四十二生目 芳醇
今日の降雪量は60センチ。
日夜雪の降る量が増えててシャレにならないなー。
このままどれだけ増えるのやら。
私が飛び込んでズボッと雪に埋もれる深さだ。
地面の上を歩くと言うより雪を掻き分けて進む感じだ。
比較的浅い獣道を選んで進むしか無い。
今は朝食の準備中だ。
イタ吉とたぬ吉も私の近くにいるね。
イタ吉は昔の私と背丈が似ていたが、今の私に比べるとさすがにちいさくなったね。
彼は成長している様子がないからもうおとななんだろう。
「近くに来るな、って伝えておいて」
「ホエハリさんから離れて、って伝えておいてください」
……イタ吉とたぬ吉がこんな調子で無ければ私も手放しで喜ぶんだけれど。
イタ吉たぬ吉は私が言葉が理解できるようになったと判明したら、私を通して翻訳を依頼するようになった。
サウンドウェーブを使えば出来なくもない。
けれど私の行動力は無限ではないのだから勘弁して欲しい。
そもそも内容がだいたいイタ吉はたぬ吉を嫌い、たぬ吉はイタ吉を嫌う内容だ。
こいつら、言葉が直接わかるようになったら大事故じゃないかな……
「ふたりとも、そんなこと言ってないで手伝って」
二回にわけて別言語で伝えた。
「はいよー」「わかりました」
素直ではある。
イタ吉は群れに馴染んできてそこまで働く事に抵抗が無い。
たぬ吉は私の話だったら私の話を最優先で聴いてくれる。
あとは自主的に仲良くしてくくればいいんだけれどね……
うむ、言葉が互いにわからなくとも睨み合っていればわかる嫌悪。
さて、朝食と言えばホエハリが今日一日活動するエネルギーをたくわえる大事な時である。
最近はスペード隊も外れの日が増えてきた。
冬になるとウサギたちが真っ白になるしシカたちは別の所に行ってしまうことが多い。
草食動物たちも工夫なりなんなりして冬を乗り越えるためそれがモロに自分たちに跳ね返る。
それでも何とかなっているのは保存食たちのおかげだ。
その中でも私たち……いや、特にホエハリのみんなは乾燥キノコを非常に重視している。
乾燥キノコは戻すことでかおりのいいダシがとれる。
ニンゲンの時より少量が好まれるが水で戻したさいに発生するダシのかおりはホエハリたちに好評だ。
これは種族とか文化によってだいぶ好みが変わるはずなのでたまたま合っていた感じだ。
……好むだけなら。
「いいや、今日こそ俺のが一番だ!」
「わたしの料理に勝てるわけない!」
今日は特にみんな張り切って用意している。
ホエハリ族に調理をする仕事なんてない。
ダイヤ隊が近いとはいえ、彼らも別段仕事として行わない。
そうなると誰が作るのか。
なんとみんな作り出す。
おとなたちはみんな躍起になってダシ取りに命をかけている。
自分が作った土器を使い、自分が考えた組み合わせで良いダシをとり、スープをつくる。
ニンゲンと舌は違うが、鼻は別の意味で大きく違うのが影響している。
私の前世はホエハリなんていなかったが、近い種族から考えると数千倍は鼻がいい。
鼻の良さが勝っていて食事をとった場合に芳醇なかおりが味として認識される。
りんごの蜜が溢れていても甘味成分はかわらないのに甘く感じるのは、匂いの違いによって感じているというやつの強化版だ。
肉も肉汁が溢れ炭火のにおいがあった方がおいしいよね。
というわけでこどもである私たちや部外者のイタ吉たぬ吉に、元々作業は行わない父母は別の事をするわけだ。
別に遊んでいても良いのだが、私は何かとせわしなく動き回るハメになっている。
「お姉ちゃん! コレ試してみようと思うんだけれどどうかな?」
「少しかおりが単独だと独特なので、あのきのみと合わせると良いかもしれません」
片側からそう呼ばれ。
「お姉ちゃん、なんか白くなって来たんだけれど、どうかなー」
「アクが浮いてきたんですね、全部取ると味気ないけれど肉のアクはある程度とった方が、えぐみが減ると思います」
もう片方にアドバイス。
こんな感じの事を私はさっきからずっと繰り返している。
イタ吉たぬ吉は私が必要と判断したものをとりにいってもらう係だ。
「コレでいいか?」
「うん、それと同じのを、あそこにいるスペードの兄にもお願い」
「彼が呼んでいましたよ」
「すぐ行くって伝えておいて」
それぞれがそれぞれ一番うまいダシをとってスープを作ろうとするから、それのサポートである私はてんてこまいだ。
イタチの手も借りたかったので良かった。
ちなみにそれぞれ作る量がホエハリ的にはそんなに無いため、全員分食べ比べする余裕はある。
ニンゲンが見たらソレだけで満腹になりそうになるかもだけれど。
まあそこは食事回数の違いなんかもあるからね。
加工の試行錯誤で様々な料理が出来上がる。
みんな興味本位で色々足したり引いたりするから私が管理しないと酷いことになる。
有用性の組み合わせを踏んでいかないとゴミが出来てしまう。
水の量ひとつとっても一大事だ。
今回出来たスープは5つ。
それに熱加工した肉やニンゲンたちの穀物をくわえたりと贅沢なものだ。
さあみんなで食べ比べだ。
エントリーナンバー1はダイヤ兄の片方が作ったスープだ。
具材が豊富なものとなっている。
「ゴロゴロ入ってるのが楽しい」
「雑味が強くない?」
「もっと煮ると良いね」
エントリーナンバー2、スペードの兄がつくったもの。
単純な肉スープだが濃厚になるように水が調整されている。
「溢れるにおいが凄いパンチ」
「少しくどいかなー」
「煮すぎだねー」
エントリーナンバー3はハート姉が作ったものだ。
澄んだ色のスープだ。
「透き通るような見た目と味が好きー」
「インパクトに欠けている気がする」
「合わせる具材次第かなこれは」
エントリーナンバー4のスペード姉。
見るからにカライ赤スープだ。
「ひー、辛い! うまい!」
「辛さのなかに深みが無い」
「水を入れるタイミングが問題かな」
エントリーナンバー5でジャック兄のもの。
このホエハリの世には珍しい肉団子スープだ。
「細かく骨が混ぜ込んであって食感がいい」
「ダシがとんでしまって肉に負けている」
「ダシは下手、具材は良い」
こんな感じでやいのやいの言い合ってどれが一番うまいのか競い合っているわけだ。
身体の芯まであたたまるスープで戦いもヒートアップ。
今日の一番人気はどれになるやら。
イタ吉とたぬ吉もここに紛れている。
ある程度の仕事の対価だ。
彼らはまあなんでも食べれれば美味しそうといった感じで楽だ。
最初あのどんぐりを美味しく加工した縄文ハンバーグを渡した時はイタ吉らひっくりかえるほど驚いていた。
そこまで苦手だったのか。
「いやー、ここの食べ物はなんでも美味しいですね」
「オレの群れではこんなもの食べれなかったなー」
だいたい同じような事を口にしつつふたりは互いの話す内容に気づかず食べている。
私を挟んで隣にいるため今は安定しているわけだ。
根の部分では仲良くなれそうなふたりなのだが、言語と種族の壁はまだまだ続きそうだ。
それでも今こうして群れとして中で競い合って仲良く楽しくやれているのはとてもいい。
積もる雪に負けないあたたかさを感じる。
いつかは私は私の道を見つけにここを出るだろう。
それでも今は楽しく笑い合えるこの空間がいつまでも続くようにと思ってしまうのだ。
無情にも食事が空になることでその時は終わる。
それでも心からの満足は将来の支えにきっとなる。
ごちそうさまでした。
ちなみに今回の1番はナンバー2になった。
TIPS
競うホエハリたち:
ホエハリは料理での競い合いが最近のもっぱらの流行り。
新しい遊びかつ実益で、競わない理由がないのだ。