錯乱し無駄に目が離せずに動きが止まってあちこちに密集。
「ハーッッッハッ!! 想定より楽で良いや!」
「待ち給え、そこの愚者よ」
そんな中。
爆風に臆せず優雅に力強く歩み敵に寄る姿。
「誰だッ!!」
「通りすがりの、紳士だよ」
ジェントルマンが犯人と対立すると犯人は懐から何やら取り出す。
今度は爆弾ではなく節のある棍棒……多節棍だ!
「あんだぁ!? 死にたいのかぁ!!」
「ソレ以上の犯行を止め、ただちに投降なさい」
今だ。ひきつけてくれている間に私はまっさきに死者と瀕死者を回収しよう。
ハックは……
「ハック、何か事がおきたら紳士さんの補助を出来るように……」
「う、うん」
気配を潜めさっと駆け出す。
多節棍使いはそこそこやるようだけれどおそらくジェントルマンも……
ハックもいる。
"観察"では残念ながら対象Aと対象Bの強さをはかることは出来ない。
気配と足運びから察せるだけだ。
「ギャハハッ! こいつはケッサクだ! 魔王さま復活のぉ糧になりやがれ!!」
「やれやれ、紳士の風上にも置けない」
犯人がジェントルマンに距離を詰めてきた!
ジェントルマンは落胆の声と共に杖を持ち直す。
支えから……殴打するものへ。
動と静。両者の気迫がぶつかる。混ざり合う。
先に気配を変化させたのは犯人のほう。
チンピラのような荒い走りが一転し慣れた足つきで踏み込み低い姿勢。
だがそこから光をまとわせ一気に大上段の振りおろし!
多節棍特有のリーチと読みにくい軌道を活かした距離のある必殺。
殺意の込め方が1撃で命を取りに来ている。
ジェントルマンはどうする……?