表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/2401

外から来た彼女の驚嘆

視点変更


 クローバー隊とはいわゆる探検隊だ。

 森の中を探索しあらゆる目新しい事を記憶して群れに持ち帰る。

 そうすることで細かな縄張りの変化や遠くの同胞たちの変化が分かる。

 常に縄張りというものは変化し続ける。

 柔軟に範囲を変えねばぶつかりあったり管理しきれなかったりと痛い目にあう。

 そのためクローバー隊の一員である彼女は常に責任と誇りを持ち業務についていた。

 それにクローバー隊は数少ない娯楽という面もある。

 楽しませるための話を持ち帰り披露してみんなの表情を見るのがささやかな楽しみでもあった。

 まさか、群れの中で大きな変化があるとも知らず。


 女性メスホエハリがクローバー隊として群れに帰還して驚いたのは、仔どもらだった。

 クローバー隊が群れから出る頃と仔どもらがクイーンから離される頃はほぼ同じ頃で、すれ違いだ。

 とは言っても数週間程度ではまだまだ小さく自由奔放に遊んでいるだけだろうと思っていた。

 それがどうしたことか。

 出迎えてくれてしっかり挨拶まで返すほどに成長していたではないか。

 女性は離れていた時の重さをこの時実感した。

 私もこの仔らの成長を見守っていた方が多くの違いが見られて良かったのでは無いかとの想いも横切る。

 しかし、女性は自分の仕事に誇りをもって行っていた。

 そのため、それもまた隣の芝生は青く見えるというものだと切り捨てた。

 ホエハリ族で言えば『隣の群れは獲物が豊富に見える』だ。

 実際、クローバー隊としてあちこちの群れへ調査しに行ったがどこもかしこもそう変わりはない。

 そんなものだろうと女性は思い、挨拶を返した。


 その後、女性たちクローバー隊はキングとクイーンに報告するさいに何故かむしろ話を聞かされた。

 ダイヤ隊もジャック隊もそしてクイーンすらも3兄弟の話をした。

 唯一キングだけはクローバー隊の話を率先して聞いてくれたが、それは職務上のものでもあるだろう。

 兎角とかくそこで聞いた話は何とも女性たちの耳を疑うものだった。

 クローバー隊の知らぬ間にあった襲撃事件が特に恐ろしくも凄い。

 離乳期に攫われ空中から単独脱出?

 遭難時の鉄則である動き回らないことを緊急時以外守る?

 自力で食事と睡眠を確保?

 数度戦闘があっても切り抜けた?

 保護されるまで自身の居場所を知らせつづけた?

 女性にとって、そのころはまだ物心すらついていない時期だ。

 早熟の才女と評される仔がこの群れに産まれ、とんでもない冒険を切り抜けた事が理解できた。

 にわかには信じ難い出来事ではあるが、異口同音で信じない理由も乏しい。

 その才女が後々クイーン候補だろうと噂されているのを聴いた時も納得した。




 クローバー隊の話を3兄弟は良く聴いてくれたし、腕の方も確かだ。

 水魔スライム狩り、黒角蹄グレイン狩りを連日行い成功させている。

 おとなになるまでの期間が濃縮されている事は女性も驚いた。

 女性にとって狩りを比較的マシに戦えるようになったのは生まれて1年は必要だった。

 おとなとして認められる儀式を行う時ぐらいにやっと戦いというものが出来るようになったものだ。

 それは別に女性だけではなく、クローバー隊の面々も似たようなものだというのは共に旅をして理解した。

 今でこそ我ら森の中で無敗なりという顔が出来る。

 しかし女性の顔の傷跡が物語るように本来はそこまで早い成長はしない。

 とんでもない3兄弟が誕生したものだと笑えた。

 群れの仲間ならこれ以上ない将来の希望だからだ。


 その女性は直ぐにその笑いが驚愕に変わった。

 3兄弟のうち姉が奇妙な行動をしていると思ったら火を吐いた。

 ホエハリ族で火を吐く者は見たことがない。

 ニンゲン族が使う火の魔法とほぼ同質のそれを習得したのだと知った時はかなり驚愕した。

 さらに驚きの連続がやってきたのは効率的に火を焚き始めたときだ。

 やはりこれも人が似たような事をしているのを見たことがある。

 もちろん遠目に見て離れて行った。

 しかし今それをやっているのは群れの仔だ。

 完全に異常事態だった。


 しかも何故かその仔は女性たち群れの仲間にひたすら炎について語れた。

 なぜクローバー隊たる者たちより詳しいのか、そのクローバー隊たちが一番分からない。

 そして徐々にその場には多くの群れの仲間が集まる。

 女性はそれを遠巻きに見た。

 完全にニンゲンが火を囲むそれと同じに見える。

 夜になってたまたま見たニンゲンの真似をしてみた。

 影を踊らせるように動く事で好評を得た。

 いつしか女性たちも火への恐怖よりも慣れが勝る。


 そして姉がひとりで火を焚く昼間に女性は話をした。

 最初は他愛ない話から入り、何をしているのか、どこで覚えたのかと少し踏み込んでみた。

 何をしているかに関しては出来たら見せてくれるらしい。

 どこで覚えたかに関しては、覚えたかというよりも出来ると思ったから試したという意外な答えが返ってきた。

 3兄弟の姉は試行錯誤をしているだけだと言う。

 つまりは自力で辿り着いたというわけか?

 そう考えた時に女性はゾクりとした。

 一体この仔の中にはどれほどのものが希望として眠っているのかはかりきれなくなった。

 もっと言えばそれが破滅すらも含んでいるのではないかと、そう思えたからだ。

 そして今度はその仔が質問をしてきた。


「そういえばお姉さんは昔、外からやってきたとききました。その時はどうして群れを出たのですか?」


 何、それに関しては実際はあまりにもよくあり、女性にとっては普遍的な話だ。

 ホエハリの群れが一つの縄張りで暮らしていける頭数は決まっている。

 あまり数は多くないためごく自然に若いホエハリから群れから離れなくてはならないからだ。

 でなければ飢え死ぬ。

 女性も兄弟たち5匹と共に外へ出た。


「群れで食べられる数はそんなに多くないからだ。

 縄張りから出て新たな場所で群れをつくらなければみな飢え死ぬ。

 だから私は兄弟たちとともに外に出た。

 もちろんその頃にはみな、そこそこ狩りは出来て役割を担っていたから、死にに行くのとはだいぶわけが違ったがな」


 それを聞いた仔は少し考え込んでから更に質問を重ねた。


「なるほど……。

 それでは、その後は?

 今私達の群れに仲間として来られるまでの話も聞きたいです!」


 女性は内心苦笑いする。

 はっきり言えばここから先は失敗談だ。

 自分たちだけでもやれると過信した同期の兄妹たちによる多くの死。

 この群れがまだ新しい方で頭数に余裕があったから今も回っているだけの話だった。

 枝が火に炙られ爆ぜる音が心を慰めにくる。


「私達は群れから出る時は5頭いた。

 みな同じ日に産まれた兄弟で互いの事はよくわかっていた。

 だからこそ、新たな土地でやっていくのも不安は無かったさ」


 そう言って女性は一旦言葉を切る。

 思い返しても酷かったあの事を言葉にするのは今でも覚悟が必要だった。


「若い奴らの思い上がりの末路ほど酷いものは無かった。

 縄張りに適した土地はなかなか見つからず、良い所だと思えばそこは既に誰かの住処だった。

 血の気の多い兄弟が挑んでは血だるまにして返され、狩りに適した場所が確保出来ずに飢えていった。

 無傷の土地に思えた所には我らホエハリのように強力な爪と牙を持つ者たちに迎撃された。


 瓦解は当然の結果だった。

 夢を見ていた我らはその代価を命で支払っても足りなかった。

 残る私だけは顔に傷を負うだけですんだが、自らの命以外全てを失った。

 そして私は比較的まだ余裕のあった新しい群れであるここに身を置かせて貰った。


 私たちは夢敗れたが、同時に成功させた者がいるというのを実感したよ。

 新たな群れを成り立たせるほどの力があるものは英雄と呼ばれる。

 土地に棲んでいた強力な相手を打ち払い確保し縄張りを作って群れ全員に飢えない未来を約束する。

 その意味もね」


 ここまで語る間、静かにこの仔は耳を傾けてくれた。

 つまらない話だったが、真面目に聞いてくれたようだ。

 女性はそう考えた。


「まあ、こんな所だよ。

 何かの足しになれば幸いだ」


「いえ、ありかとうございます!

 とても参考になりました!」


 何の参考だろう?

 その疑問は胸のうちにしまったが、その疑問への答えは将来理解することになる。




 そして女性は出来上がった土器に驚き、料理に驚き、味に熱が伴って痛みで驚きのたうちまわる事になる。

 3兄妹の姉が引き起こす出来事にいちいち驚かされ、料理とやらの味がやっと味わい方を覚えた頃にはまた旅に出ることとなった。

 女性は群れの中での大きな変化と更なる驚きの予感を次に来るときへの楽しみにした。

 そして外での驚きを見つけにまた森の遠くへと向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ