二百九十九生目 虎馬
「はい、ここで大丈夫ですよ」
ひゅー、ひゅー。
すでに肩で息をしている。
まさに疲れ。
水の中に下半身側を浸けて首は出るように支えられている。
私は何もしていないのだが既に死にかけだ。
カムラさんは私が落ち着くまで完全に私を固定し続けたためなんとか心と身体がまともになる。
なんとか、なんとか浮く感覚を得てきたあたりでカムラさんは次のステップに入った。
「では次は体勢を変えて、下半身を浮かします。ゆっくりと足を動かしてください」
「は、はい!」
ノオオオオオオン!!
心の中は断じてノーだ!!
それはそれとして教えを受ける立場で断る事は出来ない。
頭で大丈夫ですと思っていても心と身体は史上最大級の警鐘を鳴らしている。
生きるか死ぬかの瀬戸際!
でっどおあだい!
(いやー大変だねぇ)
(が、がんば……うぷぷ……れ……!)
くっそードライとアインスめ!
私と同じはずなのにめっちゃバカにしてやがる!
見てろ、絶対に泳いでやる!
カムラさんの持ち方が変わって私の下半身が水に沈む。
上半身はカムラさんが持ったままだ。
言われたとおりに足をすこしずつ動かす。
前世の知識で犬かきや泳ぎ方の知識はバッチリである。
バタ足も知っている。
知っているのと出来るのはだいぶ違うけれどね!!
ああーーー!!
まったくもってうまく出来ている気がしない!
水を蹴るの難しい!
そんなことを思いながら延々とやること体感数時間。
実際は数分だろうか……
やっと感触が掴め腰が浮いた。
「いい感じですね!」
「ええ。次のステップは真ん中を支えるので前も動かしてみましょう」
近くでバローくんが応援していてくれている。
さ、さすがにかっこ悪いところを見せるわけには……
くっ、おお、おおおおおお!!
ひえええええ!!
真ん中だけだと不安定だ!
ひぃひぃ!
必死に漕いでいたら肉球の間で水を掴めるようになってきた。
固定されているから動けないから前には進まないけれど身体は浮く!
こ、この調子なら……
「良いですね。一旦川から上がりましょう」
「は、はい?」
そう言うとカムラさんは私を川から引き抜き陸へと上げた。
身体に絡みついた水が重さになる。
これからだったのでは?
「まあまあ、期待されるのはわかりますが、物事には順序があります。今度は自分から、水に入る訓練です」
「ええっ」
そ、そうか!
それをやらなくてはならないか!!
カムラさんがニコニコと待っていてくれている。
流されてもすぐに拾うということだろう。
バローくんはすでに川のなかで泳ぎ出していた。
よ、よし。
いくぞ。
1歩2歩水の中に足先を入れると再び全身に悪寒が走る。
自然に身体が拒否をしてしまう。
ええいままよ!
ぎゅっと全身に力を入れて足を踏み入れる。
もう川なんて。
川なんて恐くない!
そのまま進めば自然に身体が水に浸ってゆき水中に浮かせる。
何もしなければ沈む、動けば浮く!
「おお、素晴らしいですね。一気にいけてしまうとは。その調子です!」
「ど、どうですかね?」
「ええ、すごく良い調子で浮けていますね。この後は沈んだり息を長続きさせたり水抜きの訓練もしましょう」
おお、おお。
出来ている。
出来ているじゃないか!
私も泳げた!
バシャバシャと荒いが泳げているんだ!!
……うん?
あそこに見えるはきらりと光るお魚さん。
「おや、ローズ様? ローズ様!」
「あわわ、いきなり沈んで!?」
気付いたら川辺で寝ていました。
まさか泳いでいる魚がこちらにそろりと来ただけで卒倒してしまったとは……
謝るカムラさんに事情を話したら苦笑いされた。
「……とりあえず、無事でなによりでした」
「ごめんなさい、驚かせて」
「そんなに魚が苦手なんですね……意外な弱点です」
「普段はここまででは……でも泳いでいるときに生きている魚が来るとびっくりしちゃって」
確かに言えば言うほどどんな弱点だ。
生まれて意識持った瞬間に殺されかけたせいで未だに癒えない傷を引きずっているのはもはやどうしようもない点なのだ。
そこもなんとか調査が出来る範囲で克服はしないとなぁ……
その後も私は必死な特訓を続けた。
特に魚に近づかれるだけで震えたり泡をはいたり気絶しないようにすること。
それは心の血を流して精神のかさぶたを作り傷を埋めてからはがすような水に慣れる訓練。
それはけして楽とは言えない日々。
いくつもの泳ぎ方を覚えられても魚たちへの対処心理が困難だった。
さらに同時に迷宮へ行くために特別な魔法を覚えるために魔本を買い揃えたり……
私はひどくクタクタになるまで何日も訓練を重ねながらこの依頼を出した誰かに強く呪詛を重ね続けだ。