四百五十ニ生目 傲慢
余裕が出てきたのかイタ吉が周囲を気にしだす。
ただプライドの歩みは遅くなっていない。
それどころか気力の問題か慣れなのか速くなってきていた。
私が背後を気にしているのを見てイタ吉も見る。
非常に嫌なものを見たという顔で1歩でも速く踏み出すようにしだした。
「くそっ……!」
大またで歩き。
目すら開けることが難しいのに食らいつくように歩き。
身体が下がったら今度は手を前足のようにはってでも。
執念と殺意の塊がどんどんと加速してこちらへ向かってくる。
とにかく"ヒーリング"! "ヒーリング"!
私とイタ吉を癒やしまくってとにかく歩けるように!
震えても踏み外しても少しでも早く!
じゃないともはや手の届きそうな近くまでその殺意は迫っている!
死が来る!
「お前らだけはぁぁぁぁぁ!!」
村人たちがこちらを見たら私の中のドライがカウンター的に一瞬殺意を放つ。
それだけでたいてい私達に構うどころじゃなくなる。
"ヒーリング"! 走れ。走るんだ!
もはや形もめちゃくちゃでも。
はや歩きのようなシロモノでも。
少しでも早くいかねば爪が尾にかかる!
黒い光を帯びたプライドがついに明滅しだす。
バーサーカーモードが解けかけているのかもしれない。
だが必死にはって来る1歩ごとに手足を振り下ろされれば地面に轟音をたてる威力のまま。
"ヒーリング"! 息荒く歩みを早く。
"ヒーリング"! 1歩踏み込まれれば届いてしまう。
"ヒーリング"! "ヒーリング"! 走れえぇ!!
「つ、着いた」
「もっと、逃げ――」
一心不乱にもがいてついには黒結界前にたどり着いていた。
それと同時に背後からの振動音が消える。
"鷹目"でプライドを見ていたがついに。
その赤黒い光が消え元の緑色が輝き覆っていた。
もはや互いの攻防で負った傷はプライドも私達も多く深い。
改めてプライドを見られてただ負けていたわけじゃなかったと再確認でき――
「戦いはぁ……最後までわかんねえぞ!」
なっ!
プライドの手先の指だけにはまだ黒い光が宿っている!?
プライドがそれを振り下ろそうとして――
"すくい上げ"! わずかに私……というよりドライの武技発動の方が早くてプライドの身体が上空に吹き飛ぶ。
そのまま頭から抵抗できずに落下しモロに地にうちつけた。
やっとそうしてプライドは地に伏した。
"ヒーリング"しつつ2匹でもはや光の粒子と化し半身消えかけているプライドに近づく。
震えながら首だけプライドはこちらに向けた。
「そうだ、それでいい……」
「……やっぱり」
慌てて"すくい上げ"した後で気づいた。 集落の長が爪の指示を出さなければ爪の軌跡を飛ばす技は使えない。
ただのフェイクだった。
「でも、なぜ?」
「それは……簡単なことだ……
俺が、最も『傲慢』だからだ……!」
先ほども聞いた傲慢という言葉。
彼の何らかのこだわりを感じるが……
「自分が油断するのは良いが、相手が油断するのは鼻持ちならないってのか?」
「当たり前だ……俺より傲るのは許さねえ。だから……こうもしてやろう」
イタ吉が身構え私の方にプライドから光の粒子が飛んでくるが抑えさせる。
これは攻撃ではない。
召喚獣のシステム的なことでもあるが直感的にどちらかと言えば贈り物のようなものだと感じる。
「これは?」
「ふん、それはなりそこないのお前の力の覚醒を促す……せいぜい耐えろよ?」
なりそこない?
そういえば"進化"に関して似たようなことを言っていた。
だがそれは一体?
光の粒子が私の中に溶け込むが特段変わった感じはない。
心配そうなイタ吉に大丈夫と伝えた。
「それで、なりそこないって一体?」
「ふふ、ハハハ……!! ハハハハハ…………!!」
ついにプライドの全身が光の粒子として砕ける。
そのまま砂塵のように消えてしまった。
あっアイツ意味深なことを言って消えやがった!
やたら響く笑いの残響音。
イタ吉は大きくため息をついた。
「アイツ……最後までゴーマンだったな」
「情報でマウントとってきた……」
さて。
この黒結界の方どうにかしなくちゃなんだがどうしようか。
ジャグナーとダカシが中にいるはずなんだけれど……
「なあ……俺の尾治してくんね? ちょっと、そろそろ何かマズイものがきそうで……」
「あああそうだった! あの時ありがとう! すぐ治すから! 落ち着け!」
ものすごく細かく息を繰り返し尾をこちらに向けるイタ吉。
緊張がとけて痛みがそろそろのぼって来そうな顔している。
異様な興奮状態は痛みの抑制による副作用か。
イタ吉の尾を最優先で治して……
さらに私の鎧や痛む部分を次に治す。
今は時間優先だ。
何せ村人は追い払ったり戦意不能にしたのにまだ敵意を持って近づく気配がある。
「お、おとなしくしてもらおうか!」
抜剣音を響かせながら慎重にジリジリ詰めてくるのは。
この集落の衛兵たちだった。