四百二生目 成立
大商人との対談は続く。
もはや何分話しているかわからなくなってきた間にも話の内容が変わってきた。
「ところで、我々が扱っているこの商品なのですが……」
大商人が隣にいる秘書に取り出させたものは例の恵みの泉水を遥かに薄めたものだ。
とは言っても効果は確かで他の商会に喧嘩を売らない程度にかつ驚異的だと思わせるようにうまくやっているらしい。 ついにきたか。
「存じています、随分人気とか」
「ええ。おかげさまで。ところで単刀直入に聞きますが、この中身の源泉はここですね?」
「……どうしてそうと?」
竜人が顔色ひとつ変えずに返したが内心は焦っているはずだ。
確かに聞かれることは予定に入っていたがいきなりズバリと来るとは。
「ええ、ええ。我々も勉強させてもらいましてね。それに手前で扱っている商品の事をしっかりと知っておくのは、商人としての義務でしてね。
みなさまのことは良く見せてもらいました。こうしてお話しても人相手よりも良いと思えるほどで、魔物相手だからと悪くするつもりはありませんとも」
もちろん彼らがこっそり調べ尽くしていたのは知っている。
スパイとは言わないが探知や諜報に優れている魔物もアノニマルースの各地にいるからね。
彼らの調べる邪魔をせず確信に至らせるまでね。
さっきは焦ったがここまで来たならやることは決まっている。
竜人からアイコンタクトされたので承認。
こちらもより多くの商談がしたくて来てもらったのだから。
「……はい。ならばあまり隠しだてする必要はありませんね」
竜人は事前に用意してあった恵みの泉水を机上に置いた。
大商人側の席からどよめきが起こる。
大商人自体は交渉のプロで先ほどからほぼひとりで相手にしていても他の面々は違う。
すぐに静まり返るが事前に用意していたということに驚かれたらしい。
「ごめんなさい、実は辺境の村というのは……」
「いえいえ! 元々ドラーグどのが信頼する相手ならば無下にするつもりはありませんとも! ただ、私もその相手を見たくなりましてな」
ドラーグが謝罪しただけでさらっと本心言っちゃうのちょっとずるい。
"見透す眼"の読心で少しはわかっていたけれど。
ドラーグに対して好感度マックスなのだもの。
「いやはやいやはや、ハハハ! 失礼、全て承知のようでしたな」
「こちらこそ、おみそれしました」
「では、我々の、そしてそちらの想いはひとつということですかな?」
大商人が腕を伸ばす。
竜人もそれに応じで握手した。
大商人ならちゃんと思惑も読んでくれると思った。
「我らの新たなパートナーとして、改めてよろしくお願いします」
「ええ。こちらこそ」
こうしてこの後恵みの泉水を含むこの場所の名産や魔物たちならではの売れそうなものを大口契約する。
これでまたアノニマルースが発展できるはずだ!
大商人が正式に私達の仲間となりその後魔物たちの経済の重要な部分を商人の枠をこえて担っていくがそれはまた後の話……
こんにちは。また流氷の迷宮です。
しっかりと冷えているので流氷の融解が問題できたわけではない。
「……へくちっ」
寒すぎるくらいに良く冷えている。
まあここの生物からすると比較的快適らしが……うう。
火魔法"ヒートストロング"に聖魔法"クリアウェザー"……ふう。
そして今日来ているのは私だけではない。
人型カラスで調理担当こと……
「主! 大丈夫ですか!!」
「うん、アヅキ。まったく大丈夫だから」
「本当に、お体を大事にしてください」
真剣な眼差しがあまりに鋭い。
鴉月だ。
アヅキにも魔法はしっかり届いているので冷えすぎることはないはず。
まあそれでも足元の氷から否応なしに冷たさが登ってくるのは仕方ない。
ここを溶かせば冷水に落ちるだけだ。
だから目的を早く果たしたいのだが……
「おや……この先はどうでしょうか?」
「シカウサギから聞けた地図によると……うん。その先は天然の洞窟みたい。ちょうどいいかも」
シカウサギたちこと迷宮の管理者たちは私達アノニマルースと快く組んでくれた。
ついでに名乗る集団名もないため『アノニマルース流氷迷宮』と今後は言うらしい。
互いの適温と暮らす環境があまりに離れているから普段はそれぞれの場所で暮らすが互いに自由に行き来出来る仲になったわけだ。
私の空魔法"ファストトラベル"を借りれば瞬時に移動出来るしね。
"率いる者"さまさま。
はてさて。
ふたりで中に入ってみると確かに大流氷の山の中に洞窟が出来ていた。
ここはなかなか頑丈そうだ。
広いし整理すれば足場も平らにしやすそう。
「アヅキ、どう思う?」
「何件か洞窟を見ましたが、ここはなかなか良さそうですね」
アヅキが鳥の鱗に覆われた手で壁を触る。
私達が探しに来たのは貯蔵庫と熟成庫だ。




