二百八十七生目 桜花
衛兵に声をかけられる。
先程のバタバタしていたり緊張しまくっていた衛兵たちと違い落ち着き払っている。
熟練の衛兵かな。
外側から扉が開く。
ソーヤが開けてくれたのだ。
正面には険しい顔の衛兵たち。
しかし数はぐっと減っている。
ここからは『知っているもの』だけのやり取りということか。
車から降りると纏っていた布がはためいた。
例の小さい魔物たちの街にいる服屋で発注した特製の私用マント。
実を包み引きずらず抑えめでシンプルな美しさ。
頭にもそれに合わせたシンプルなサークレットのような飾りだ。
布と輪っかくらいのイメージではあるがその中身は専門的にはかなりのものらしくお値段もびっくりした。
お金はどうしたかというと……物と交換でなんとかしてもらった。
大鷲の風切羽根に私の爪や毛皮は服屋にとってはかなり重宝するらしくガッツリ持っていかれた。
ハゲるかと思ったが聖魔法"トリートメント"で修復したので問題ない。
……と思いたい。
降り立った私を衛兵たちが見てから車の中を僅かに覗き込む。
当然誰もいない。
衛兵たちは隠してはいたがわずかに困惑をにじませていた。
まあ中から出てきたのが明らかに1番弱そうなうえちんまいしね。
気配も弱々しく隠蔽しているから威圧感も与えていないし。
衛兵たちは困惑を抱えつつも外壁内へ続く鉄扉を開いてくれた。
その中には更に扉。
なるほど有事のさいにここのわずかな隙間の部屋は……
そんなことを考えつつさらに奥の鉄扉へ。
外壁内に進入したようだ。
前もちらりと通ったことはあるがこんなに多数の視線に晒されながら歩くのは初めてだ。
裏のチャットで心配されているが平気だと返しておく。
そのままひとつの部屋に誘導された。
扉のつくりは他と同じく無骨ながら中から感じる気配が殺気だっている。
こちらを明確に害する意志ではなくにじみ出るような真剣さから来る殺気。
防御反応とも言えるかもしれない。
扉を開けてもらい中へ。
扉が閉じられた時に先程の衛兵たちは誰も入ってこなかった。
彼らの役割はここまでか。
中にいたのはふたり。
その気配をその顔を見た時に衝撃を受けた。
……なぜ人狼衛兵と光戦士が?
こちらの疑問と同時に全身を貫くように探る気配。
自動で"影の瞼"が発動して探りから身を守った。
武器を交えない激しい衝突が既に行われている!
"見透す眼"!
グッ、抵抗される!?
人狼衛兵は前の時巧妙に隠してはいたが抵抗はされなかったはず。
これが隠す事のない彼らの実力か!
ただの衛兵である時はなんらかの枷で全力を出してスキルを展開しなかったのか。
確かに私も防ぐ手立てが無ければあらゆることが丸裸になっていた可能性がある。
ただの一般人にとってはそれは踏み込んではいけないプライバシーに無理やり踏み込む行為。
それにいちいち並ぶ大量のニンゲンたちの内部の奥の奥まで情報を探っていたらそれらを受ける側もキツいだろう。
だから意識してスキルを使用していなかったのだろうが今はそれらは全力全開。
スキルも激しく暴風雨のごとくながらプレッシャーも圧倒的!
私で良かった。
そうでなければ耐えきれずその場でひっくり返っていてもおかしくなかったかもしれない。
一切何も行われていないように見える部屋内では実際は暴風雨が身体を吹き飛ばそうとしつつ射殺す弾丸が大量に飛んでくる。
1歩1歩胸をはって必死に歩き私のために高くされた座椅子に寄る。
「……どうぞ。お座りください」
そこでやっと嵐は消え去った。
勧められるがままに座る。
そして相手ふたりも座った。
人狼衛兵は兜を外し自分の耳裏をかく。
そうして机の上で肘をつきながら手を組んだ。
「面倒くさいやりとりは抜きにしましょう。その気配……正確にはにおいには覚えがあります。貴方と会うのは3度目」
そう言って人狼衛兵は視線をするどくした。
「カジノでの捜査協力ありがとうございました、ローズオーラさん」
人狼衛兵はそう静かに呟いた。
……な、なにー!?
ええ、ちょっと待って!?
なぜ割れているの!?
その疑問に答えるかのように光戦士……オウカが話す。
「話があってから今までの間に状況証拠をひたすら揃え、わずかに繋いだ可能性であなたの存在が浮上したんだ。ここに来てもらうまでは眉唾だったんだがね」
準備期間は向こうにとっても大事な準備をする時間稼ぎでもあったわけだ。
この事態は確実にまずい。
だがわかってしまったのを下手にごまかしても無意味か……
「……はい。私はローズオーラです」
「……ふう」
「大勝負に勝ったな、ゴウ」
「今言わないようにお願いします」
ゴウと呼ばれた人狼衛兵が大きなため息をついた。
オウカの言葉の意味がよくわからず疑問符を浮べていたらさらにオウカが続けてくれた。
「姿形が違えばにおいも多少は違う。らしいからね。今さっきのは大ハッタリだよ。姿が違うのはそういう能力かな?」
「オウカさん……」
「私はこういうのははっきりさせたほうが良いと思う。誠実な関係を結びたいなら特にね。
ゴウはキミが入った瞬間に全力の探りを入れて、私は最大限の警戒を発した。それでも結果は不気味なほどにキミはただ真っ直ぐここへ向かい、なんら有利な情報を渡してはくれなかった。試すようなマネをして不誠実だった。謝罪する」
そう言うオウカは光の兜すらとっていない全身甲冑だから果たしてどちらが誠実なのかすらも良くわからない。
ただ分かるのは私はちゃっかりハメられて相手はふたりとも油断がならないという点のみだ。
「ローズオーラさんが誠実に答えてくれたから、こちらの不誠実は正す。さあ今度は、そちらから話をして欲しい。我々も出来る限り誠実に答えよう」