五百五十七生目 嫉妬
ポロニアは見据える。ただひたすら過去を。
私との戦いは一切緩まず分身との2体で殺しかかってきている。
耳を傾けすぎないようにしつつも削りあうようなスレスレの斬り合いを勝ち伸びねば!
「多くの生物たちはいずれ死ぬ。種も環境の変化で乱れ途絶える。しかし私が行ったのは、それを守ったようで、偏り、そして遥かに通常のペースを凌駕する速度で絶滅を促したこと。そのものだった。データをただ客観的に見せつけた前の管理者は、驚嘆し自らの信じたものが足元から崩れている私に対し、今度は外界の話をした」
「外界……まさか、魔王……!」
「……魔王はその力を存分に振るい、世界を堕としていた。ほとんどの者が逆らえず、魔王の思うがまま多くを蹂躙し、そして管理するようなしぐさをみせていた。実際は世界を魔王が監獄に作り変えたようなものだったが。あまりにも残虐で多くの血が流れ……そしてどこまでも独善的。世界が乱れた時に現れ世界を正すと言うが、やることは全て叩いて平らにしようとするだけ。あれは誰の姿か、魔王の姿だ。しかし同時に鏡でもあった。私は、アレと同じだ」
うん? 世界を正す?
ニンゲンの本には基本的に存在害悪みたいなことしか書いてなかったが……
まあ散り際の言葉が『また世界が乱れた時に現れる』だから確かにその節はあるかも。
ただ……まあポロニアから見ても害悪存在の評価だが。
加速する過去の想いと共にポロニアの攻撃に重さが増してくる。
嘘だろうまだ強くなるのか!
鎧越しに武技で何重もの爪斬を飛ばされ衝撃だけで骨に痛みが響く。
「私は、管理部屋から見た外の様子にたまらず飛び出して行ったが……それは更に歪みを生んだ。だから私は目を閉ざした」
「目を閉じても、皆は私の元に集まった。耳に入った声から私は逃れられなかった……結果的には私に依存し狂うものを産み出しただけだった。故に耳を塞ぎ、去った」
「もちろん私から、言葉をかけて皆で事を解決しようとしたことはある。だが『その力をなぜ使わない』『どうして何もしてくれない』と、彼らは裏で囁き合った。かれらが望んでいたのは口添えではなく恩恵を無償で受け取ることだったのだ! やがて無力な言葉は尽き、私は……」
「目も耳も口も失くし残ったのはこの力だけ。そんなものになんの意味がある? だからだろう、ずっと動いていた足は、震え、そして、ついに止まったのだ……!」
「なぜそんな私にアイツが迷宮の管理権を渡し消えたかはわからなかったが……アイツの力でなんとか生態系が回復していたから、私はいじらずに置いておくことにした。そして私は、ワシになった……」
前世のニンゲンたちもたくさんの行いで生態系を破壊したりよかれと思ってもトドメを刺していたりした。
それでも前世のはニンゲン『たち』だ。何世代もの何億人ものニンゲンだ。
それが個人がひとつの世界を壊すさまをポロニアは見て……小さな迷宮の世界を壊してしまいそうだった自分を見たのか。
そして重責に耐えきれずに……つい最近までのように不動となった。
自らの過ぎた力を恐れ封印したわけだ。
そして迷宮の管理者となり……
「無為で美しい時を過ごしたしばらくあと、お前たちに会った。最初は気にしていなかったが……徐々にお前が、あの時のワシのような、危険な目をしているように見えて仕方なかった」
「……蛇と蜘蛛の大戦争を止めようとした時かな」
「ああ」
言葉のやり取りの他に闘いに深く集中すればしっかり一手一手が見え順に対処し次々変わる状況に追いつける。
ドライとアインスがいなかったら相手2体の連携にまったく追いつけなかっただろうが。
「その後……驚かされた。弱い身でありながら本当に2つの群れを止めるとは。だが、だからこそ警告をした」
「まだテントしかなかったアノニマルースを吠えて多くの魔物を怯えさせた……そのことかな」
「……変わった群れをなしていたが、成立するはずがないと。そして、群れ同士の衝突の原因を絶たねば、ワシの繰り返しになるとな。だが結果は……何とかしてみせた。自らの群れの危機はつぶしあい口減らしして解決するはずだった大きな2つの群れ。捨てること無く、少しずつだが、その後まで解決をしようと動きを見せた。驚嘆したよ」
「だからこそ……幻想が折れる前に、折っておかねばと考えた。複雑に壊れれば、大量の犠牲と再起不能な心傷を負う…………そう考えて用意し向かったが、いざ対峙すると実感させられたよ。それは自らが失敗し捨てたはずの道を征く者たちが、眩しすぎたのだと、そう実感させられた」
「1回目のポロニアとの戦争の時かな……」
「だから、『個人的な事』だと告げた。迷宮を守るためなど、所詮は自らの感情から逃げた戯言だった。どの口が迷宮の未来を案じるのかと思ったら、馬鹿にしか思えなくてな。口にできなかった。嫉妬だ。若き英雄をみて、手に入らなかったものを得たお前たちを、お前を見て、年甲斐もなく、どうしようもなく嫉妬に狂った姿だ」
嫉妬とポロニアは言い切った。
その言葉のたびに切り裂いて来ようとする勢いが増す。
だけれども……これは……
「醜いだろう? ふざけるなと思うだろう。年寄りの癇癪に付き合わされるのは、赦せないだろうが……お前の目の前にいるのは、そうして暴れている輩だ。殺せば、この迷宮の管理権は十中八九お前に行く。さあ、牙を見せろ!」
そう。やはりこれは。
偽悪だ。




