四十四生目 血獣
視点変更 主人公ローズオーラ
逃げてからしばらくの時間がたった。
果たしてあれから群れの方はどうなったのだろう。
大烏は厄介だし統率のとれた群れは危険だ。
しかしそれぞれぶつける相手さえ間違わなければまず勝てるはずだ。
ホエハリ族は強いし、本来は弱る冬も栄養を蓄えれてる。
優勢なはずだ。
イタ吉とたぬ吉が外から帰ってきた。
彼らは部外者なのでいかにも無関係を装いつつ偵察任務だ。
雪が深いのも彼らを隠していて良い。
「戦いはかなり好調だ!」
「間違いなく勝てるんじゃないかなと思えます」
彼らが口々にそう報告したのを私が翻訳して伝える。
ハートペアや兄弟たちがやっと一安心といった表情を見せた。
実際に彼らが見てきてくれてありがたい。
これなら近いうちに無事に帰れるだろう。
「ただ……何か引っかかると言いますか」
そうたぬ吉が続けた瞬間、洞穴が揺れた。
いや、正確には揺れるほどの声。
あまりにもおぞましい腹の底からの絶叫。
烏の叫びだ。
この声。
聞き覚えがある。
「うわっ!?」
「そ、そう! 大きな鳥は1羽ときいていたのですが……2羽いまして……!」
洞穴内に未だに残響音がのこるなか、私は末恐ろしい言葉を聴いた。
そして今の声は私の中で眠っていた記憶を呼び覚ます。
あの連れ去られたさいに聴いた声。
脈が早くうつ。
全身から冷や汗が漏れ出る。
恐怖。
「全員洞穴の奥に!」
ハート姉の声でハッと我に返り全員が奥へと駆けた。
揺れる地面。
何かが勢い良く着地した衝撃だろうか。
それに構わずさらに奥へ。
焚き火の奥へと逃げ切ったその時。
洞穴の外から覗くその顔。
「あの時の……!」
[ミルガラスLv.6]
[ミルガラス アシガラスのトランス体。多数のアシガラスを統率し指揮することで暗闇の空で支配者のように振る舞う。種族的に男の少年を見るのを好み非常に見つけやすい]
強制スピードラーニングが始まり頭痛が起こる。
けれどなんだかんだと鍛えたお陰で言語理解のレベルは5。
すぐに終わるし痛みも前と比べれば弱い。
にしてもめちゃくちゃな種族特性だ!
レベルが上がっているからおそらくそれでエコー探知みたいなスキルを覚えたのだろう。
私を取り逃がした事からの反省だ。
さらにそれを使って種族特有の力で少年たち……つまりインカとハックを見つけて追ってきたのか!
まかり間違っても「インカ兄さんとハック弟くんを追ってきたんだよ」とは言わないほうが良いだろう。
そして見るために好かれているインカやハックと違い私やハートペアにイタ吉たぬ吉はただの食事対象。
それを表すように奴のカオは食事を見つけたその時の顔だ。
この洞穴は大熊ぐらいのサイズが歩いて入れる程度は天井がある。
つまり飛行はできずともミルガラスなら無理矢理入ってこれてしまう。
顔だけではなく全身が入ってきたそれを見て、思う。
絶対的な恐怖。
ニンゲンとしての私ではまるで立ち向かう気はおきない。
だがこのままでは唸るハートペアたちや逃げ惑うイタ吉たぬ吉は殺される。
音の爆砲は洞穴で使えば全員倒れてしまう。
あの時に果敢に立ち向かった、大人でレベルが28もあるジャックペアがなぶり倒された相手。
24でこどもの私や、未だ10台しかいない仲間達では逆立ちしたって勝てない。
奇策を使うには地理が悪い、集団でかかるには事前に勝つ見込みが無いのが判明済み。
ニンゲンの私としては絶望するしか無い。
だが"私"は行けという。
出来るはずだと訴えかけてくる。
ただの生存本能ではなく確実な勝算があるひとつの道筋。
わかっているがあまりにも細い賭け。
ぶっつけ本番の出たとこ勝負。
それでもやらなければ死ぬだけだと訴えかけてくる。
死ぬのはいやだ。
傷つくのは嫌だが死ぬのは最悪だ。
だからリスクとリターンを私が考え決断し"私"が実行する。
恐怖や絶望すらも戦いのスパイスだと"私"が嗤う。
恐怖や絶望から逃れるために最も分の良い判断をくだす。
今、また本番を練習にやるしかない。
「イタ吉、頼みがあるんだ」
「い、今!? それどころじゃあ……」
「良いから」
頭の痛みがおさまってくる。
これで烏の言葉が理解できる。
まあ、練習してないから言葉を返せるかは分からない。
それでもそちらは本筋じゃないから、どちらでもいいか。
「……ということ、時間が無いから今すぐ!」
「おかしくなったのか!? ……後で怒るなよ!!」
『グフフ……可愛らしい男児よ……今すぐ汚らしい大人たちを消して堪能しなくては……』
ショタコンめ!
ノータッチ! ショタ!
このままでは間違いなく私達は負けてしまう。
あとはイタチによるキッカケ次第のはずだ。
「ええい、ままよ!」
イタチが爪を使って私を思いっきり引っ掻いた。
それに驚いたのは周囲だ。
あれ、目の前のやつに気をとられて聴こえてなかったのかな。
「これで良いんです」
それだけ言って、感じる。
イタチは力量差や体格差から対してこちらに痛みは与えられない。
けれど少しは前足に血が出た。
これを顔面になすりつける。
血の濃厚なにおい。
外気に晒されたサビのにおい。
"私"にとっては良いスパイス。
大烏は突然の出来事に困惑しているがその程度では時間稼ぎにはならない。
だがコレでいい。
"私"は魔法を唱えてキャンセル。
すぐに3つの魔力を集め混合。
莫大な力が溢れ、それを媒介に唱える。
"私"が姿を表す時!
華々しい血の舞台が今開く。
滾る血と痛みこそ自らのトリガー。
全身の細胞1つ1つ、いや、遺伝子そのものに覚醒の力が満ちる。
今こそ魔となるとき!
"進化"!!
私を光が包む。
突然溢れ出た力に誰もが眩む。
全身の骨が筋肉が精神が。
歓喜の声を上げて生まれ変わる!
光が収まるこの時に現れたのはあの姿。
オジサンが進化したさいのような姿だった。
大烏に連れ去られた先でたまたま出会ったホエハリのオジサン。
華麗に進化という技術を使って窮地から救って見せてくれた。
詳しく教えてくれた技術を長い月日をかけて今私も行えた。
様々な条件を越え恒常的な肉体変化を及ぼすトランス。
それに比べて一時的な変化で爆発的な力を得る進化。
私が今目の前に立ち塞がる壁を取り払う力!
進化は私の普段は出さない別の性格面を姿として表す魔法。
"私"は戦いや狩りに殺意を持って取り組む獣の性格。
生き延びるために血を好む飢えたケモノ。
それが今"私"として姿形を実体化し作っている。
美しく輝く背の針。
これ、リモコンで操作するように自由に動かせるぞ。
尾は先のふわふわがなくなりスラリと長く。
カラーはオジサンの赤に対して私は白と言った所。
真っ白ではなく少し黄色がかっててクリーム色という感じ。
自分で言うのもなんだが、毛並みがキレイで触りたくなる。
"私"から生えているのだけれどね。
模様も違う気がするがそこまでは自力で確認できないや。
それに今は目の前の敵に集中しなきゃね。
『何!? 姿が変わった!? トランスしたのか!』
「お姉ちゃん!? え、お姉ちゃん!?」
「なんだ!? 一体どうなってるんだ!」
喧騒を"私"は一身に受けながら。
思い切り地を蹴った。
瞬間目の前までに迫っていた相手に串刺しタックル。
あれほど巨大だった力の差が縮まり、目の前で吹き飛んだ。
『げえぇ!?』
うん、やはり私おとなサイズまでに大きくなっているな。
それに質量というか、私結構細身な感じだけれど詰まっている。
ぎゅっとパワー貯まっているせいで質量で潰されるあの差が感じられない。
不意打ちが刺さり、タックルの勢いで抜けて吹き飛んだ大烏。
洞穴入り口まで追い返してやった。
さて、やるぞ、"私"!
デビュー戦だ。
TIPS
走る速度:
進化をしたホエハリ族は100キロをこえる瞬発速度を出すと言うよ。
ただ、その速度で走り続けれるわけではないから、あくまで瞬間的なんだ。