三生目 別世 イロハ兄弟
私は今、特訓中である。
魚に勝利とは書いてあった。
確かに戦いには勝ったが勝負には負けた。
私は自然界で生き延びることに対してあまりにも楽観視していたのだろう。
たまたま母が近くに居る今だからこそ大丈夫だったがそんな事常にある訳ではない。
おとなになってからの話でもあるが仔どもの時もだ。
何せ仔の死因で間接的理由トップは『親が目を離したスキに』というやつだ。
24時間365日目を離すなとか無理難題にもほどがある。
だから私一人でも強く生き延びねばならない。
前世では何らかの形で私は殺された。
普通は繰り返せないその失敗を私は繰り返しかけた。
私は今度こそ生き抜かねばならない。
そのためには今からでも特訓はかかさないようにしなければ。
少なくともまずはあの魚にひとりで勝てるように。
そして行く行くは私がどのような相手にも負けて殺されることがないように……
[サイドステップ +経験]
お、ログが流れてきた。
書いてある通りピョンピョンと左右に跳ねて仮想敵の攻撃を避ける練習をしていたのだ。
いやあ汗かいたなぁ。
足の裏からしかかかないんだけどね。
残りの熱は口から逃がす感じだ。
戦いの時に感じた冷や汗は普段は出ない全身から汗をかいたらしい。
確か人も普段は顔や手のひらにはあまり汗をかかないんだっけ。
ログを目安に次の特訓にうつる。
ログはどちらかといえば"こういうことが起きた"という事を見やすく第三者的に整理してくれる機能みたいだ。
結果を分かりやすく表示しているだけに過ぎない。
ログに書かれて無くても風は流れ私を撫でる。
つまりサイドステップというログが流れた時点で十分脚に乳酸がたまったということだろう。
次の特訓は術だ。
光神術ライト。
これを二つ使って維持する。
むむむ、小さくとも二つとなると難しいな……
10を数えた所で片側の光が消えてしまった。
もう片側も消して私はそういえばと思い返す。
そういえばさっきのスキルツリーでは確認を先にして他のは後回しにしちゃってたな。
もう一度開くと……あったあった。
中央の串刺しと遠くにある光神術が光っていてその二つと直接つながっているものが鈍く輝いている。
想像内で触ってみると思った通り説明文が開いた。
[防御 急所に一切の攻撃が入らずまた被ダメージを軽減するシールドを自身のみに展開できる。]
なるほど、つまりあまり痛くならないようにできるわけか。
[無敵 相手の戦意を無くす]
な、なんだこりゃ!? 御大層な名前だけど戦意を無くす?
つまりは攻撃してこようという気を無くしてしまうと?
こう、身体が光って何でも跳ね飛ばせそうな名前なわりにはよくわからないものだ。
いや、同じくよくわからない光神術のライトもサウンドウェーブもかなり使いやすいものだった。
もしかしたらということも……
とりあえず光神術から繋がる二つのスキルも見よう。
[観察 対象の名前や強さ、知らない事の説明などを得られる]
あ、なんか前世の流行りの小説で定番だった気がする!
便利な気がするなぁ。
自分の知らないアレコレを事前にわかるというのは強い。
[怨嗟喰らい 相手からの恨みや憎しみから起こる行動を事前に知り対処出来る]
うわ、何だか穏やかじゃないスキルだなあ。
ただ自然界でこっちを食べようとして襲う相手は多いだろうけれど恨みから襲われる事なんてあるのだろうか……?
人だったなら超便利だったに違いない。
さて、どうするか。
私が持っているスキル獲得可能な数値は2らしい。
恐らく生まれつきに1。
レベルが上がってもう1入ったのだろう。
消去法なら……怨嗟喰らいはパス。
理由は想像通りなら自然界で恨みでの殺し殺されよりも圧倒的に食うか食われるかがメインになるから。
他3つはなかなか欲しい。
なら二つ優先順位つけるとすれば……
まずは観察。
これは絶対欲しい。
言わずもがな無知で挑むよりも事前に情報があったほうがなんとでも出来る。
それに明らかに私の知らないこの世界の情報が少しでも欲しい。
私が使っているこの神術とかいう魔法も私の元の世界には無かったと思う。
データが欲しい、少しでも。
そして残り2つ……
防御は地味だが生き残るという面ではかなり便利だ。
無敵は書いてある通りなら戦闘にすらならずに一方的に狩れるかもしれない。
うーん……
ならば、やはり戦闘そのものを避ける無敵か。
よし! 私はその2つを取るぞおおぉ!!
私は想像上で無敵と観察の2つを手に入れる事を念じる。
すると鈍い輝きが串刺しや光神術のように光り輝いて見えるようになった。
逆に取得をやめたもう2つは輝きを失ってしまった。
よしよし。
取得完了という感じかな?
どちらもLv.1と表示されているがさてどのぐらいなら使えるものか。
[観察Lv.1 対象の名称がわかる]
う、うーん、微妙っちゃあ微妙だなあ。
その名称のがなんなのか分からないと対処しようがない。
今後に期待。
[無敵Lv.1 相手を拘束し続けている間に使う事で怒りや殺意を収められる]
うおおい!! なんじゃそりゃ!!
もうガチ戦闘やってて寝技でも決めなきゃ効かないのかよ!!
私が怒り狂うわ!!
せっかく戦闘回避出来ると思ったのにこれのレベルを上げようとするとむしろ積極的に戦闘しかけなきゃいけないのでは……?
なんとも2つとも外した感じが凄いな……
い、いや鍛えていけばまだなんとかなるって!
早速観察!
対象は自分にして観察と念じる。
[ホエハリ]
ほうほう、私の種族はホエハリと呼ぶのかな?
観察結果はログに流れてくるようだからログは開いておかないとね。
念のため腹を出して寝てる毛玉……もとい兄弟を観察。
[ホエハリ]
やはりそういう種族らしい。
ではそびえる毛玉ならぬ母はどうなのだろうか。
それ観察!
[ホエハリ]
おや?
母親も全く同じだとは思っていなかった。
グレートホエハリとかホエハリオンとか何だかグレードアップした名前になるかと思っていたがそうでもないんだなあ。
つまり私も順調に育てばそびえる毛玉になるわけか。
子どもから老人まで全て人間であるのと同じことなんだろう。
今背中の方を向いている母の背には太く鋭利な棘が背骨に沿って生えている。
私のものとは比べ物にならないほど立派だ。
ただし安全なように背に沿って毛並みのように寝かし並んでいる。
そのあたり成長すれば立てたり寝かしたり自由に動かせそうだ。
いつか私もこのぐらい大きくなって見せると心に誓った。
そのためには、生き延びねば。
一週間が過ぎた。
あっという間だ。
一週間でやっと私の五感のうち耳と鼻が効くようになってきた。
目は明るいと暗いを7回繰り返して一週間たったと理解出来る程度……つまりあまり変わらない。
舌は母の母乳の味を覚えた程度か。
「スゴイ!」
「スゴイ!」
私の特訓を見て兄弟の二匹が声を上げた。
ちなみに今は音波ならぬ空気の波での攻撃練習だ。
地と草を抉り貫通していく程の力を出してもからっけつにならない程度には鍛えられたので褒められると素直に嬉しい。
ただ、これを使うと結構疲れるからまだまだ実践向きじゃないけどね。
兄弟や私は母や実はそこらじゅうにうろうろしていた群れの仲間たちの言葉を少しずつ理解していた。
耳と目を駆使すれば何とか最低限は出来そうだ。
そう、目で見るのが大事なことは驚いた。
尾の動きと微妙な声色で使い分けているからだ。
最初の私みたいな吠え声は威嚇とか叫びとかあんまり声としては認識されない。
声帯があまり種族的に複雑な音を出せない理由もあり動きとの組み合わせは必須だ。
人で言う目は口ほどに物を言うとか身振り手振りのコミュニケーションとかそっちを重点的に進化している。
ちなみに今兄弟たちは尻尾をブンブン振ってる。
あれは心から凄いって言ってくれてるのだろう。
「ヤッテ フタリ」
私がそう言うと今度は全力で否定の意思を出してきた。
「「ムリ」」
そう、光神術は私しか使えないようなのだ。
たびたびこうやって聞くのだが自然に覚えたりはしないようだ。
少なくともこの二匹は串刺ししか使えない様子。
いきなり死線を彷徨った私とは実力が違うのだよ!
あまり自慢出来る事ではなかった気がした。
ただ。
それ以前に鍛える事に対する熱意が段違いだ。
二匹は軽い追いかけっこや転がり遊びとも言える密着した状態で転がる事ぐらいならやってくれる。
しかしそれ以上のシンプルな鍛錬や魔法に関することはまるでついてこない。
まあ楽しくなかったりそもそも使えないものについてこないのは当然と言えば当然だ。
生きるということに対する身近な危険を感じることもなくぬくぬくと育っている現状彼らの方が正常な反応だろう。
それに私の心は生きることに関しては二周目だ。
記憶はほとんど失ってもここまではっきりとした意識や思考は下手すればおとなたちより上だろう。
ただまあ頭そのものは目の前で何も考えてなさそうな二匹と同じ大きさのせいか高度な思考は難しいのだが……
なんと言えば良いか。
1+1=という数式は書けて意味も理解出来て答えに導くやり方もわかってるのにこれをいざ解こうとしたさいに引っかかるのだ。
頭の処理時間にラグが起きる。
いちたすいちは、ええと、1と1がくっつくのだから、2だな! ぐらいはかかる。
ここらへんの解決は様子見中。
諦めてはいないが成長が解決する部分も多そうだ。
「アソボウ」
「ワカッタ!」
「アソボウ!」
私は二匹を遊びと称して訓練に誘う。
二匹に訓練の必要性とかこの言語の少なさで伝える時間があるなら搦手を使った方が速い。
彼らが直ぐに理解しやすいおいかけっこや転がり遊びは速く走る事や相手に食らいついて離さないことそれに優位な体勢を維持することと繋がっている。
確か前世でも動物たちは子どもの頃から遊びで成長したさいに必要な事を鍛えると知識で学んだ気がする。
相変わらずふわふわとして突然思い出せる程度の不安定な前世の記憶だがこれもきっともっと多くの経験を積めば改善されるだろう。
そんなことを考えつつ私は二匹が十分離れたのを見てから脚にグッと力を入れた。
ああそうそう。
私は二匹よりめちゃくちゃ強いのだ。
「ハヤイ!」
「キタ!」
まあ普段の鍛錬やあの時の戦いで私はもはやレベル5、二匹はよくてもレベル2程度だから戦力差は当然なのだ。
なのでだいたい私が追いかける役をやることになる。
戦いに勝つほうが経験値取得の効率は良いらしいというのは最近分かった。
しかしそう何度も命を張り続ければ命がいくつあっても足りない。
やはり普段の鍛えこそがものを言うのだ。
そんなこんなでほい一匹目!
「くぉ!?」
今のはうわっ!? みたいな声である。
背の針をたくみに避けて刺さらないように気をつけてから密着し押し倒す。
ここからは転がり遊びだ。
私がマウントをとれば相手の負け。
兄弟がマウントをとれば今度は私が逃げる番になる。
走っていた勢いのまま転がる。
所詮背の針は細く地面は柔らかいためろくなブレーキにはならない。
何回か転がった所で相手が勝負に出た。
個人的にハと読んでる兄弟は私に一回は勝ちたいという思いを最近感じる。
しかし簡単には勝たせてやらない。
こちらを地面に抑えつけようとするが逆にその力を利用して投げつけるようにマウントを取ってやった。
「マケター」
朗らかにそう言うハは悔しそうではあるが実に楽しそうだ。
まあ100回くらいやって100回負けてるのだからもはや勝つのは最終目標なのだろう。
ペロペロ舐めてやったらくすぐったそうに笑っている。
うーむ毒気が抜かれる笑顔だ。
さて今度はもう一匹。
イと呼んでる兄弟はハとはもう決着ついた事に気づきこちらから目を離して急いで逃げ出した。
ついつい他の相手を見て足を止めるのはイの悪い癖だ。
ちなみに私は勝手にロだと思っている。
イロハという順番数えがなんだが前世であった気がするのでそれを使っている。
ちなみにその後もあった気がするがまるで思い出せない。
三つ子でよかった。
そんなこんなでイに追いついた。
こちらも同じ要領で飛びかかって転がる。
イは私から目を離さないように虎視眈々とスキを狙っている。
さっきの私みたいにカウンターを狙っているな?
だが見ただけで猿真似出来るほど甘くはないぞ?
私はお望み通り抑えにかかった。
イはこれを待っていたと言わんばかりに私の力を利用しようと。
……してあっさり抑え込まれた。
発想は良いが力を受け流す技量はまだまだ。
ペロペロと舐めてやるとこっちは本気で悔しそうにした。
「カテル!ナイ!」
勝てない、か。
まあそれでもイはこの私に100回中5回程度は勝っているのだ。
たまーに勝てるからこそ悔しいし次こそはと思うのだろう。
そうイは意外と強い。
格上(つまり私だ)に対しても粘り強く挑み常に勝利への道筋を探している。
成長し頭が良くなったらなかなか期待が出来る。
[遊びに勝利 +経験]
お、ちゃんと今回も手に入ったな。
確かに命のやり取りほど効率は良くないが感覚的に結構レベルが上がりやすいのが遊びに勝つこと。
経験は様々な事で積める。
今後も頑張って遊んでいくとしよう。
「ツギ、キミ」
次の追いかける側はイだと告げ上から退くとやる気をみなぎらせ立ち上がった。
ハも近くに寄ってきて一緒に逃げる準備が出来た。
さあよういドン!
私はレベルが上がったことでスキルを新たに獲得していた。
3つ分あるのでまずは串刺しのレベルを2にした。
これで威力が上がったはずだ。
次に防御を入手した。
これで突然の泡にもある程度守りを固めるだろう。
そして最後は防御から派生したカウンターというものだ。
[カウンター 相手の攻撃に対して身体の一部を使って的確に反撃できる]
レベル1程度では大した効果は期待出来ないがさっきハの抑えを受け流したのは少なくともこのスキルの恩恵を受けている。
実力差が大きいのでこのスキルが無くとも出来ないわけではないが……
このスキルを手に入れてからイに抑え込まれる事はなくなったためかなり効いているのだろう。
ちなみに兄弟に前スキルポイントを何に使ったかを聞いた。
イが串刺しに2つ振ってレベル3に。 なのでスキル上はイの方が串刺し力量は高い。
ハが防御と無敵に1つずつ。
前おいかけっこで絡む瞬間に防御された時はビックリした。
ただまあ張られた防御結界に対してもう一度タックルしたらあっさり吹き飛んだし結界の上からダメージは受けているから防御も過信は禁物だなあ。
ちなみに無敵の方だがハも私も使いこなせていない。
そもそもイ含めこちらに怒っている事なんて滅多にないし流石に長い間抑えるような実力差はない。
鍛えようにもどうしたものだか……
そういえばスキルというものは鍛えれるのだ。
スキルポイントを割り振るのも良いが防御みたいに訓練して安全に鍛えるものはそれでも問題ない。
防御で結界を貼ったあと兄弟から攻撃を受け続ける訓練をして既に防御レベルは3になっている。
ただこれをやるとハと母がいい顔をしない。
曰く母は「ケンカ、ダメ」
曰くハは「ヤダ、ナンカ」
ハは私に情が甘い雰囲気を出すことが多いし私をボコボコにしている気分になって嫌なのだろう。
母は……今の言語能力では説得不可能。
なのでひっそりとイを連れ出して隠れて鍛えている。
効率は落ちたがイは串刺しの能力上げに精を出しているので気分的には問題ない。
能力を上げるということを理解出来ているイは比較的積極性が高いのだ。
ただ何かの目標があるというより強くなるのが楽しいみたいな状態なので私ほど精力的ではない様子。