五百十八生目 望郷
旅の道すがらで安全な場所を確保。
そして休息地としてみんなで座り込み休んでいた。
みんな……と言っても今日いるのは黒く大きな身体を持つ獣のダカシだけだ。
元はニンゲンの少年だったがカエリラスのせいでとても大きな黒獣となってしまった。
1階建て建物の屋根あたりまであるという大きさは見るものに威圧を与えるし悪魔まで内部に憑いている。
私から見てもなかなかアレだ。
「――で、俺の経歴だったか? 今更だな。というか話したことなかったか?」
「ん? ああ、うん。節々で察してはいるけれど」
「お前、俺の話きいてなかっただろ……まあいいや」
そうだった。
ダカシのニンゲン時代の話はもっと、ちゃんと聞いておこうと思っていたんだった。
だからこうして話していたのに考え事していたや。
ダカシがそこそこ慣れた動きで箱座りしつつ語りだす。
前足は出すスタイルらしい。
「俺の過去はそんなに面白いものじゃない。じゃなきゃあ復讐だなんてしないからな」
「まあ……そうだね」
「……俺の生まれは、なんてことのない田舎だ。魔物避けはあるが境界の壁は浅くそれよりもどこまでも農地が広がっている感じのな」
「だからそんなところで産まれたやつらはそれ以上の世界を知らなかった。喧嘩はしてもナイフは持ち出さず、隣の家たちとは協力しあうのが当たり前。1番の悪は少ない備蓄の盗み食い。死ぬかと思うほど怒られるが、それだけ」
「『悪いことはいけない』『正しくありなさい』いつもそう言われたな」
「意外に悪ガキだったの?」
ダカシはムッと顔をしかめた。
ただにおい的にはいらついたわけではなく過去を思い返してふと照れ隠ししたようなものかな。
「言うな、過去の話だ……それでだな、まあようは善悪に対してすらも緩やかな世界だった。他の田舎は知らないが、少なくとも俺のところはな」
「だが想像力が足りていなかった。牙を研いでいる悪がこの身を襲うかも知れないということをな」
「俺はまだ幼かったから、予兆だなんて全く感じていなかった。いや、大人たちもそんな探知能力は無かったのかもしれない」
「ある日、村は惨劇の場と化した」
「それが……カエリラス」
ダカシはひと息つきうなずく。
ここからの展開はなんとなく予想がついた。
「奴は……まるで行商人のような顔をして当然のように親たちに近づいた」
「次の瞬間にはみぞおちの位置から血を流して親二人は倒れていた。一瞬だったよ。当時の俺はそこまで鍛えているわけじゃあないから、殺意を嗅ぎ分けることも、ましてや手先の動きなど全く追えなかった」
「何かが起きたと理解した時には、奴のナイフには血が付いていた」
この世界はレベルやらスキルやらの差で顕著に能力差が出る。
技量ももちろんレベルをひっくり返す能力だが……
それを扱えるほどには相手のレベルの足下に食らいつく必要がある。
まさに当時の被害者たちは圧倒的力量差に反応すら許さず蹂躙されたのだろう。
力量差によっては簡単にニンゲンの中ですら大きく差がでるからだ。
素手で挑む相手が象にもドラゴンにもなりうるほどの絶対差。
「わけもわからず俺は妹の手を引いて逃げ出した。倒れた人がいたらすぐに助けを呼ぶように言われてたしな」
「アイツは追ってこなかった。理由はわからないが……まあ子ども相手だから、完全に舐めていたんだろう。そして、実際俺は何もできなかった」
「大人たちを探して……声をかけて……無我夢中で走った。アイツの方をみないように走っていたら大人たちはアイツの方に走っていき……悲鳴だけが後ろから聞こえた……」
「見なかった。見たくなかった。妹の手と声だけはしっかり聞いていた。いつしか『おとなをよぶ』ことから『妹と共ににげきる』ことに変わっていた」
「もうグチャグチャだった。感情が入り乱れてワケがわからなくて」
「気づいたら農地の方まで来ていた。あのときは……ちょうと背の高い野菜がたくさん植えてあったから、紛れたんだ」
「走り疲れたから妹と共に倒れ込むように、そこに隠れた……」
ダカシは空を見上げる。
そこに描く模様はなんなのか。
「……大丈夫?」
「ああ。そして……何事も起こらなかった。怖いほどに。元々静かな村だったが、静まり返るのとは違う。植物のすき間からやっと背後を振り返った」
「村があった。ただ建物としての村が。静かすぎた。当たり前に聞こえる生活音がしなかった。悲鳴のひとつも聞こえなかった。俺は、俺達はいつまで草むらのなかでそうしていたんだろうか」
「夢中になって隠れている間におそらく……すべて終わっていた。正直何があったか全貌は未だ謎だ。後から来た人間が神隠しだなんて言っていたがな……フン。少なくとも俺の目の前で親二人はころされたんだ」
ダカシの瞳に出会った当初のような薄暗い影が埋まっているのが見える。
なくなったわけでも昇華したわけでもない。
ただ今は制御を利かせる術を身に着けただけだったんだ。