復讐少年の末路
少年は歪んでいた。
復讐に心を歪めムリな修業は肉体を歪め。
手段を選ばず這い回る姿に剣すらも歪んだ。
「ハァ……ハァ……」
少年ダカシはとある迷宮に潜んでいた。
高地の山脈が連なり下は雲。
雲より下に降りていった者は帰ってこないと言われている通称山岳の迷宮。
頼りの小剣は折れていた。
激しい戦闘と修業についてこれずに金属が悲鳴をあげたのだ。
ダカシの左腕は使い物にならないほどに折れている。
ムリな魔法の代償だった。
爆破と防護。
どちらも強力な魔法ながら個人で放つものではない。
しかも彼は剣士。
帰るまでは迷宮緊急脱出の道具と緊急帰還の道具を惜しみなく使って街の前で倒れた。
精神摩耗により何日も寝込み何十日もリハビリをこなしてやっとまともに動けるようになった。
しかし左腕は治らない。
心の傷がそのまま身体に残っている。
癒えない傷が深く骨にまで浸透していて治るはずの左腕が治らない。
理由は敗北だけではない。
治癒能力上限を破壊する魔法の行使代償がはっきりと現れた形だった。
費用をかけ時間をかけカウセリングも行い何年もかければ治るかもしれない。
しかしダカシにそんな金も時間もなければ治療で心の傷が治る段階は越していた。
復讐。
復讐のみが心の治療最善手だと信じ込み医療施設を抜け出した。
それがこのザマである。
全身がボロボロ。
復讐刀はともかく小剣は破損。
高地という低酸素と低い温度に内部までやられ強力な魔物や天然の地形に苦しめられ必死に積む経験は力量に還元されているかというと……
「クソッ!! なぜだ!! なぜ強くなれない!!」
はっきり言えば停滞期だった。
心身をいじめ抜いてもレベルは40あたりで急速に伸びることなくさまよっている。
頑張って歯を食いしばって戦って前を向き復讐に心を溶かすしか幼い心身では成長の方法を理解しえなかった。
そしてついには膝をつく。
そのまま支える体力もなく倒れ込んだ。
ダカシの意識が朦朧とする。
『憎しみ……ただ純粋な憎しみ……あらゆる『悪』に対する憎しみ……良い逸材よ……』
その中で気のせいかそれとも現実かはっきりとしない声が響く。
朦朧とした意識では何もわからない。
『欲しいか……? 憎しみを晴らす方法が……? 復讐を叶える力がいるのだろう……?』
「う……」
うるさい。黙れ。
そう言おうとして喉から音がでなかった。
これはいよいよヤバイと頭の片隅で冷静に判断する。
その思考が出来る部分があることに安心したのがいけなかった。
『簡単……魔王様復活のために誓えば、望むものを与えよう……』
脳内に声が何重もエコーして響く。
頭の奥底まで蹂躙されそうな声にダカシは酔う。
それこそが明らかに異常だと気づく体力も気力もないまま。
『さあ、魔王様のために尽くせ……そして……お前の復讐をやりとげよ……』
「復讐……復讐のためなら……なんだって……!」
そう。
ダカシは復讐刀を手にした時からそう心に誓っていた。
復讐のためにならば何だってやって力をつけて勝つと。
だがそれは汚泥にまみれていない時にした誓い。
悪とはダカシの嫌う事そのものだが。
悪とは主観そのものなのをダカシはまだ知らない。
『魔王様復活は……世界の望む……聖なる行いそのもの……喜んで身と心を捧げよ……』
「やる……悪を正すために……正義のために……俺はやる……っ!!」
途端にダカシの意識が覚醒するほどの全身の痛み。
いや正確には痛みすらも感覚の一部。
熱く寒くみなぎって脱力して張り詰め緩む。
ダカシは全身がおかしくなりそうだった。
「うあ、が、あ、ああアあああアア!! アアアアアアアアアア!!!」
激しい全身とともにあたり一面に魔法の光が煙のように広がる。
ダカシは全身が自分でなくなるのを感じた。
それは肉体や精神よりももっと奥まで侵食し……
煙がすっぽりと彼を覆い尽くして時が流れる。
その中から輝く2つの双眼におぞましく瘴気すら纏うような気配。
「フフ、アハハハハハハ!!! ハァー!! ハッハッハ!! 復讐ゥ、復讐ダァ!! 正義ハ勝ツ!!」
もはやそれは人間とは呼べないもの復讐心そのものになっていた。