二十九生目 木炭
冬が来る。
それが今朝走った噂だった。
別にホエハリ族が冬に対して特別なセンサーがあるわけじゃあない。
気候の流れや森の様子から察するにという話だ。
けれどその予想は当たる。
数日もしない間に雪が降った。
この世界で初めての雪だ!
まだ地面についたら溶けてしまう程度だけれど。
この森ではどこまで積もるのだろうか?
「すごい! 白い!」
「ふわふわ!」
インカやハックが初めての雪にテンションが上がる。
仔どもにとっては格好のおもちゃだ。
私も今生初めての雪には感動している。
いやあだって記憶はないし!
知識としてはあっても実物を見たという記憶がなければ何回でも喜べる。
その点はちょっとお得である。
もちろん私も過去にそのような事あったかなあと探ってはいる。
多分雪くらいは見たことあると思うのだが。
ただ記憶を思い出すのにはさっぱりだ。
3匹で走り回れば息が白く上がり身体を暖める。
この毛皮にくるまれた身体は保温に向いているしね。
ただその喜びをよそにおとなたちは少し表情を曇らせている。
まあ2歳とか3歳とかのおとなたちだけど。
感情面ではテンション上がっていそうだ。
しかし冬越しをイメージすると盛り上がりきれないのだろう。
冬は、寒い。
当然ながら私たちは外暮らしだ。
備蓄も秋の間に着々とためてはいるが肉はそんなには持たない。
きのみも現状相当数ある。
だがドングリを筆頭に今後は拾える数が激減する。
動けばエネルギーを食い動かなければ凍え死ぬ。
極寒の厳しさを知っているおとなたちならではの苦しみだろう。
正直ホエハリ族にとって外敵より季節が危険だ。
ただ、今年はホエハリ族に少しだけアドバンテージがある。
火の存在だ。
身体はあったまるし凍った食糧は溶かして食べられる。
現在肉たちは枝と土器を組み合わせた物干し竿に大量設置されている。
干しまくっているわけだ。
後々寒さで勝手に冷蔵されるのも良い。
ドングリたちは大量に粉にされている。
粉はやはり腐りにくい。
備蓄しておく器もおとなたちが不器用ながらにつくってある。
そしてなめし革。
なめし革がなぜ出来ているかは少し時を遡る。
弟たちの抜けた針を芯に入れ小ぶりのナイフを作ろうとした。
片刃タイプで刃の先はわざと潰してある。
まあなめし革をつくるさいに必要かなと思ったわけだ。
そうすると焼きあがった時意外な結果になった。
[土加護の魔ナイフ 土の加護を得た魔力のこもった土で出来たナイフ。通常のナイフに比べ非常に頑丈で使用者の思い通りに斬りやすい。]
観察結果がこれだ。
土の加護!?
あ、ホエハリ族の針を入れたからか!
となった私は早速使ってみることにした。
ちなみにナイフとは言ってもナイフ(笑)みたいな感じだ。
土を焼き固めただけなので刃先が研げているわけではない。
ゴテゴテで分厚く、柄の部分は広く作ってある。
私の前足が置けるように柄にはくぼみ。
これがナイフと観察された段階で奇跡のようなものだ。
そして前足を置いて驚いた。
まるで私をナイフが待っていたかのようにとても馴染んだ。
ナイフなのに奇妙な繋がりを感じるほどにだ。
肉からの皮剥がしには何度も失敗した。
今まで誰もが適当にちぎって捨てていたからね。
私よりもおとなたちが頑張って剥がす事により何とか使い物になるサイズとなった。
まあ綺麗に一枚はがせるのはプロのニンゲンじゃないとね。
何をするんだろうという周囲の目を気にしながらナイフを使っていく。
いやはや驚いた。
皮から余計な肉と脂肪を剥ぐ作業だけれど私の思いを読んだかのように動いてくれる。
ぶっちゃけ私は添えてるだけな気がした。
魔感で視るとナイフに宿っていた力が私に流れ、私の力がナイフに流れている。
そもそも魔法の土でつくられただけの土器にここまで力は宿っていない。
土の加護パワーが凄まじい。
当然私は刃物を使った記憶などないが、一発目でかなり綺麗にとれた。
もう私いらないんじゃないじゃないかな。
全部このナイフに任せていただけだ。
ドングリのゆで汁を使い所定の手順を経てなめした革たち。
そもそも綺麗に剥ぐことが難しいためそんなに数は無いが出来てはいる。
寝る前に敷けば少しはマシになる。
群れからキングとクイーン、つまり父と母にプレゼントしたらめちゃく気に入ってくれたらしい。
ムダに飾ってある。
使って?
そんなわけで土の加護パワーに気づいた私たちは土器を作る際に自分の毛を入れることが多くなった。
毛だと加護は薄いが使いやすい。
針だとそこそこ強く反応がある。
そして血液。
やる際は痛いので慎重に誰かに切ってもらう。
訓練の後なんかが最適だ。
なにせ嫌でも傷つくし。
ヒーリングで治す前に土器に一滴。
その後焼き上げる事で異常な品が出来上がる。
ここにありますはただのタヌキ用の取皿。
しかしこれは突いても叩いても壊れやしない。
試しに土魔法のスピアで一突き。
大きく跳ね上げられ空を舞う。
そしてゴロゴロ転がっている小石の角に落ちる。
割れるか欠けるかするはずの皿はほらこのとおり。
傷の一つもついてない。
タヌキがあっつあつのスープを私からわけてもらう。
当然土器のお皿は熱がこもってくるはず。
しかし皿は何とも涼しい顔をしている。
タヌキが『ちょっと食べ物熱いなあ』と思いながら皿に触れるとあら不思議。
皿が置いた地面を通してドンドンさましてくれる!
あっと言う間にぬるくなった食べ物をタヌキはごきげんに食べる。
そうすると皿はなんだか嬉しそう見える。
不思議なものだがそう見えるのだ。
恐らく単純な感覚だけなら持っていてしかも外部に伝えられる。
まさに『生きた土器』になるわけだ。
そんなわけで血液を混ぜた土器は常識を超えてくる。
土に愛されるとは書いてあったが比喩表現でもまんざらないらしい。
これを利用して私は今冬越え用一大プロジェクトを計画している。
炭づくりだ。
黒木炭を作る。
今の環境では木はただの灰になってしまう。
つまりは炭を焼く環境が必要だ。
炭が出来れば火の維持力が上がり冬をあったかく過ごせる。
もちろんガンガン伐採しても良いのだが、森は私達の生活基盤でもあるので限度が存在する。
それに大変なのだ、斧も無いのに伐るのは。
将来的にも今作った方がいい。
稲束を使うやり方もあるが、この森に都合の良い稲畑はない。
今までは掘って焼いてきたが今回は盛る必要がある。
木材をたくさん積んでおく。
おとなたちで手が空いている者たちが土を掘りまくる。
深さはそこまでではないが長方形に長くしてある。
そこに木材を敷き詰め再び土をかぶせる。
あらかじめつくってあった煙突の土器を長い方向の端に埋める。
もちろん血液を混ぜ込んである。
もう反対側は焚き口を開けておく。
地面を固めながら少しずつ血液を撒いた。
地面や煙突に祈るように触れた後、焚き口から燃やす。
そして1日ほどたったら今度は焚き口と煙突を外して閉じる。
現在そこまでいって蒸し焼き中だ。
出来てくれよー頼む。
ここで大量に炭が出来れば楽になる。
正確にはかる機械がないためなんとも言えないが、知識に従ってものが出来た場合は200kgほどの炭だ。
これが出来れば冬が楽になるし将来的にも炭がホエハリ族を支えてくれる。
時間が来た。
さあ、取り出そう。
地面は埋め固めただけなので取り除くのも難しくない。
前世の知識では空気の少ない中で焼かれた木材は炭素の塊になっている。
それが木炭だ。
大人たちが掘ってくれるが失敗か成功かは私が見ないとわからない。
伝えてはいるものの実際どういうものかは手に取らないとわからないものね。
「お、これだこれだ」
ハートペアたちが見つけたらしく声を上げる。
私もその場を覗き込む。
……あれ? こんなに砂だらけだったっけ?
土はしっかり固め置いたはずなんだけれど。
少し不安はあったもののハートペアが見せてくれたものは確実に炭だ!
「そう、これです!」
「なんか燃えカスみたいだけれど、これで良いの?」
「はい、みててください」
そう言って私は炭のかけらをいくつか近くに運んで葉っぱと共に燃やす。
葉っぱが勢い良く燃え、それが燃え尽きた後は白熱した木炭が高い熱を放っている。
……あれ!? これ白炭じゃないか!?
あの作り方では黒炭になるはず。
白炭は確かに将来的には欲しかったが、まさかあれで出来るとは。
さっき砂がたくさんかかっているように見えたが、まさか土の加護に反応した?
私の思いを受け取って消し粉のように勝手に消化したのか!
恐ろしい力だ……後で褒めておこう。土とか煙突とか。
「完璧です!大成功です!」
「おー、燃えカスかと思ったら、これすごくあったかいね!」
「炎は激しくないのに熱さはそれ以上……はなまるの出来みたいで良かったよ」
「普通の木材と違って長い時間持つのも特徴ですよ。それにこの白いのだと煙が少ないですから煙くないです」
「なるほど、確かに木のかおりを楽しめるくらいの余裕はありそう」
出来上がった木炭を前にわいわいとハートペアと騒いでいる。
その騒ぎを聞きつけ多くの仲間達が寄ってきた。
さあて、ちゃんと説明しなきゃな。
冬ごえの準備が一つ整ったって。