二百六十一生目 興奮
近くでみると明らかにガタイの良さが浮き彫りになる男。
礼服に見合わないほどあるそのゴリゴリ筋肉で手の甲に刺さった投げナイフを受け止めていたか。
貫通せずにあっさり抜かれた。
「……良い腕、だ」
「そりゃどうも」
重々しく低い声でそう彼は告げると懐からひとつの棒を取り出した。
言うなれば警棒に似ているがこの筋肉に似合う程度に荒さが追加されている。
何度も思うがホリハリーは頑丈さはまるで弱いからこういう素直に痛そうなものはごめん被りたい。
ドォン!
衛兵から今度は実弾が発射され彼の腕あたりに当たる。
しかし貫通することなく弾が床に転がった。
「……痛い、な」
その程度で済むということでもある。
服すら貫通していないのはこの服がただの服ではなくて戦闘服だからだろう。
詳しいことは分からないが本人のマッスルパワーなんかも適用されていたりしたらとても頑丈だろう。
[ミニジャイアント Lv.22]
小さな巨人か。
2mほどありそうでも小さなという形容詞がつくたり本来の巨人のデカさがわかる。
私も剣を抜き斜めに斬りかかる。
遅れて男も警棒を振り剣を受け止めた。
ぐっ、力強いな!
押しきれずに切り流す。
今度は相手がその勢いのまま警棒を振り下ろしてきた。
ゴウ!
明らかに勢いのある音を受ける気にもなれず身を翻して避ける。
懐に入り込めた!
だが相手も横薙ぎをしてこようとしている。
こういうときは……"正気落とし"!
身体が光に包まれ男が警棒を持っていない左腕に腕を伸ばす。
そのまま身軽に跳んで横薙ぎを回避し相手の腕につけた手を補助にさらに駆け上がる。
足を肩に乗せて大きく跳んだ。
剣に光が集まり落下の勢いを合わせて……
上へ振り返ったその顔を思いっきり面で叩く!!
バーン!!
派手な音とともに思いっきり入った。
スタリと着地。
巨体がグラリと揺れた後に大きい地響きと共に倒れた。
良かった。
相手が小手調べの段階で倒れてくれて。
隠してあったあれやそれや爆弾みたいなのも使われたら洒落にならないし時間もかかる。
帽子を深くかぶり直した。
今の戦闘ではズレてはいなかったが一応。
3つ目隠しの大事な点だから念入りに。
ただの一般服だからかどうもしっくりこない。
やはりあのオーダーメイド服は凄かったらしい。
違う服を着たらわかった。
「急ごう!」
「うん」
「はい!」
カムラさんによってディーラーのひとりはすでに伸びている。
受付嬢はバローくんがツルの魔法で拘束しすでに煙装置も壊されたようだ。
ここの拘束は衛兵たちに任せて奥の扉へ急ぐ。
扉の向こうは熱狂に包まれていた。
多少の物音では驚かないほどに。
なぜならリング上で魔物たちが戦っていたからだ。
片側の魔物が炎を飛ばしてリングを焦がすたびに歓声が上がる。
なるほどこれでは気づかない。
好都合だからそのまま近くへ。
熱狂の中でも真っ先にこちらに気づくのはここのガードマンたちだ。
本来の役割は魔物が暴走したさいの保険なのだろうが私達という招かれざる客に気付いて懐に手を伸ばす。
「らあ!」
「ぐあっ!」
そこに私が跳んでからの回し蹴り。
うん決まった!
こういうのやってみたかったんだ。
だがもうひとり隣まだいるし今蹴ったのもすぐに持ち直すだろう。
しかしこちらもカムラさんとバローくんがいる!
カムラさんが奥の相手に駆けつける。
斧で相手の取り出した回転式拳銃のようなものに切りかかった。
バローくんは杖を振ると緑の光弾が今蹴った相手に飛ぶ。
その光の中には種があった。
着弾すると種は一瞬で発芽してツルが伸びガードマンを縛りあげる。
「ここは任せてください!」
バローくんの声に私は一目散にリングへ駆ける。
周りのニンゲンも徐々に異変に感づき始めている。
リングの外側に炎が飛んだが空中でかき消された。
結界のようなものか。
この程度!
思いっきり跳んで剣をかち合う!
バチバチ!
威力相殺しようと結界が電気のような音を立てる。
固い、だけど!
周りもさすがに異常に気付いたらしい。
どよめきの声が上がるなか私は結界に腕を伸ばす。
手で触れて中身を理解。
聖魔法をああやっていじって……それで貼っているだけの単純なものか。
それなら。
魔力を練って手先から結界内にねじりこむ!
指が結界を突き破りすぐに手が入り腕も、と破れて……
パリン!!
結界が割れた。
固まるニンゲンたち。
戦いに熱中している魔物たち。
その中でリングに降り立つ私。
殴り合いを止めないふたりの獣の間に割り込む。
光魔法で範囲"アンチポイズン"!
改良版で興奮剤の効果も出来るだけ消す!
爪と牙が私に襲いかかる。
腕に刺されば痛みが走った。
正直ホリハリーでこれはまともに喰らいたくなかったが彼らの傷に比べれば……!
もはや両者ボロボロでいつ倒れてもおかしくなかった。
これ以上争わせるわけにはいかない。
興奮剤が抜けてきたのか彼らの力が抜けてきた。
「おまたせ」
そうふたつの言葉で彼らに語りかけた時にその目に理性が戻りだした。