二十三生目 血温 黒鹿グレイン
血が苦手な方は深呼吸してからご覧ください
鹿は一瞬の迷いを見せた後、私達を頭数合わせだと判断し角を前に出し突進してきた。
まあ明らかに私達小さいものね。
だけど無策で来るわけが無い!
ダーク!
光を通さない暗闇が辺りを覆う。
いきなり闇に覆われた鹿は驚き方向を変えた。
いや多分鹿自体は変えたつもりが無いんだろうけれど一瞬の乱れが道を変えるハメになった。
その立派な角が木にぶち当たったらしい。
派手な衝突音とともに押し殺すような悲鳴と共に一瞬転がった。
すぐに立ち上がり音でこちらの様子を伺っているようだ。
とは言ってもダークは私中心に発生する術、魔感や音でなんとなくそう推測するだけだ。
もちろんハートたちもこの状態では動けない。
ただ位置的にはハートたちが私から一番遠くだ。
徐々にダークの範囲を狭くしてゆきハートペアが見える所まで狭めた。
……動いた!
ハートペアが仕掛ける!
遅れて鹿が迎撃体制。
脚の長さがある鹿はハートペアたちでも上から踏みつけられる。
ただし可動範囲が狭いから横腹は弱点だ。
いまその横腹にハートペアが息のあったタイミングで牙を向いている。
ダークも完全にしまいこみ、噛んで離れてを繰り返すハートペアをサポートするように囲い込む。
ハッキリ言って鹿と近くで組み合うのは危険。
振り下ろされる蹄はハートペアたちに容赦ない痛みを与える。
しかし代わりに食いついた牙からは鮮血が溢れる。
互いに致命傷は避けているもののハートペアは頭数が有利だ。
どちらかが蹴られても、もう片側が噛み付く。
私があれをやれと言われても頭を踏み抜かれて終わりな気がする。
年の差はそのまま経験的技術力の差。
ギリギリの攻防を行えるのはさすが子どもに教える事が出来る力はあるという事か。
もちろん私たちはこれを観察しインファイトを学ぶのが第一の役割だ。
ほんの少し違うだけで死が訪れるその僅かな技術の差を学ぶため。
ただ、さすがにずっと見ているだけではない。
私たちは逃さないためのプレッシャーを与えるのと倒れたさいに全員で抑えつける役割だ。
正直仔どもとはいえ3匹が追加で乗りかかられると倒れた姿勢から立て直すのは困難。
そこまでいけば総攻撃で仕留める事が出来るためそれまでは適当に唸ったり吠えたりしている。
ホエハリは背に針が生えてるおかげでハートペアも背中を狙われづらい。
誰もわざわざ串刺しになりにはいかないだろう。
それを利用して適度背の針をちらつかせ踏みつけを躊躇した瞬間を狙って食らい付く等はかなり参考になる。
しかし鹿も噛まれっぱなしになるわけにはいかない。
鹿の角に行動力が集まっていくのが見える。
何か仕掛けてくる!
次の瞬間角から奇妙な光の波が発せられた。
浴びると気味が悪くなってきて思わずハートペアも動きが止まる。
コレが混乱の攻撃!? 耐えられるかは運と聞いたが……
くぅー、にしても気持ち悪い。
ちょっと頭の中ぐるぐるしてくるほどに。
ええい、私は……
こんな時に、敵が近くに……
スライムめ、まとめてサウンドウェーブで吹き飛ばす!
ドカンと撃ち出して追い払う。
ああ〜、頭が割れそうに痛い!
なんでだっけ、なんでこんなに……
戦わないと……
はあぁッ!
敵が……敵がまだわいてきて…、近くに……
「……」
死にたくない、痛い、死にたくない……
「お……ゃ……」
斃さなきゃ……斃さなきゃ……
「おねえちゃん……おねえちゃん……!」
あれ……? 誰?
「お姉ちゃんしっかり!」
ハッ!?
急に意識がはっきりと浮上する。
しまった、今のは混乱していたか!
ハート姉が私を心配そうに揺さぶっていた。
頭から血のにおいがする。
私自分で掻きむしっていた?
「あ、大丈夫です! 相手は!?」
「今相方が全力で止めてる!」
目を向けるとハート兄が血を流し打撲跡を多くつくっている。
1頭でハート兄よりも脚の分大きい鹿を食い止めていた。
僅かな時間ながら正面から食い止めるのは危険だっただろうが私の混乱を止めるのを優先したらしい。
見るとハート姉もいくつか傷を増やしている。
切り傷に何か吹き飛ばされたさいの土汚れ。
あれは鹿相手では普通はなかなかつかない傷だ。
「私は戻るから、また良く見てて」
そう言うと姉は私に対して恨み言一つも言わず鹿に立ち向かっていった。
鹿とハートペアの戦いはまだ続く。
混乱時の事故ではある。
だが普通は割り切れないものはあるはずだ。
私のレベルはハートペアに匹敵している。
大して痛くない仔のじゃれつきとは違う。
だが彼らはプロに徹していた。
私に心配させまいと私が混乱したさいの攻撃を黙っていてくれた。
ああなるほど、彼らはおとなだなぁ。
だから私も余計な言葉と涙は飲み込んだ。
鹿は再び劣勢に追い込まれ距離をとって走り回る戦法も周囲にいる敵のせいでうまく出来ないため混乱のスキルを何度も放つ。
今度はハート兄が混乱したらしいが一瞬で判断した姉が兄の頭をはたいた。
いや、ソレで正気に戻ったみたいだけれど私の時にくらべめちゃくちゃ手荒だ……
さらに光が放たれ今度は兄が混乱。
外から見たら足取りが狂い出すのでわかりやすい。
近くにいた弟がかけつけはたく。
うん、さっきハート姉がやってたもんね。
学習の成果だね。
そんな感じで叩き祭りになったが私は何とか最初の一回だけだった。
さらにあの混乱光線はかなり行動力を消耗するらしい。
鹿の中の行動力が魔感で目に見えて減った。
鹿もこれ以上は混乱光線は難しいと判断し暴れに暴れた。
私達がいるにもかかわらず走るわ蹴るわのギャロップ。
サウンドウェーブを細めて威力高めで撃ち込みハートペアを避けつつ削る事により鹿が弱ってきた。
さらにハート兄が背の針を向けながらタックルを食らわすことで刺しながらついに体勢を崩した。
倒れるとしても一瞬。
私たちは一斉に駆け寄り巨体が崩れる瞬間飛び込んだ。
「やあっ!」「そらっ!」「たあッ!」
一斉にかぶり付き出血狙いで直ぐに離す。
そして噛み直す。
恐ろしいほどに口の中に血液が流れ込む。
錆びた臭いと赤色で目の前が染まる。
ハッキリ言って私はドン引きである。
何より覚悟していたとはいえ臭くてたまらない。
まあ"私"はガブガブと躊躇うこと無く血を味わうように噛み付いているが。
実際に身体はかなり興奮しているようでより取り押さえる力も顎のパワーも増していた。
そして鹿が一度大きく跳ねたあと、痙攣を起こし始める。
「終わった。お疲れ様!」
そう喉笛を食いちぎったハート兄に声をかけられてやっと全員脱力をした。
ああ〜、疲れた。
"私"を脱ぎ捨て座り込む。
「うへぇ〜すごい汚れた〜」
「クタクター」
「はい、血は洗い流すとしてそれぞれ治療をするよー」
ハート姉に言われ光魔法が使えるハック、私、ハートペア……つまりインカ以外がヒーリングとメディカルで癒やした。
インカはまあ頭はたかれたぐらいの被害だが一応ヒーリングしてあげた。
獲物の運搬も学ぶ。
このままでは運べない大きさと重さなのである程度腹を切り裂く。
まあようは内臓を出してしまうわけだ。
うーん、もう、なんというかグロのグロ。
先程まで鹿も生きてたんだなぁ……
今回は命いただきます。
来世は肉食獣とかもオススメだよ。
軽くした鹿をハートペアが運び小川で私達の血を落としてから帰途についた。
あと私のレベルが上がってレベル16になった。
順調に上がっているし、インカやハックもレベル10ぐらいにまで成長してきている。
あの鹿もとても強かった。
きっと魔物の世界はこんなのがウヨウヨいるのだろう。
草食動物すら恐ろしい戦闘能力。
それに、今回の戦いはハートペアに凄く助けられたし学ばさせてもらった。
混乱は強い力があってもそれが仲間に向かってしまう。
身体をはって止めてくれて、何も言わないでくれた事はとても有難かった。
そして最後の血浴び。
私は恐怖を"私"は興奮を覚えるあったかさだった。
今回の狩りは、あたたかすぎた。