四百五十生目 名前
「イタ吉!」
「っが! あああ!! まだいける!」
イタ吉の尾に在る刃が砕け散った。
あくまで生体部分で言うなれば爪のようなものだったのだろう。
イタ吉がまさに手の爪全部砕かれたような悲鳴を一瞬上げ――
すぐに走り直す。
反動で吹き飛びそうになっていようとも足がもつれかかっていようとも。
走らなければならない。
背後の殺意はまだ走ってきている。
イタ吉の表情が泣きそうなのではなくただ歯を食いしばる真面目な顔はその状況から作らされたものでもあった。
そして生存本能でおそらくは……痛みを強制的に遮断している。
獣ならばわりとよくある生理現象だ。
脳内物質が大量に出されて異様な興奮を元に痛みを忘れ去らせる。
そうまでして走らなければ狩られるからだ。
「2度は――」
「来る!」
黒い暴れ回る光と化したプライドの声が響く。
出口までがこんなにも遠いとは。
狭い狭いと思っていた迷宮なのに!
吹き飛んできた牙。
確実にイタ吉の首の動脈を狙いすます口。
"止眼"でわずかにその光景を見届けすぐ解除。
「――無い!」
「ぐうっ!!」
大丈夫。
相手さえわかれば私だって動ける。
イタ吉を防ぐように身を乗り出して鎧の頑強な頭部分を食わす。
ゴリとイヤな音がした。
だが重厚な鎧は通さない。
メリメリとヘコむような音がして首を振るう。
やっと牙を外して再び天井へ跳んだ。
この動き……
「牙がもげるだろうが! どれだけ厚いんだそれ!」
「むしろ貫通しかかるのが恐ろしいよ!」
圧された分は治せるものの私は痛い。
鉄の板に挟まれるようなものだからね。
"鷹目"で見たらくっきりへこんでいた。
その後もさらにイタ吉や私を狙い縦横無尽に跳んであらゆる角度から爪や蹴り襲ってくる。
それを"止眼"で読み切ってから"防御"しつづける。
今出来る限界の避け。
イタ吉はもはや走るだけで限界だ。
私も鎧の再生が追いつかない程度に斬り落とされ削がれ打ち付けられた。
ギリギリだ。
ギリギリスキルと補助魔法の効果で食いついている。
そして……
「やっぱり! ただ身体能力が上がったのなら私達の横に付いて殴り合えば良い! けれど……そうはしない! できないんだね!」
「ああ! 見て分かるとおりだ! これは能力を『底上げ』する!! 弱く跳んでもこの場所じゃあ天井についてしまう!」
相変わらず隠しもせずに語ってくれた。
つまりは今プライドはアリを摘むような繊細な跳びであちこちに縦横無尽に跳びはねてやっと狙いすませられるのだ。
さらにそこまでして今度は巨象を射殺すほどに全力を持って爪を振るわねばならない。
1から100の力を出せたのが今までなら200の力を出せる代わりに下限が90になってしまった。
そんな状況。
「だから狂戦士モードだって言っていただろう、召喚士がよ!」
「ぐっ!! なるほど……」
今の一撃で私の目に直接外光が。
つまりは大きく爪痕をのこした一撃が完全に貫通している!
正直全身かなり痛くて打撲や内出血多数だろうについにここまで……
「だがここまで俺の猛攻を見切って防ぎやがるとは……ローズオーラ! 貴様何者だ!」
「……あっ!」
集落に来た序盤からの違和感。
今また引っかかってやっと言語化出来る程度に理解できた。
そう呼び名だ。
「なんでみんなはローズとしか呼んでないのにっ! うっ! 『ローズオーラ』ってわかったの!?」
そう。とても単純な相手と自分双方の見落とし。
こちらはローズとしか言ってない。
だが集落の長たちはみな私をローズオーラと呼ぶ。
爪撃の後を針変化させて埋めたそばからまた爪がとんでくる。
本当に痛い!
「俺は、召喚者に聞いたぜ! うぉら!」
「マズッ!」
今背中の方でいけない痛みが与えられた。
薄皮1枚斬り裂かれる。
そこまで届かされた……!
「ろ、ローズ!?」
「だ、大丈夫!」
イタ吉が心配そうに声をかけてくるがそっちだって既にボロボロだ。
私の前足が階段をとらえる。
来た! 迷宮の外への道!
「逃がすかーっ!!」
背後からプライドの両腕が迫る!
上から迫るように振り下ろされる。
これ以上喰らったらマズイ!!
階段を1段ずつのぼるわけにはいかない。
もはやジャンプするように無理矢理行く!
イタ吉も同じように跳んで……
「らぁ!!」
プライドの爪は空振った。
が。そのまま地面を叩きつけ爆発するような衝撃波!
「しまっ――」
これが狙いか!
爆風に巻き込まれ吹き飛ばされるように階段に身体を打ち付けまくりながらわけがわからず飛ばされる。
ダメだ。めまいが……