五百六十九生目 双剣
"変装"を私から借りて使うハックと共に商いの街美術展にやってきた。
私も普段の雰囲気とは変えて上品ぽいオレンジな毛皮カラーにしてそれ中心にコーディネイト。
これはもしものとき身バレを防ぐためだ。
いざ中へ!
受付を越えた先に待ち受けていたのはまず歓迎を示す美術品たち。
しろうとの私から見ても小難しくなくかつ重すぎたり話題性を持つ展示品ではない。
ちょうど中型と小型が簡単な説明と共に多数展示してあった。
何よりも目に飛び込む情報がカラフル出楽しい。
ひととおり見渡して……ハックの気配が移動していることに気づく。
「ふおあおおおぉ……!」
「あっ」
声を押し殺しきれていないハックが展示物の目の前でかじりつくように見ている。
かと思いきやすぐに次の場所へ飛んでゆきまたかじりつくように見る。
この光景そのものは微笑ましいのだが……
まずい。フードのスキマから見える部分がちらちらもとに戻り出している。
いくらこの世界が獣要素のあるニンゲンが多数とは言えビーストな前足なんかが見えたら明らかに魔物だ。
慌ててなおかつ静かに急いでハックのもとに駆け寄り肩を掴む。
「ハッ!?」
「お手洗い、済まそうね」
男子トイレの方にハックを放り込み待つこと5分。
やっとハックが姿を見せた。
獣特有のきらめく視線はなりを潜めていて落ち着きを取り戻したようだ。
「ごめんお姉ちゃん、今は大丈夫」
「まあ私はこのためについて来たんだし……それじゃあ行こうか」
例え聞かれても『弟のおもりをする姉』にしか聞こえないし見えない会話でトイレを後にする。
変なキーワードを出さないというのは徹底して事前に仕込んでおいたから大丈夫そうだ。
私含めポカやりやすいところだからね。
最初の方の展示物を今度こそ"変装"コントロールしつつハックの気の済むまで見て回らせる。
本当にこういうのが好きらしい。
最新の美術展に並ぶ品々はハックが見たくとも見られなかったものだから積み重なった欲が爆発しているのだろう。
その次のゾーンは落ち着いた雰囲気に変化。
クールさを推すものから徐々に大人びて落ち着いたものへ移り変わっていく。
巨大な展示物も出てきてハックが360度興奮して見て回るのを見ているだけでも来てよかったと思える。
『トイレ』休憩をはさみつつさらに展示物を見て回る。
魔法を使ったファンタジー空間。
水をテーマにした作品たち。
夜闇の中に浮かぶ展示品たちや大きすぎる展示品を通って内側から眺めるところも。
触って理解する展示品たちもあったと思ったらそのあと絵が立ち並びその力強さと繊細さに息を飲まされる。
ハックの補助で来たがずいぶんと私も楽しめた。
今回の目玉コーナー。
奥の角に設置してあるそれを見て私は一瞬ドキリとした。
あの宝石剣ビーストソウルにどことなく雰囲気が似ていたからだ。
すぐに平常心を取り戻すことに成功する。
似ているも何もこれも宝石剣だった。
しかしあの王子の持つ宝石剣ビーストソウルとは違う別のシロモノだ。
[宝石剣ドラゴンソウル]
[宝石剣シリーズの紫の極端な双剣。持ち手の力と呼応する。大剣は持つとブレスやシャウトなどの口から吐き出される攻撃へ高い耐性。ドラゴンに対して特効を持つ。小ぶりのナイフの方はドラゴンの攻撃に対して高い耐性を得て急所を刺すことでたやすく絶命させる力を持つ]
紫色の巨大な宝石から削り取ったような美しさと力強さそれに神秘性を感じる刃。
持ち主のいない2つの剣はあまりにも差が極端だった。
ひとつの大きな剣は持ち手含めて2mはある。
これ背負うだけでも困難では……持つとなったらもっと。
刃の部分が特徴的でウロコ取りとよく言われるギザギザ状になっていた。
ただご家庭のそれとは違って鱗どころか肉も削ぎ落としそうなギザギザだが。
そしてその大きな宝石剣のそばにちょこんとある宝石のあまりで作られたような小ぶりナイフ。
宝石剣というだけあって目は引くもののこれはそこまで目立つ何かがない。
というより大剣側が装飾含めて派手すぎる。
いわゆる戦闘用ナイフですらなく果物ナイフとよばれるジャンルのそれの近くに簡単な説明文が。
どれどれ。
[宝石剣の一つでドラゴンソウルと呼ばれる物。
大剣側にナイフをはめ込む穴があり2つでひとつと考えられている。
製作者は不明。今回長年離れ離れになっていた2つをついに一つの場に合わせる事が出来た。
英雄の立ち姿を思わせる大剣に目を奪われがちだが、忘れてはいけない。
いつの世も暴君の命を奪うのは名もなきひとつのナイフだ]
そんなこと書かれるとナイフを良く見たくなるじゃないか!
考えることは同じなのかハックも大剣からナイフへと目線を移しじっくりと見ている。
周りのお客さんたちもほとんど似た動きになっていて面白いや。