二百三十八生目 魔王
「い、今なんて?」
「セイレイ ツカイヨ ワレラニ クダレ」
全身を暗いコートに包むソレが機械音声のようにザラザラと奇妙な音でそう言い放った。
品質が悪いのか雑音のようで耳障りだ。
ただ落ち着いて脳内補正をかければなんとかなるはず……
「セイレイツカイ……精霊使い! 僕!? 一体なぜ?」
コートで覆われたソレは頷く。
そもそもなんでこんな機械を通したような声なんだ。
あまりに不気味すぎておぞましいオーラを纏っているように見える。
「オ前ハ希少ナ精霊ノ使イ手……我ラニ身ヲ貸シ、力ヲ得、ソシテ……」
雑音混じりの機械声と共にソレは腕を差し出す。
手袋をしていてやはり何も見えないがニンゲンのようには見える。
だが何かぎこちなくニンゲン離れしている。
「"魔王"様ニ、忠誠ヲ誓エ」
「っ!?」
「魔王……?」
場に緊張が走る。
いきなりその単語が出てくるとは思わなかった。
なおもソレは話を続ける。
「精霊使イ、オ前ノ望ムモノハ、用意シテアル」
「魔王……? 望むもの……? 一体……!」
「龍脈ノ集ウ龍穴ノ地ダ」
バローくんに明らかに動揺が走った。
"読心"したら緊張やら出てくる単語の嵐やらと錯乱していて読み取れない。
マズイな……
「"魔王"様ハ、オ前ノ望ミヲ叶エル……オ前ハ"魔王"様復活ニ尽クス……サア、手ヲ取レ……」
おぞましくどこまでも引きずり込みそうな闇。
一体何に惹かれたのかわからないがバローくんの心は大きく揺れている。
しっかりはしているが子どもだ。
それに……私たちには何も向けられていないがソレはおそらくバローくんに向かって何かをしている。
"読心"で見られる心が尋常ではないからだ。
私たちは殺気含め何もあのコートのソレそのものには感じていないのにバローくんだけほぼ錯乱に近い。
書くなと言われている口伝を書いて繰り返し読むバローくんの姿が脳裏にちらついた。
精霊関連に必死な彼にとってはもしかしたらこれも精霊関連に思えているのかもしれない。
だとしたら誘惑はあまりに甘い言葉だろう。
正常な判断が出来ない危険な状態だ。
ここは魔法で干渉を……
「見つけた!」
この声は……ソーバ?
いや、少し違う。
ソーバがホエハリに近いならこいつはガウハリに近い。
だが言語は同じということは……
[ダーバLv.7]
[ダーバ ソーバのトランス体。背に生い茂る植物たちはダーバの身体の一部。群れのリーダーとして群れを守る]
「お前はこの森を……俺の群れをメチャクチャにしたっ!! ここで殺して止めるっ!!」
そう叫んだが私以外にはわからないはずだ。
コートのソレ背後から襲撃をかける。
非常に嫌な予感がした。
「ハアァ!! ――グアァァッ!!」
まるでクマのように巨大な魔物に背後から全力突進で襲いかかられるニンゲンという何をしても勝てないだろうシチュエーション。
しかも恐らく何かのスキルを使っていて光を纏っていた。
だがソレは何の気なしに自然に振り返りまるで虫でも払うかのように腕を振るう。
ソレだけでダーバの肉は大きく裂け後方に吹き飛んだ。
「なっ!?」
バローくんが驚きの声をあげカムラさんが深く構える。
なんだ、何をしたんだ?
ボウガンのあった腕の反対側から飛び出ていたのは……肉厚のブレードか。
「……邪魔ダ、死ネ。滅ビテ"魔王"様ノ、復活ノ贄トナレ」
ブレードが更に飛び出して倒れ込んでいるダーバに近づく。
マズイ!
「あいつ魔物を殺す気だ!」
「えっ!?」
駆け出す。
間に合え!
しかし私より先に飛び込む影。
「……」
別の魔物たちだ。
次々にコートに覆われたソレへ襲撃をかける。
おそらく連携を取っていたわけではない。
ただあのニンゲンはこの森の敵そのものだと認識されているのだ。
大も小も関係なく突撃して行き……
「邪魔ダ」
右腕を振るいブレードに魔物たちが切り裂かれる。
左腕を伸ばして撃ち込まれる矢が確実に射抜いていく。
まさに機械的に魔物たちを処理し葬り去ろうとしている。
躊躇っている場合じゃない!
「"魔王"様の贄ヘ――」
「させるかッ!!」
全力で踏み込んで最初から剣へ魔力を送り込む。
土魔力が剣をまといそれをブレードへと打ち込んだ。
爆発するような威力が剣からブレードに伝わり防いだはずのソレは大きく押し込まれる。
ズザザァーッ!
大きくノックバックされたソレは魔物やバローくんから興味を移したのか構えを解きからくり音を立てながらブレードとボウガンを収納した。
「ハッ!? す、助太刀します!」
「回復できそう?」
「なんとかやってみます!」
正気に戻ったらしいバローくんを回復に回す。
私は正面の相手を見据えた。
またさっきも油の臭い……
そうだ、これは九尾のところで嗅ぐようなそんな機械油のにおいだ。
一体なんでそれが生き物としてのにおいよりもこんなに強く?
「予定ニ無イ人員2名認識……異常事態ヲ認識」