三百九生目 王族
「ローズオーラ様……ですか?」
「ええ、名前というやつです。ニンゲンたちの言う」
「なるほど……確かローズオーラ様の仲間にニンゲンがおられましたね」
人魚のクラウンディなりに納得してくれたらしい。
おっとりとあまりに優しく甘い声でなんとなく苦手だ。
歌う力を操るだけある。
「え、えっと。ここはどこですか? それにあなたはなぜ私達を助けてくれたのですか?」
「はい。順を追って説明させてもらいます。ついてきてください」
言われたとおりに歩いて人魚が泳いでいく後を追いかけていく。
ここは……石造りながら明らかに誰かの手が入っている。
文化的な建造物のようだ。
「まず、渦潮に巻き込まれた事は覚えていますか?」
「ええ、巨大な魚に攻撃されて……ひどい目にあいました」
「それだったら話は早いですね! ここはその渦潮の……中です」
「ええっ!」
こんなにも水の流れが穏やかなのに……
いや、むしろ中は穏やかなものなんだっけ?
どちらにせよあんなに巨大な渦潮は知らないからなあ。
「渦潮の奥、吸い込まれた先がここで、なんとか結界をはってギリギリを保っているんです。あの謎の巨大魚もここまでは手が出せません……おそらく」
「やっぱり、危険な相手なんですか」
「ええ。アレの出現で我が群れはほとんどが囚われたのです」
廊下を抜け外に出ると嫌でも目につくのは一面に広がる渦。
全方位明らかに囲まれていて天も抜け穴が見つからない。
そしてその渦を瀬戸際で食い止めているドーム状の薄い膜。
あれが例の結界だろう。
「ここに閉じ込められて既に何日たったか……突然この渦潮と共にやってきたあの巨大な魚の恐怖を、いつも思い出させます。あなたたちも巻き込まれたようでしたので、保護させてもらいました」
「ありがとうございます。それで……脱出は、出来そうですか」
「希望は捨てていませんが、同時にまだその希望を託す先もないのです……」
まだどうすればいいか模索中ということか……
周囲にはいくつもの石の建造物や洞穴があり水の中の彼らの住処がまるごと大渦に襲われたことになる。
あの巨大魚がやったとしたら犯行が大胆すぎる。
「何があったのか……ことのあらましを教えてくれますか?」
「ええ。でもそのためには……」
「おーい!」
呼ばれた方を振り返るとイタ吉が泳いでやってきた。
バローくんもその後に続いている。
「起きたかローズ!」
「うん、みんなも大丈夫だった?」
「ええ、僕たちも起きてそんなにたってません。みんな無事で良かったです」
「不幸中の幸いでしたね。それではみなさまお揃いのようですので……話をしましょう」
そうして人魚は語りだした。
彼女がまだ『姫』であった時の話から。
「私たちは代々この迷宮を見守り外敵から守ってきました」
「迷宮……! 知っているんですか、ここが迷宮と」
「ええ。母から、そして母はその母、つまり私からしたら祖母、更に祖母は……と長く伝えられた話です」
迷宮に住む魔物はここが迷宮だという認識はなく一生を暮らすのが基本。
それなのに知っているということは外界を認識しているということ。
そして長年伝わっている時点で確かな文化も感じさせた。
「母がこの世を去り私が代替わりして姫から女王となり、この迷宮を見守ることになったのですが……ある日謎の巨大な魚が現れ、一方的に襲ってきたのです」
「それは……代替わりした少しの混乱を狙われたということですか?」
「ええ、今考えると恐らくそうでしょう。母に比べたらまだまだ経験不足ですから」
人魚の王女はそう言ってここにいない母親を思うかのように悲痛な顔をする。
「それに王女といってもこの迷宮の民全員に言うことを聞かせられるわけではありません。あくまで平穏な日常が変わらない程度に力を貸し借りできる程度ですから。もちろん謎の巨大な魚は迷宮を壊す勢いで大暴れしていたので、抑えようとしたのですが……負けてしまったのです」
「確かに、恐ろしく強かったですよね……」
「そもそも斬ろうとしたら飲み込んでくるだなんて、どういうことだか」
バローくんとイタ吉が口々に言うとおりあまりに謎だ。
その正体が掴めない。
「なんとか自室であるここまでは逃げてこられたのですが……そうしたら巨大な渦潮が現れて。すぐに指示を出して結界をはらせました」
「と、いうことはあなた以外にも誰かが?」
「ええ。ここには多数の魔物が閉じ込められています。みな私に味方するものたちです」
「ああ、今も細かく結界の点検やら俺らみたいに流れ着いたもののチェック、それにどうやって突破するかの話し合いも行われていたぜ」
イタ吉の言葉にバローくんもうなずく。
味方が多いのは頼もしい。
「食糧の備蓄はあるのでもう少しはもちますが、限度はあります。困っていたところに流れ着いたのが、外界からやってきたあなたたちでした」
「なるほど……お話ありがとうございます」
「ローズさん、いっそのこと転移系の魔法で外に出られませんか?」
バローくんがそうたずねたが……これはムリだ。
「そのことなんだけれど、何度か試してみたんだけれど、そういう魔法がなぜかかき消されるんだ」
「ええっ!?」
「私は使えないのですが、確かに臣下から聞いたことがあります。一部の魔法が封じられているとか」
かなーり困った……