二百六十四生目 縫玩
「クソがっ!」
ガドウ市長は悪態をつきなから姿勢を立て直し向かってきた私の剣と斬り合う。
土魔力を解放しているのにまともに斬りあえるというのとはあの細剣もガドウ市長も岩をぶつけられる程度では怯みもしないということか。
そこにカムラさんも跳びながら魔力解放した斧で切り裂き肩に入る。
だがその程度と言った様子でさらにふたり相手に斬り合いながら激しく狭い部屋内を動き回っている。
質量の化物だし訓練もかなりしているようだ。
流血狙いはしたがさっきつけた傷はだいたい血が止まってしまっている。
そこにあのガドウ市長よりも大きなヌイグルミが歩いて近づいてきた。
大きすぎて当然のように頭をすっているしあちこちにあたってへこんだり元に戻りながらさらに近づく。
「この魔法は、とても厄介だと思いますよ」
バローくんが杖を支えに膝をつきながらそう話す。
行動力がだいぶ減ってしまったようだ。
精霊たちと出した大きな魔法だったみたいだしそうなるか。
空魔法"ストレージ"からアヅキが焼いてくれたあまーいはちみつクッキーを取り出してバローくんに手渡す。
「これ食べて回復して」
「ありがとうございます!」
くちばしの中にクッキーを放り込むとバローくんがかなり驚いた顔をする。
こういう時には便利かもしれないが実はめちゃくちゃというより無茶苦茶に甘いらしい。
甘いかおりをうまくひき出そうとして研究していた途中の代物で舌が私達と違うニンゲンが食べればこのような反応に。
なおあまり香りは出なかったためボツになった幻の品である。
その間にもやたら大きいクマのようなヌイグルミはテクテクと歩いてガドウ市長へ詰めていく。
ガドウ市長は当然邪魔なヌイグルミを斬り裂こうと刃を振るう。
ボイーン。
あまりに戦闘の場に似つかわしくないヌイグルミは同じく相応しくない現実離れしすぎた跳ね返しをした。
刃で生地が切れずに押し返された。
そのことに1番疑問を持ったのはガドウ市長で。
「このっ! 何っ! どうしてだ! おかしいだろ!!」
おかしなことに斬ろうが突こうが叩こうが吸収してボヨンと返してしまう。
全身に光を纏った強大そうなタックルすらもボヨンと跳ね返すだけで終わる。
その作り物の黒い双眼はガドウ市長を見下ろし歩みを進めるのみ。
「やめ、やめろ! 来るな! 斃れろ!! な、なんなんだその目は……!」
作り物の目はこちらが抱くイメージをそのまま映す。
きっとどこまでも吸い込むような暗いナニかに見えたのだろう。
明らかにガドウ市長が動揺している。
隅まで追い詰めるとヌイグルミはその腕を広げ。
そのまま倒れた。
「うおおおお!!」
ドスン。
見た目に反してとてつもなくエグい魔法だった……
「このまま窒息して気を失ってくれればそれを引っ張り出すだけで済みますが、恐らくそれだけではムリです。なので……」
バローくんの言葉に私とカムラさんが頷く。
しばらくすると市長が必死の思いで這い出てきた。
あの弾力性の中をくぐり抜けるのは大変だったのか顔を真っ赤にして酸欠気味に荒い息をしている。
「ば、馬鹿め……俺が、この程度で……あ」
ガドウ市長が見た景色は"ホーリースラッシュ"大量に私の剣とカムラさんが斧を構えている所。
まだ下半身埋まっている彼に避ける術はなく……
「ぬおおあぁ!!」
叫んで抜け出そうとしたその瞬間に多数の刃がガドウ市長を無慈悲に襲いかかった。
僅かな時間に叩き込まれる集中砲火!
悲鳴すら上げる間もなく浴びせられたガドウ市長は攻撃のあとにその場で倒れた。
終わった……
夜の街。
その一画に私達と連行されていくガドウ市長の姿がいた。
いやまあ連行というより搬送というか……
「大丈夫ですから、命に別状はないですから!」
「うう……ヌイグルミが……刃が……」
「意識がまだしっかりしていないようですね……」
あの後"峰打ち"で重傷にはならずともそれ相応の痛みを刻まれた市長に"無敵"通常モードと"ヒーリング"を同時がけしつつ脅しのように私達の正体は黙らせるようにした。
死なないからナニやっても良いという風に"峰打ち"使うのは初めてだったけれど結構うまくいったらしい。
ちょっと今は悪夢が残っているがそのうち正気を取り戻し尋問されるだろう。
まあ血迷って話しても明らかに責任のなすりつけで本筋から離れた話。
まともに取り合ってもらえないだろう。
なお『説得』はやや健全ではないためバローくんには衛兵の手伝いをしにいってもらった間にやった。
……カムラさんが、とてもイキイキしてました。
衛兵のひとりが近づいてくる。
あ、衛兵の中でも偉そうだったあの人狼だ。
ごく自然に緊張が高まる。
「捜査協力、ありがとうございました。市長が相手では迅速に動かなければ確実に逃げられていたでしょう」
「あ、ど、どういたしまして」
ニコリと怖い顔ながら笑顔を見せて人狼衛兵はそう言ってくれた。
今日は本当にお礼を言いに来ただけらしい。