四百八十六生目 図式
こんにちは。私です。
アノニマルースの中にある鍛錬場。
ここには今立派な黒い鎧が飾られて――
「フン! フン! さあ! もっと! 踏み込んで! 見せよ!」
「ひええ、勘弁してくだせえ!!」
飾られてはいなかった。
めちゃくちゃ動いて元気に模擬大剣振り回していた。
リビングアーマーだ。
対峙するのはニンゲンだが冒険者ではない。
彼らがここにいるのは時を遡ること誘惑騒動があって保護された者たちが解放されたあとの時間。
魔物のほとんどは治療後散り散りに野生に帰ったがリビングアーマーは違った。
事件の顛末説明を行い帰ろうとしたところ町の外で堂々と待機していた。
しかもリビングアーマーだけではなく複雑のニンゲンを連れて。
「待たれよ。我らも共にそなたらとともに行かせてはくれないか?」
「え? いきなりどうして?」
「実は……我は帰る宛てがない。それにここにいるニンゲンたちもだ。皆各々の事情を抱え帰るに帰れない」
リビングアーマーがこちらをじっと見据える。
周囲のニンゲンたちはバラバラにうなずく。
「俺は元々浮浪者で……」
「おらは嫌われていた場所に帰りたくなか」
「出る時に家を燃やしちまって……」
「誘惑されたときにあの人を……」
なんだか次々と重たい話が出てきた。
暗雲とした表情がたちこめてきた。
でも連れて行くことは……そうだ。
「だったら、ウチにくる?」
ということで彼らにはアノニマルースに来てもらった。
今やアノニマルースの住民は雪だるま式に住民が増えている。
だがニンゲンの住民はほとんどいないのでちょうど良かった。
リビングアーマーは特にここ鍛錬場を気に入っておりよく入り浸っている。
あっという間に教官的ポジションだ。
「ふむ、む? おお! ローズ殿。やはり我の剣の相手はそなたでなければ務まらぬ。1つ手合わせといこうではないか」
「ええ、お手柔らかに」
模擬剣を空魔法"フィクゼイション"で念力のように掴む。
ケンハリマの姿のままそうして剣を構えた。
この姿の時は首に巻いた風の加護のついたスカーフが身体の外に出て風になびく。
「では」
どちらからともなく剣の振りが始まった。
今日も鍛錬の始まりだ。
さて。このアノニマルースに元々住んでいる貴重なニンゲンと言えばカンタである。
魔物好きでその興味が深すぎて魔物の素材を使った武具作りで伝説の職人とも言われている。
あまりに魔物好きすぎてここに住んで毎日ハッピーな日々を過ごしているのだが。
「ふーむ……やはり汎用型にするには個々の体格が違いすぎる。自動調整の魔法での調整は必須として、単純じゃないからかなりのオリジナル加工が求められるな……」
「可能なのか? 輪ひとつと鎧では話が違うんだぞ?」
「やるしかない、といったところが本音かな……」
すっごい真面目な顔をしていた。
しかもひとつ目象のサイクロプスたちと話をしている。
彼らも金属職人だ。
ただ数倍差のサイズなのでサイクロプスたちが見下げる机の上に乗り同じ設計図を見ている。
サイズ感の差がちょっと面白い。
広げられている設計図は魔物兵たちの鎧だ。
跳んで私も机の上へ。
「だから……お? ローズさん? ちょうどよかった。今新型の鎧を開発しようとしていたところなんです」
「カンタさん、その新型というのは?」
そう話しつつ設計図をざっと"鷹目"で流し見る。
大きすぎて上空から覗くように見る必要がある設計図だなんて実にサイクロプスたちらしい。
……ふむ? ふむふむ。
「今の兵たちのは脚の数とだいたいの大きさで型をつくり鎧を作っていたんですが、やはりしっかり身体を守るとなると、それじゃあ不安だな……と思って」
「それに、そこまで品質が良いわけじゃあない。今のこのアノニマルースの状況ならもっと良くできると思ってな」
サイクロプスリーダーの低品質扱いは謙遜だとは思うが現状の鎧も現場では大好評だ。
実際前回の進行時に深刻な重傷や死者が出なかったのは鎧のまもりがあったからこそだ。
それでも彼らは満足はしていないらしい。
「とりあえず、この資料を見てくれ」
サイクロプスのひとりがざっと机の上に資料を広げる。
私やカンタは邪魔にならない位置に移動した。
この資料は……
「……被害を図式にしたもの?」
「なるほど……それぞれのサンプルがどこにダメージを受けていたかというものか」
「ああ。ひどいものを中心にサイズや形態違いでたくさん調べさせた」
ずらりと並べられた資料たち。
鎧の絵にたくさんのバツ印がついている。
どれも手ひどくダメージを受けていてその分命を守ってくれたことが認識できる。
その事に感謝しつつ……次のために考えねば。