母から見た仔
・視点変更母
わたくしに仔が3匹増えた。
3兄弟で上から兄、姉、弟だ。
3匹とも綺麗にしてあげると可愛らしい顔を見せた。
いつもこの生まれた直後に見せる愛おしさはかけがえのないものがある。
一通り這い回り鳴き疲れたら三匹とも寝てしまった。
次に起きた時はきっと乳を求める時だろう。
そう思っていた。
最初に兄が起き散策をしだした。
目的はわたくしの乳だろう。
そう思って腹を差し出せば予想通り飲み始めた。
よしよし。
次は弟が同じように起きて乳を求めたので与えた。
最後に起きたのは姉だ。
おなじように乳を与えようと待っているがいつまでも来ない。
それどころか一鳴きした後不安がっている様子。
これはいけない。
迷子になった時の動き。
すぐさま近くに寄って舐めてあげると途端に安心した様子を見せた。
小さい子は大人が思うよりも視野が悪く目と鼻の先に見えても見つけられない事がある。
何度か経験があるからわかるものだ。
今の動きで今度は兄と弟が離れてしまったので今度はそちらに向き直りあやす。
すると目を離したスキに姉が何処かへ歩き出してしまった。
また迷っているのかとも思ったのだけれどどうやら明確に惹かれるように水飲み場へ向かっているらしい。
興味を持つことは良いことだ。
見守ることにした。
衝撃だった。
我が子が生まれてから直ぐに華麗に戦い抜いたのだから。
相手は泡魚の小さいもので外と繋がっている水飲み場に迷い込んだものだろう。
本来は群れてやっかいだと聞くがそれを差し引いても凄い。
特に最後に放ったあの風は見たことのない技だった。
さすがあの人との子だ。
この時期からハッキリとした意思を持って魚を狩るだなんて。
自分の戦う際の特徴を直ぐに理解し攻める姿は将来を予感させる。
英雄の子はやはり英雄なのだろうか。
とはいってもわたくしの産んだ子ではここまで早熟な子は初めてだ。
最後死に掛けていた魚を代わりに食べる。
そして私を通してこの子に乳を与えるのだ。
この子の初めての獲物。
王には大目に見てもらおう。
「よいこよいこ、いまはゆっくりやすみなさい」
その後も我が子の姉は目覚ましい活躍を遂げていた。
技を理解し成長させ兄弟たちを巻き込んで強くなろうって意思が垣間見える。
親バカかも知れないけれどなんともハッキリとした意思と目標を持って取り組んでいるように見えた。
遊んでいるようでその実効率的に鍛えようとしているような……
実際姉は同時に生まれた兄弟の中で飛び抜けて強かった。
そのせいで遊びが一方的になりがちだったけれどまあやりすぎたら集中的に狙われていたりしたのでそのさいは軽く叱ったりした。
まあまあそれでもこの三兄弟は手がかからなかった。
壁にあるひび割れの狭い空間でちょっとした探検なども良くしていたが中の安全はダイヤに調べさせてある。
汚れて帰ってくる程度でそのたびに綺麗にしてあげた。
面白い事件も起きた。
群れ全体が暗闇に包まれたのだ。
真昼にもかかわらず辺り一帯が暗闇に包まれ夜目の利くわたくしですら一寸先も見通せなくなった。
敵襲だと群れ全体がパニックに陥ったが良くよく発生源を調べると群れの内側にあった。
我が子の姉が魔術で光を消したのだ。
それが分かるとみんな苦笑いしながら軽く叱りの言葉を飛ばした。
直接言うには手順を踏まねばならないから軽口程度ならこういうやり取りは良くある事だ。
「……ごめんなさい」
と謝った姉がかわいかったので全面的に許した。
良かったね肝心な時にパニックになって役に立たなかったダイヤたち。
ダイヤのペアは群れ内のいざこざを収める立場なのにこれだからどうしようと思ったのだけれど。
我が子に免じてキングにも許すように言っておきましょう。
楽しかった時期もあっという間に過ぎていった。
三兄弟は既に歯がしっかりとしてきて噛む力が痛みとして伝わってくる。
ハートの元に送る頃合いだ。
いつもこの時は少しの不安と大きな期待で胸がいっぱいになる。
彼らが知識を得て稚拙さが抜け教養を身につける。
そうして大人に育つ。
もう共に眠ることは無い三匹に向けて言葉を告げる。
起こる混乱と嘆きの声。
兄と弟が悲観に暮れてる中姉はひとり納得して話を進めるようにこちらを見つめている。
なんとまあ。
「いいたいことふたりいった、くれた」
そう言うがそれは彼女なりのフォローのつもりなのだろう。
彼女が今の話だけで理解しきり自分の中の整理まで終えたのは表情を見ればわかった。
あの人似……まさにキングの器だろう。
とは言っても女の子だからクイーンになるけれどね。
実際群れの中では次期クイーン候補としては一番噂されている。
そのせいでジャックのクイーン候補がやや苛立っているのは仕方のない事なのか。
しかしそれを表立たせない意思すら薄弱ではまだまだ座を譲ることは考えられない。
そして私は三兄弟と別れの挨拶を告げる。
「ぐおぉぉ……またあじだぁ……!」
鳴きながら声を絞り出す兄は強がりつつも年相応と言った反応を見せてくれた。
いつかは立派な戦士となり守るべきものを守ってくれるだろう。
「……、うぅ……、……」
鳴き沈んでしまった弟は突然のことには弱いかも知れないがそれも幼さ故。
この子は非常にかしこく理解する。
長く深く考えることで群れを発展させていくだろう。
「かあさん」
鳴きぐずりを起こしつつも二匹は言葉を返した。
しかし姉はわたくしに向かって一歩踏み出し言葉を切り出す。
「わたし、いままであまりかあさん、ことばかわさなかった。とつぜんこのこといわれ、おどろいた。
きづいた、わたしかあさんがすき。それにいってなかった、てきからまもってくれてありがとう!
ふたりにかわってあいさつ、ありがとう、またあおう!
げんきする!
ふたり、めんどうみる!
はーと、めいわくかけない。
がんばる!
おやすみなさい」
屈託の無い笑顔でそう言う娘にわたくしは言葉も出なかった。
ジャックのペアに連れられ三兄弟はダイヤの元へ送られる。
その後ろ姿を見送りながらわたくしは衝撃で固まっているのを悟られぬようにせめて笑顔で見送ったつもりだ。
おとな顔負けの複雑な文章生成をアドリブで行い。
過去わたくしが何もしなくとも勝っていた戦いに恭しく謙虚に感謝を述べ。
先々の不安すら考慮した発言を行った。
そのことに関してもだが娘が私に対し多くを語った事に驚いた。
今まで娘はあまり私に懐いていないかも知れないと胸中に不安はあった。
食事以外の事は私に一切関わらずともこなせていた。
排泄は普通他のふたりのようにわたくしに撫でてもらう事で刺激され直に出し方を覚える。
けれど彼女は初めから何でもないように自力排泄を行っていた。
それ以外も何かあるたびにわたくしの元へ寄ってきたふたりと違って彼女はひとり遊び続けていた。
自然と交わす言葉は少なくわたくしが教える前に自覚的に学んでいってしまった。
それがわたくしを避けたいがために行っているかのように、そうあるはずがないのに思ってしまった。
その娘は今さっきそれを払拭するかのようにわたくしに対する愛を告げてくれた。
わたくしの中に残っていた今までの不安はそれで消え去った。
彼女は年齢と兵役さえこなせばすぐにでもわたくしの座を譲りクイーンとなってもらおう。
親の贔屓目を出来るだけ引いたとしても彼女は既に王たる器すらある。
だからこそ新たな不安が湧き上がってくる。
彼女にとってこの群れという世界はすぐに狭すぎるようになるのでは?
優秀すぎるが故周りに味方がいなくなるのでは?
やがて彼女は群れから孤立し追われジョーカーとなるのでは? と。
そして逆に。
彼女は群れという世界の狭さに潰されるのでは?
彼女の才能を伸ばせず無個性化してしまうのでは?
英雄の素質も王たる器も群れの規律やわたくしのエゴにより塗り潰され若いうちにクイーンという役のみに入り可能性も何も無く生涯を終えるのでは?
そして。
わたくしは娘を案じているフリをしてその実娘にあの人を取られまいと嫉妬し恋敵として見ているのではないか? と。
ああ、先程まで期待に胸を膨らませていたのに。
今では己すら信じれない不安に満ちみちている。
我が子たちよ弱い母を許して欲しい。
そしてわたくしのあの人であり英雄よ。
我らが群れのキングよ。
願わくばわたくしと我が子たちを導き給え……
今後もそこそこの頻度で視点が切り替わります