五百七十生目 火事
「すごかったねー、お姉ちゃん!」
「うん。私もハックほどじゃあないけれど、なんだかすごく満足したよ」
私とハックは美術館の大半を見終えもうそろそろ出口の方へと続く廊下へと来ていた。
この先ひとつのエリアがある。
「お姉ちゃんはやっぱりあの宝石剣がお気に入り?」
「それもだけれど、一色しか使っていないのに圧巻させられた絵がすごいよ。あれはチラシじゃあ、あの厚みが伝わらないもの。ハックは?」
「うううーん! 決められない! これから見るのが1番かもしれないから! でも1番がすでにたくさんある!」
ハックにとって今回の美術展は良い刺激になったらしい。
最後の展示品たちは……新規精鋭の作者の品らしい。
「へええ、どれもなんだか他では見ないものがたくさん……うん……?」
「……?」
あ……あれは。
私の視線をハックも追いかける。
そして。
「「あああっ!」」
大声を出しかけたのをこらえる。
アレは!!
まさか!!
「ちょっとトイレ!」
「う、うん」
ハックが思わず心乱れまくり"変装"が解けかけたのは素晴らしい作品を見たからではない。
いや個々にあるのはみな素晴らしいと認められたものだが。
私の目線の先にはある意味見慣れてそして見慣れないモノ。
いくらかの人々が集まるそこに私もそっと近づく。
何度見てもこれは……
ハックの作った奇妙な像じゃん!!
なんでココに!?
ハックも知らなかったみたいだし。
どれどれ説明……
[最近巷で噂になっている常識を打ち破る新鋭作!
作者はHNという仮名しか判明しておらずいつからか世に出回ったとのこと。
オカルト的人気を誇る中でもより新しいとされる作品で、一部では人の思考を根底から覆すような概念で作られていると話されている]
「すごい……コレが例の」
「悪魔が作り上げたのかしら」
「大自然の息吹を感じる……」
周りの評価もなんだかうわついている。
これがあったのはこの部屋の角で通路と通路から遠い場所。
つまり1番人だかりができやすいと思われた作品のひとつ。
やっと帰ってきたハックが恐る恐る作品の説明を見て周囲の評判を聴いて少しニヤついていた。
「どう? HN様の作品は」
「お姉ちゃん…………まあ、その、なんだか良いものだね。不思議な気分になるけれど……」
「今日は帰ったらお祝いだね」
「やったっ」
ハックがちいさく喜んだ。
弟のこういう様子は"変装"していてもいいもんだ。
そのあとソワソワした気持ちのまま他の展示作品も見届け……
そして外への通路へ。
圧巻の美術展だった。
まさに商いの街でしかかきあつめられない贅沢な展示会。
また機会があれば――
「大変だ! 火事だー!!」
「「えっ!?」」
そのように考えていた私達を引き留めたのは叫び声だった。
私達は急いでまず玄関側に言ってから順路に行った。
そもそも気に入ればその日1日はループして見ていい仕組みだ。
だがみんなは必死に逃げるその中を私達は逆流する。
「ハックついてきてる!?」
「うん!」
スピードはそこまで速度を出せないハックに合わせている。
ヨタヨタ走りながら案外スピードは出ていた。
ハックも気が気でないのだろう。
場所は魔法をよく使ったファンタジックゾーン。
魔法で光を灯したり風を可視化させてうねらせたりしてそれらを芸術作品としてまとめあげてある作品たちが多数展示。
そのうちの1つが炎を噴いていた。
あの作品は大きな像の一部に高級な透明ガラスを用いその中に異なる魔力2種を入れ込んで弾け合わせることで目を引く品になっていたはずだ。
確かに不安定性は私も感じていたが……ただ不安定ながらその状態で安定していたものがなんのきっかけもなしに壊れるだろうか?
その思考は頭の片隅へ。
今は消火が優先だ。
炎は横の作品との仕切りを燃やしそのまま燃え広がろうとしている。
土砂を降らせる魔法は……ダメだ。
ここで使ったら二次災害がおこる。
美術品たちを壊したら意味がない。
何か誰かから水魔法を借りられないか――
「やあ!」「ハアッ!」
私の背後……ハックが掛け声と共に水魔法を放った!?
さらにだれかが同じように水魔法を!
ハックの泡水と誰かの水鉄砲が燃えている箇所に合わさり偶然効率的に火から酸素を奪う。
見事に燃え移った炎は消えて残りは今ので弱まった炎の発生源。
気持ちを切り替えみんなの視線が消火活動に向いている間に気配を潜ませ……
展示物根本へ行き魔力を解析……
よし。"森の魔女"の力ですぐに終わった。
事実上持ち主のいない魔力はハッキングしやすい。
自然分解するように仕向ける。
噴き出していた炎がみるみるうちに弱まってハックと誰かの水魔法が直接かかると煙を出して完全鎮火。
私もそろりとハックのもとへと戻った。




