三百七十九生目 黒獣
「あー、さすがに雪と氷は見飽きたぜ!」
「そう言わない。かなり順調に足取りは追えてますから」
もはや日常茶飯事となった流氷渡りを行いながらダンが愚痴っていた。
ゴウがなだめるものの確かに私も寒さにうんざりしてきている。
もちろん平気なように対策してあるがそんなことしなくていいアノニマルースでゴロゴロしていたい。
流氷の迷宮自体が広大でそれに加えて凍える寒さの海と位置が変わる大地代わりの流氷という組み合わせが厄介だった。
痕跡を辿った先が海だなんてことは珍しくなく。
別の手がかりを探し当てるまでさまようこととなる。
黒い獣も流氷渡りを繰り返しているのならばその途中の氷がどこか流れてしまっているのはそう難しい話ではない。
次の痕跡が向かう場所にはるか遠回りさせられることもあるし魔法薬でしのいでいても寒いと全員の威勢維持も困難になる。
休憩はこまめに挟みつつも流氷の迷宮をひたすら移動してなんだかんだとかなり踏破したはずだ。
だからいるだろうという位置がほとんど絞り込めているらしい。
ゴウの受け売りだ。
流氷を渡りきり大氷塊に降り立つ。
こういう大きな氷塊は1つの島のように巨大な地となっている。
とは言っても地面はないからゆっくりとは流れているし割れるからやはりこれも流氷だ。
安定した大地とはいいがたい。
「うん……?」
遠くから何かしらの戦闘音が聞こえる。
金属音はなく魔法や硬質なものが擦れ合ったりする音だ。
「どうしました?」
「あちらから戦闘音が……」
「ようし! 行ってみるか!」
駆けていって氷の山の向こう側にそれの姿は見えた。
遠く雪景色の向こうにもはっきり浮かぶ黒い姿。
何かの魔物たちが高く跳んで黒い獣へと横から仕掛けている。
そこにたったひと振り。
ただコバエを払うがごとく前脚で地面へ叩きつけた。
圧倒的な力量差……!
そもそもサイズ差がすさまじい。
黒い獣が大きすぎて周りが小さく見える。
まさに怪獣サイズ。
「うおっほほ! でけえなあ!」
「あれは骨が折れそうですね……」
ダンが喜びゴウが落胆している。
なんとなく分かっていたリアクションどおりだ。
それでも駆ける勢いは落とさないまま。
近づくに連れてその大きさがはっきりとわかってきた。
何せ走っても走っても着かないんだもの。
豆粒程度にしか視認できなかった蹂躙されている魔物の大きさが私達とそう変わらないとやっと実感できた。
[ホーンラビ 角は彼らの誇りの証。知能が高く汚れるのを嫌い敵に対してはまるで容赦しない]
なんとか最接近できた時にはもはや戦闘は終わっていたと言っても間違いない。
おそらく強力だったであろう魔物たちはみな地面に伏せられている。
あれは……ラッセルボークかな?
いわゆる鹿のツノが生えた兎だ。
サイズは鹿の方に近い。
それで見上げても全貌が見えないほどデカイ黒い獣の方は……
[不明]
[解析開始]
不明!?
"観察"で不明が出るだなんて……
妨害じゃないし。
しかもその後解析しだした。
一体こいつはなんなんだ?
シカウサギのうち1体が震えながら立ち上がろうとしている。
私たちは影で見ているから気づかれていない。
しかし黒い獣が起きようとするシカウサギに気づいてしまった。
私たちは互いにアイコンタクトする。
黒い獣が前脚を振り上げ余裕しゃくしゃくと振り下ろす。
私たちは飛び出してダンがシカウサギを抱くように抱えて走った!
空振りに終わった踏みつけにより雪が舞い氷が割れる音。
剣ゼロエネミーに"無敵"を加算して敵愾心を削るオーラを放ちつつダンの撤退支援。
さらにゴウが力を込めた矢の一撃を放つ。
前脚に命中するとカッと光って爆発した!
黒い獣の顔をあらためて見てみると何か既視感が。
たてがみの無いオスライオンのような……そんな見た目どこかで。
あまりにサイズ感が違うが……アレは……
「1分は持たせられそうだな! 今のうちにこいつ治してやれ!」
「あ、うん! わかりました!」
それどころじゃない。
影に隠れた私とダンそして無理矢理引っ張って連れられたシカウサギ。
出血がひどくツノもボキボキだ。
とりあえず"無敵""ヒーリング"同時がけをして止血と一応の生命力確保。
さらにツノを聖魔法"トリートメント"で生え直させる。
「うん? ツノなんて後でいいんじゃあないか?」
「いや、なぜかしらないけれど、この種族はツノが命の次に大事らしいんだ」
「へえ、詳しいな!」
よし。これでいいかな。
バキバキだった頃からは想像できないほどに立派なツノだったが最後まで修復できた。
シカウサギが何か言いたげに震えているがあいにくまだ言葉は理解できない。
時間切れになる前にシカウサギを置いて再び黒い獣の前に躍り出る。
ゴウが防戦一方で来る爪や足をひたすら撃ち抜いて逃げ回っていたからギリギリ間に合ったか。