三百七十三生目 教会
カン! カン!
鍛冶のリズムが一定に保たれたまま打たれる。
龍脈水車にとりつけられたサイクロプスたちですら扱いにくい重さのハンマーが軽々と使われているからだ。
「これがあるのは本当に楽だ。勝手に打っていてくれるからな」
サイクロプスリーダーがガチャリとレバーを倒すとハンマーは持ち上がったまま動かなくなった。
連結から外したのだ。
龍脈水車ならば普通の水車よりも遥かに力がありサイクロプスリーダーが水車に叩かせていた鉄塊も簡単に出来上がる。
どういうものにするかはよくわからないが。
この水車は龍脈の力を蓄えることも出来て……この先はまだできていないが、将来は大きなエネルギー革命をこのアノニマルースに起こせそうだ。
心の中でほくそ笑む。
「はあぁ……本当に壮大に、こんな技術すら持ち合わせるこの街は、将来は一体どうなるのか……」
宣教師ゼストはひとしきり見上げ感心しっぱなしだった。
その後首が痛そうだったのはまあ仕方ないね。
「そうだイタ吉さんよ、今日はその尾の刃は手入れするかい?」
「イヤア、イマハローズニ、演技シロッテイワレ――」
――私の足はイタ吉の腹を正確に捉えていた。
肉球ごしですらその威力は止まらない。
くの字に折れ曲がったイタ吉はそのまま空へと打ち上げられ星となって消えた。
「おお!? 今何かエンギとか聴こえたらイタ吉さんという魔物が、空へ吹き飛んで行ってしまわれたような……?」
「大丈夫です、よくあることなんで気にしないでください」
「よ、よくあるのですか……?」
「よくあります。さあ気にしないでいきましょ!」
早すぎたのと別に集中してイタ吉を見ていたわけじゃなかったのでバレていなかった。
ゴリ押しして観光を続けた……
アノニマルースには土産屋もある。
この荒野の迷宮特産品からハックのデザイン監修ティーカップまである。
作成品は土の加護が込められているから頑丈で持ち主に合わしてくれる。
宣教師ゼストもいくつか包んでもらって荷物を背負っていた。
最初の想いはどこへやらすっかり楽しんだらしい。
パンフレットを返却し街並みの終わり際でカムラさんと私に合流する。
「いやあ、実に良い経験でした」
「それは良かった、もう帰りますか?」
「ええ。でも……」
宣教師ゼストはそういってアノニマルースの街並みを振り返った。
その顔はどこか晴れやかで抱えていた迷いが少し晴れたかのようだ。
「色々と悩んでいたのですが、決めました。街に帰ったら、早速ここに教会を建てる計画をします!」
「え、ええーー!?」
何だって!? 聞いてないよ!
いや、だって。ええー!?
「ふふふ、まだ未来の話になりますがね。もっと良く見ておきたくなったのです。ここにも光教を広めてみたいですし。思っていたよりずっと、良いところでしたから。それと……ローズさん」
「は、はい?」
ひええ。骸骨たちの心象が少し変わったと思ったら今度はそうきたかあ!
ここに広められるのはどうなるかまったくわからん……
ってまだ何かあるのだろうか。
「あなたが何かまだ話せないことが、この魔物たちの街と関連してあるようですが、何があろうとも、大丈夫です。もはや多少のことでは驚かないですからね。まあ、それはその時が来たらぜひ聞かせてください」
「ええと、それは……はい、わかりました」
わかりましたとしか言えないよ!
宣教師ゼストはめちゃくちゃ良い笑顔だ。
カムラさんのアンデッドであるという告白や魔物の街という摩訶不思議なものを見て耐性がついたらしいが……
私の正体の場合はどうかな……
「さあ、そうと決まれば『人だけの街』へ帰りましょう!」
「フフ、人だけ、ですか」
「正確には、人のためだけの、ですかね」
宣教師ゼストとカムラさんが互いに微笑みあった。
なんというか、ブラックジョークかな……?
はあ……結局問題が増えたよ!
私だけはそう頭を抱えながらともにアノニマルースを出ていった。
その後宣教師ゼストが数日かけて一気に案件をまとめあげ冒険者と共に宣教師の中でも年が浅いものたちが送られてきて頭を悩ましたのは別のお話。
まったく。懺悔室で秘密を洗いざらい言って楽になろうかとすら思う。
やらないけど。
所属している民間冒険者ギルドクーランの銀猫で依頼を受けようとしてギルドマスターのタイガから手紙を受け取った。
私宛のが冒険者ギルドを通して送られたらしい。
封の蝋がまた正式な国の冒険者ギルドを表すものだ……
イヤな予感をしつつ開封する。
[凍結された迷宮と黒い獣に関しての情報が集まりました。緊急招集ですので急いでください。場所は……]
ゴウからの手紙だった。
やはりか……
手紙をしまって冒険者ギルドクーランの銀猫がある宿屋を飛び出した。