三百三十三章目 冒涜
「一体これは何のマネかな? あれほど言っておいたと思うのだが」
宣教師の中でもとびきり偉そうな先頭のおじいさんが私達観客を無視して舞台の方へと向かう。
言葉としては厳しいがその声色はあまりに優しい。
そのギャップがひどく恐ろしい。
「一体何が起こるんでしょうねカムラさん……カムラさん?」
「……ああ、失礼しました」
カムラさんが宣教師をみつめ目を細め考え込んでいた。
やはりユウレンが狙われた事を思い出していたのだろうか。
意識を引き戻してもらったところでカムラさんに推測してもらう。
「ふむ……まず光教についてローズ様はどこまでご存知でしょうか?」
「世界的には有名な宗教らしい、というくらいは」
前世でも世界的には圧倒的に広まっていた宗教があった。
ユウレンのはどちらかといえば土着信仰に近くまだ宗教の共存とかがうまく保証されていないのか揉め事を起こしユウレンは逃げるハメになった。
どちらが悪いという話では大枠ではそう差はないのだろうが……
「光教は、すべての人は救われるという宗教のひとつで、特徴としては、赦しを得ることで教義上に指定された罪があっても死後も報われるとされることでしょう」
うんやはり似ている。
多少の違いはあれど。
「フォウスを唯一神として崇めており、偶像崇拝を禁じているそうです。そして今回大事なのが――」
「死後の者を操ることは悪魔たる所業、死者は等しく救われねばならぬのに、なぜそれがわからぬか」
「……という点なのです」
カムラさんが話している間に舞台に登った宣教師が言いたいことを言ってくれたらしい。
つまりは。
「アンデッドがNGなんですね」
「はい」
カムラさんが苦笑いする。
なるほどカムラさんの存在が否定される宗教は受け入れがたいわけか。
おそらく数世紀もたてばよそはよそうちはうちで成り立つのだが……
「大変申し訳ありませんが……こちらは法的手順に則り正式に行われている競売です」
「それは国の法がいまだ未熟なため。神の名のもとに『ただしい』法律にするために、市民の理解がいる」
うーむ完全な平行線。
確かに法が許すから何しても良いわけではない。
ただ私から見たら倫理的にも販売側にそう問題はない。
ただ……
「おお、おぞましい術で縛られている死者よ、今楽にしてあげますからね」
宣教師の従者のひとりがそういいつつ骸骨たちに近づいている。
あの感じ……聖魔法を使おうとしている!?
まずい、聖魔法にはアンデッド特攻がある!
「あんた、一体何を、止め……!」
死霊術師のひとりも魔力に気づき止めようとするが制止に耳を貸さずに聖魔法が放たれる。
途端にスケルトンが光と共に粉となり消えてしまった!
「お前!」
「見ましたかみなさま、邪悪な術が解かれ眠りにつく瞬間を!」
「えっ!?」
宣教師が今度は私たちに向かって話し始めた。
ひどく優しいのにどこまでも響く強い声で。
……手慣れている気がする。
「ちょっと、商売道具に一体何を!」
「死者を縛る鎖は今解き放たれようとしています! 死したものはみな、安らかな眠りにつくべきです。先程のスケルトンも最後は安堵の表情をしていたでしょう?」
ざわついている。
ざわめきは強く『え、どうなんだ?』とか『俺はそこまで見てなかった』とか『言われれば確かに……』とか。
これはマズい流れだろう。
「さあ、みなさま、死後も労働を強いるような真似をさせず、生きている者の手で生きようじゃないですか」
騒動の中ですら貫き通る声色。
音が理屈を越えて心に刺さりそうというのかな。
確か前世でもそういうテクはあったはずだ。
「まずいですね、会場の意思が割れだしました」
「やっぱりそうなんですか」
カムラさんの言うとおり耳を傾けると宣教師に賛同する声が上がりだしている。
先程まで買いに来ていたはずなのに。
……あるいは少し仕込んでいたかな?
「くっ、死霊術師によって正規の手順を踏み浄化された骨のみが使われている、言いがかりはやめてもらいたい!」
「なにを、思い込みによる正規などとはなただしい。死者の骨に無理矢理仮初の命を与えるなど、どう足掻いても神への冒涜よ」
場はヒートアップしてゆき止めるものもいないまま激しい言葉の応酬が繰り広げられる。
場内では『死者への冒涜だったんだ』とか『宣教師の言葉は正しくない』とか行き交い大荒れ。
うーんどうするべきか。
「困りましたね……騒動が収まりません」
「遊びに来たつもりが厄介なことになりましたな」
「まあそう言うもんでもない、面白そうじゃん」
「そうですか……そうですか?」
ちょっと待った。
今会話に誰が加わった?
私とカムラさんで辺りを見回すと前の席から腕が伸びて揺れた。
ああ、いた!