二十四生目 死霊
はっきり言おう!
鹿肉、マズイ!
皮をはいだ時に大量に出てきたまるで砂埃のようなダニの大群に食欲が全力で萎える。
血抜きが不十分で解体作業が上手いわけではない私達野生生物。
恐らくは鹿自体はおいしいのだろうが……そんな状態で持ち帰りまでに血をサビらせ序列順に持ってかれてしまえば残りは美味しくない所しか残らない。
鹿の毛皮をなめして寝床に出来れば最高なのだろうが、そんなニンゲン技術をなかなか私達が再現出来るはずもない。
一応知識サルベージしてみるが恐らく使えるものではないだろう。
何より生!
きちんと処理された肉を焼いた時の味を知っているがために生肉は!
しかもサビくさい!
他の仲間は喜んで食べていたけれど私としては牧場の牛肉を炭火で焼いて食べて〜ってなるわけですよ。
下手にうまみを知っていると致命傷になりかねないのが最近の悩み。
離乳食的なアレやアクだらけのアレよりはマシ程度。
確かに今だと私の歯は頑張れば生肉を裂いてくれる力強さがある。
生肉のにおいでもやや食欲はなぜかわく。
これは身体がホエハリとして適応しているだけの話だ。
魂の方は前世の肉料理ってとんでもなくうまかったんだな〜ってそればっかり振り返る。
みんなテンション上がって食べている中私だけ浮いてないか不安だ。
食事を終え暗くなったころにスキル確認。
ポイントを手に入れたから何か獲得しようというわけだ。
私はガンガン新しいのに手を伸ばしているが、もっと温存したり特定のを上げたりしたほうが良いのかな?
まあ良いや。
何せ私はこれが楽しみで仕方なかったのだから。
[火魔法 火が司る魔法を扱える。 レベルが上がることで使える魔法が増える]
火耐性からの派生だ!
ついにこいつを手に入れたぞ!
私はこうして3つの魔法属性とニンゲンらしさとも言える炎を使えるように!
料理が捗る!
[フレイムボール 小さい火の玉を撃ち出す]
[ヒートストロング 対象の身体を温め筋肉を活動的にし筋力を上昇させる]
どちらもとてもわかりやすい。
火の玉ドンと筋肉ドンだ。
今回食べる時に使わなかったのは間違えて黒焦げにしたらせっかく狩ってくれたハートペアに悪いからだ。
これで3つの属性が揃ったものの、私はまだ魔法を発動させずに魔力に押しとどめる事が出来ない。
アレ超難しい。
一朝一夕では出来ないのはわかっているが私は才能ないんじゃないのって思ってしまう。
まあそんな思いとは裏腹に私の身体はみるみるうちに成長している。
インカやハックもかわいいざかりを過ぎて恐い成分が入ってきた。
とは言ってもホエハリ族の油断している時の顔はみんなかわいらしいとは思う。
尻尾もかわいいし良いよね。
人の時はなかった尻尾だけれどゆらゆらさせるだけで気分は増す。
意外と筋力がついてきたから近接コンボに組み込めるんじゃないかな?
ただ意外と過敏なので痛くない範囲で。
夜はだいたいクローバー隊の話になる。
今日はイタチも参加しているがアイツこっちの言葉わからないだろ。
今までは楽しく苦しい冒険譚が中心だったが今日は雰囲気が違う。
ついにあの話へ踏み込むらしい
「今日は、亡くなった仲間の話だ」
淡々とクローバーの顔に傷があるメスがそう告げた。
とうとうと言った所で仲間たちは何も話さずその言葉に耳を傾けた。
「あの日は月明かりが良く照らしていた」
クローバー隊はあえて淡々と語ってみせた。
悔しい感情を押し殺すように。
夜は危険な生物の徘徊率が低い。
そのため損害を嫌うさいにはそのような行動も多いらしい。
そんな日の森の一角で探索中。
警戒も怠らず直ぐに"それ"の足音を聞きつけたらしい。
森の中を隠れる気もなく響く靴音。
人間しか履かないであろう靴だ。
数は一人。
警戒して動かないように止まる。
明らかに向こうはこちらを目指して歩いていることに気づいた。
そして森から一人現れた。
ホエハリたちにとって人の細かな違いや性別差なんてわからない。
だから"白い肌に黒い服を着た人"というのだけはわかった。
白面で黒い毛皮を纏ったと表現してたから恐らく合っている。
そして小声で唸り威嚇をしてきたそうだ。
……それこっちを見て『うわあホエハリだあ』とか言って、笑ったんじゃないかなと思うが下手な口出しはしない。
人がニコッと歯を出して笑うのはホエハリ界では少なくとも威嚇の意味だ。
相容れない文化の違い。
そんな感じで片っ端から脳内翻訳する。
例の亡くなったホエハリを先頭に戦いを始め攻撃を行う。
しかしその攻勢は直ぐに挫かれる事となった。
人が本を開くと地面からガス状の何かが立ち上がりさらに骨が地面から湧いてきた。
骨は森に棲む魔物の形を型どりホエハリたちにけしかけたのだとか。
数はガス状のを含め10。
数的劣勢に追い込まれ不気味な力を人から感じ劣勢と判断。
撤退しようとするも先頭にいた仲間があっと言う間に骸骨に組み敷かれガス状の何かが隙間から入り込んだ。
だいたいがその仲間にかかりきりになったおかげで何とか逃げ切れたらしい。
ただ最後に見た骸骨が退いたそのホエハリは立ち上がることはなかったと言う。
明けてからその場に戻ったがもう人も骸骨もその仲間もいなかったらしい。
探し回ったがやはりもうどこにもいなかったそうだ。
人が死体を持っていったとしか考えられないため死亡したと断じたらしい。
「私はこの旅路で立派に戦った彼の姿を忘れない」
そうメスのクローバー隊が告げ話は終わった。
実に不気味なファンタジー要素だ。
ただ何か聞いたことがある気がする。
恐らく前世の知識なので朝までにはサルベージ出来るだろう。
話を聞いたホエハリたちは仲間の死を悼むが怒り狂ったりしない。
人間を全部滅ぼそうとか山狩りしないと安心出来ないとも言い出さない。
言ってしまえばよくあることだし、なおかつ生活の一部としては覚悟の上ということだろう。
淡白ではあるがそもそも野生生物がそこまで毎回復讐心にかられる事態になったら世界が終わる。
まあ私の場合顔も見たことがない兄弟なので来世の平和を祈る程度だ。
それにしてもレベル25などがいるクローバー隊を以てしても恐ろしいとする人の存在か……。
私が成長してきて時間がたったのもあって、徐々に人の気配が増してきている。
ぶっちゃけひょっこり私達の群れに人の大群が押し寄せてもおかしくはないだろう。
私の前世での感覚で言えば人は一つの種族を滅ぼすことにためらいが無い。
いや、人と雑にくくっているけど異常に多彩な層があって、その一部か。
人によってはどんな生き物にも負けない愛を注いで保護活動を行う。
振り幅が異常にデカイんだよね。
そして仲間が傷ついたり農作物を狙われれば躍起になってこちらを全滅に追い込む事もする。
とある作戦のために近くの動植物全て焼き払いもした。
そして人は世界を数回殺す威力の兵器を作る。
そのぐらいのことは、やれた。
まあ、この世界の人のことは知らないけれどね。
私はその事に関してなんて思っていたんだろう?
そういうことは思い出せないんだよなぁ。
まぁなんとか私としては人と仲良くしていきたいんだよね。
文字でも言語でも覚えたい。
オジサンに会いに行きたいなぁ。
文字を教えてもらいたい。
そして人間とコミュニケーションを取るのだ。
翌日。
よしよし、情報のサルベージが成功した。
聞いた話の人は死霊使い、ネクロマンサーなんて呼ばれる職業が近いんじゃあないかな。
死者を操り生者を犯す。
不死系魔物や悪霊を呼び出して戦う不気味ファンタジー職業代表みたいな存在。
一回死んだ私も死霊扱いだったりするかな?
操られないように注意しとかなきゃ。
少なくともそんな強者に出くわさないようにだ。