四百五十一生目 牛歩
「うっ……ここは」
「くそっ、し、死ぬ……」
大丈夫。気はまだ失っていない。
すんでだが。
周りを見渡し震える身体を無理矢理起こす。
あまり痛みはない。
鎧も中身もボロッボロだろうに感じないということはだ。
あまりに痛みの箇所がおおすぎて脳が一時的に遮断しているだけだ。
周囲は結論から言えば外だった。
集落のすぐ近く。
だが目に入ったものが異様。
「な、なああんなのあったか……?」
「いや、ない……」
集落の中。
ちょうどダカシとジャグナーがいたあたりに巨大なまっ黒テント。
素材は魔法結界。
簡単な推測が範囲だが……
「もしかして、あの中にダカシとジャグナーが封じられている……?」
「ま、マズイなそりゃ」
隔離しておいて私たちの合流を防ぎ半々でプライドがハントする。
ハントというより本来は完全に罠の中で楽々処理するつもりだったのだろう。
プライドの強さ的に普通の相手ならばまともに相手どることすら難しく気づいたら身体が裂かれているだろうし。
ただ目下の問題は……
「さあ、死ぬ準備はできたか!」
背後の土煙から迫る1つの影。
プライドがまだ来る!
「本当にヤバ――」
「……うんっ!?」
だがプライドが急接近してきたところでいきなり動きが固まった。
そのまま唐突に膝をつく。
「なんだ!? 距離が離れすぎた……いやそれだけじゃない! 召喚者が寝やがった!? なぜ!」
「な、なんなんだ?」
「寝た……あっ」
たしか……あまりの激闘で忘れていたが召喚士を壁際に追い込んださいに。
モグラ人が早く作れる使い捨て睡眠トラップを仕掛ける予定だった。
やっと今発動したのだろう。
ちなみに本来自然に生えているキノコの胞子と草の根を良く混ぜ合わせたものらしい。
この迷宮に最初から使える仕掛けだったそうだがどちらもモグラ人が食べたことがあり良く眠れたとか。
経験が迷宮を形作るか……トラップというのもモグラ人が私達に協力したがってたからしっかり使えるようになったそうだ。
世界の管理者はその迷宮世界で望んだことをまあまあ出来る範囲で実行できてしまう。
龍脈のエネルギーは甚大だからなあ……
それはともかく。
そのことが召喚獣であるプライドにも影響を及ぼすとは思わなかった。
今にも目をつむりそうだし実際に距離の問題かエネルギーが前より感じられず辛そうだ。
つまりチャンスでもある。
「イタ吉、このまま……逃げ切るよ!」
「……ああ!」
「くそっ、待て、……うおおおおお!!」
足を引きずりながら必死に歩く私達の後に続きプライドが叫びながら必死に歩いてくる。
もはや目をつむって気配だけでこっちに来ていた。
尾なんて完全に寝ているしめちゃくちゃだ。
だが! ここで振り切れば無条件でこちらの勝利!
バーサーカーモードもそう長くはもたないみたいだし何より召喚士と距離が離れすぎている。
まだ1歩1歩響いて地面に足跡を刻むほどに力強いが……届かなければ意味がない。
さっきまでとは違って途端に牛歩同士の歩みになった。
こっちは痛くない。だが動かないんだ。
足の感覚がなくて本当にもうダメかもしれないと思いながら必死に動かしている。
生きるために。
イタ吉と共に生き延びてやる!
……? 今の感覚は。
「ぐっ……! もう無駄に回す余裕が……」
「イタ吉、魔法が使える!」
「……よっしゃ!」
ふとあの独特の重みが消えた。
魔法封印の力が消えたのだ。
プライドがほんとうにほんとうの限界なのかも。
「お、おい、アレ……」
む。村人たちだ。
彼らは強くはないが今は絡まれたくないな……
追いつかれてしまう。
「な、なんで。長のヤロウが確実に仕留めるって……」
「召喚獣様がフラフラで……? な、何が……」
やはり彼らもグルか。
……脅しかけてみるか。
ドライ。頼んだ。
(やるぞ……!)
普段は奥底に秘めている自身の力量を示す気配。
強者としての。能ある鷹が隠すという爪を今むき出す。
死のフチさながらの全力で……殺気。
「かっ……ぁ」
「ぎえええ!!」
「お、おええええええ!!」
1人は泡を噴いて膝をつき1人は腰が抜けそのまま奇怪な動きで逃げようとする。
さらにもう1人は空吐きした。
よし進もう。
殺気をなくし進むことと魔法を使うことに集中。
光魔法……
「"ヒーリング"……!」
行動力はたくさんある。
振り絞って魔法をつむぎふたりとも癒やしていく。
イタ吉の目に輝きが戻りだした。
「な、なあ。今のは一体何をしたんだ? 周りの奴らいきなり……」
「あー、あとでね」
距離はまだ離れていない。
足取りはまだ重い。
そしてプライドの瞳はまだ獲物を見据えたままだ。




