三十八生目 教養
とある日。
また今日も品物チェックに来ている。
そして天然洞穴の入り口には…、
「あ、旦那! と、お使いの魔獣姐さん、ちゃんと仕事してますぜ!」
私に向かって手を振っているのはミニオーク。
例の彼女だ。
彼らには日給で雇って天然洞穴の見張りをしてもらっている。
それと蜂蜜の方も獣と虫が荒らさないように見張ってもらう。
洞穴の方は彼女1人で十分との事で蜂蜜の方に4人行っている。
三食昼寝つき、家は予想通りないらしくその日暮らしだったので洞穴で良ければと貸した。
前世風の言葉で言えばストリートチルドレンだったわけだ。
布とかならあるから、テント作りたい。
木材を加工出来るようならログハウスなんかもいいだろうね。
支払いは炭と私達では使いみちが無いと判断した品物を例の3人組冒険者に換金しに行ってもらう。
そのまま衛兵を通して被害者に支払われる予定だ。
まあ……衛兵たちがちゃんと仕事をすればね。
こういうのってファンタジーあるあるで何処かにお金が消えてしまったりするし。
ちなみに衛兵たちには金を奪った親なし子たちを働かせて金を返させるからと言ってある。
冒険者ギルドを通さない魔物殺しはまあしていたみたいだが、派手にはやっていなかったようで伏せておいた。
もちろん、ここらへんの手続きはみんな3人組冒険者任せなので頭が上がらないね!
ちなみにこれでも何とかなるかを検討したのは彼らなので、この世界のニンゲン界に疎い私とは違いテキパキと案をまとめてくれた。
持つべきものは異種でも友だなぁ。
『首尾の方はどうだ?』
「おかげさまで! これほど楽な仕事で勉強まで教えて貰って俺様、こんなに嬉しい事だなんて思わなかったぜ……!」
言ってて若干泣きそうになったのか鼻を鳴らしている。
うーん、いわゆるチョロいんみたいなやつなのかしら。
無敵効果があるとは言え、タヌキ以上に懐くのが早い気がする。
ちなみにその緑のタヌキは木影からそっと様子を伺っている。
私以外の相手が近くにいるとすぐ隠れてしまうのだ。
体毛の緑色が保護色となって背景に溶け込める力は高い。
彼女たちには見張り以外にも自立支援プログラムを組んでいる。
見張りでぼーっと立っていても流石に色々もったいない。
彼らには後々独り立ちしてどこでもニンゲン界で働ける程度にはなってもらわねば。
子どもなんだから産まれは選べないがせめてこれからでも軌道修正させねばね。
教育は地道だが最も確実に治安を良くして経済を発展させる方法だ。
私が出来る範囲でこういう輩を減らし、私の懐はあっためつつ被害を被る確率を減らさなくてはね。
合理性ってやつだね。
私が今やっている自立支援プログラムは複数段階に別れている。
といってもホエハリ族の教育を程よくニンゲン用にカスタムしたものだ。
規律。
勉学。
制作。
これらはみんな手に職をつけるのに必要だと言う判断したのを中心にやっていく。
規律はまあ、ニンゲンの法律を守るとか、なんで守らなきゃなのかとかマナーや態度に善悪みたいな事だ。
働き手がちょくちょく店の金を盗んだり客に当たり散らしていたら話にならないもんね。
私もニンゲンの法律は知らないが、幸い冒険者たちがそこそこ理解していた。
そこで私の常識と照らし合わせつつ詰めていった。
結構な部分は私の知っている法律と似ていたが、全体的に厳罰傾向かな。
死ぬ判決の種類だけでも豊富だ。
それに市民たちに法律を説く類の本も買ってきてもらった。
それらをさらに分かりやすくして教えている。
知らないと法律は敵だが、知れば法律は身を守る盾になる。
資金が無くとも食っていくための法律がいくつもあるのに埋もれていて、肝心の人たちが気づかない事はままあるね。
そしてそれらを理解するのに必要なのが勉学。
全員文字読めないのは想定範囲だったが、勉学に苦しんで理解力が極端に低いのは苦労した。
彼らは理屈じゃなくそもそも学ぶための脳が出来上がっていない。
文字を読むというのに利便性を考えない点は野生動物クラスだ。
まあ、その日ぐらしをずっと群れてこなしてきたという点からしてどうしてもそっちに特化しているんだろう。
けれど、出来ないわけではない。
私はハートペアを思い浮かべつつ教えた。
どうこうすればいいかは手探りながら何とかやれていると思う。
「ところでよう、1+1はわかったよ、2なんだろう。1+1+1はさっぱりわからねえ、難しいぜ」
……やれていると思う。
別に彼らが特別バカってわけじゃあないらしいのは3人の冒険者からも聞いている。
すっかり丸くなった事を含め良くも悪くも普通だ。
ただ本当に義務教育なんてないし、親がいなければ簡単な読み書きすらも教えなかった。
それだけの話だ。
けれどその読み書きが出来ないと職につくのは難しい。
冒険者ギルドだってだいたいは文字のやり取りだそうだ。
文学と教養を身つければかなりの所で希望がもてる。
そして職人技というか、DIYというか。
究極1人暮らしが出来る技術だ。
料理や洗濯の家事全般、設計して道具を必要数揃え物を作る作業。
これからは全部俺様のものでは困るのだ。
"俺様"さんが全部作る勢いでやってもらわねば。
今まで彼らは奪う人生だったとは言え親もいないため比較的家事はうまかった。
まあ、何か好みのものばかり作ろうとしたり洗濯が雑で生地が傷んだりしていたが。
ここらへんも栄養学とか洗濯適性とか知らないと、何とかなるんだから良いじゃん! ってなる。
嫌いなものもちゃんと食べないと、と言っても聞くような年齢ではない。
いや、渋々承諾はしてくれるんだけれど。
「い、いやー、葉っぱはちょっと……いえ食べますって! なあ、お前の大根と交換しようぜ!」
「え!? ガラハ親分それはちょっと!」
「なんだ文句あるのか! ……あるのですかな?」
うん、頼みごとの時は敬語でとは言ったけれど色々駄目だから。
物を作るのは学んだ事がすぐにそのまま活かせる機会になるため勉学と良いサイクルになる。
実際に働く時をイメージしやすい。
なので積極的にやらせるつもりだ。
食事は流石に私達のを分けるわけにはいかず、ニンゲンとの交換品も限度がある。
なのでこれに関しては彼らに町へ行ってもらった。
3人組冒険者に連れられ買い出しと冒険者ギルドへの登録を済ませたワケ。
向こうではまだまだ文字がおぼつかない彼らへのサポートをしてくれたらしい。
ちゃんと何か労わないとなぁ。
というか私も町へ行ってみたい。
指名手配されるほど悪事を働いていなかった彼らは冒険者になれた。
まあようは気づかれることがなかったわけだ。
冒険者になれた彼らは晴れて正式に魔物を狩れる。
魔物は食べられる奴らも多いために討伐ついでに食糧にするわけだ。
斃したら分かる魔法が使われているらしいからわざわざ死肉を持ち帰る必要がない。
それぞれが得をするわけだ。
狩りはさすがと言うか、手慣れたものだった。
そもそもその日暮らしするために多く狩ってきた彼らだ。
奇襲して囲んでミニオークがトドメ。
怪我人が出そうな戦いは避ける。
普通の魔物相手ならホエハリにも劣らない戦いだ。
問題があるとすれば一撃頼りな面か。
ヒット&アウェイと言えば聴こえが良いがそれだけで他に楽なやり方などを模索していない。
罠づくりや強敵対策に追跡狩りを行えないと難しい。
要課題。
「ホント、俺ら今まで誰も助けてくれなくて……こんなに面倒見てくれる人がいるだなんて思っていなかった!」
暑苦しく彼女がそう語る。
まあ私の背後の人なんて本当はいないんだけれどね。
面倒見が良いと言えば3人組もそうだ。
成り行きで巻き込んだので報酬に炭をわけているけれど、それでもちゃんとやってくれている。
頻繁に顔を見せてくれるほどだ。
「こんにちは〜、またきちゃいました〜!」
レッサーエルフの彼女がそうこっちに声をかけてきた。
また3人とも来てくれたらしい。
ああそうだ、アレを聴こうとおもったんだ。
『やあこんにちは』
そうやってお爺さん風の声を出して答える。
彼らが近くに来るとミニオークの彼女も挨拶した。
その後雑談に入ったので話を振る。
『そういえば、ソーヤのナイフだが……』
「ああ、これですね。ありがたく使わせて貰っていますよ」
そう言ってプラスヒューマンは腰からナイフを取り出す。
確かに私が作った土器ナイフだ。
ホエハリカラーの鮮やかな青に術で変えているのですぐわかる。
『それ、試しに作ってみただけだが、使えるのか?』
「使えるかだなんてとんでもない!
何回切っても手入れ要らずな欠けない頑丈性!
自分の指先みたいに扱える操作性!
他では見ない個性!
そして何より生きているかのように感じる力。市販の鉄武器なんてこれに比べたらオモチャですよ」
あ、アレ?
何か絶賛された。
どういう事だろう。 ただ土の加護をつけたってだけなのに……?
TIPS
この森に住むとは:
あそこに住む!? 正気じゃない!
悪党が逃げ隠れ住んでいるかもしれないが、そいつらもいずれおかしくなっちまうんじゃあ、ないかな。