二百三十六生目 静寂
ソーバという背に葉が生えた魔物が2体。
バローくんが防御力を落とした今カムラさんと暗黙のうちに担当をわかれる。
私は右だ。
近づけば当然身構えられ飛びかかれられた。
背を丸めて飛び込んで来ようとしたのは背の葉で切り裂くためだろう。
だがさせない。
"止眼"! からの場所をよく見て解除!
つまりどっちにどう飛んでくるかわかれば問題がないわけで。
思い切って踏み込めば無事にすれ違う。
受け止めすらされずすれ違われるのは予想外だっただろう。
驚いて着地したスキに"正気落とし"を使う!
振り向き際に光を纏った剣で一撃。
バーン!
面で叩くという見た目は少し問題だが全身が総毛立ち。
震えてそのまま倒れる強さ。
"峰打ち"をよく使っていて良かった。
ほかのスキルもレベル10になれば変わったスキルが増えるのかな。
だとしたら楽しみだ。
カムラさんの方も独特の歩み方でソーバに距離感を勘違いさせて背の葉を突き出す攻撃を空振りさせた。
そのまま相手の勢いを利用して斧の鎚部分で打ち返す。
ガン! と空へ打ち上げてそのまま背から落ちる。
起き上がると背の葉がぐちゃぐちゃに潰れている。
慌てて逃げていった。
「あら、相方を見捨てて……こっちとしてはありがたいですが、ちょっと薄情ですね」
私たちに追いついたバローくんがそう言葉をこぼす。
「うん、まあね。でもそれはニンゲンから見た時のもので彼らの動きはベターだよ」
「そういうものですか?」
「感情に任せて全滅するより応援を連れてきた方が、救助成功確率は跳ね上がるから、彼らからしたら1番仲間思いの行動……だ、だと思うよ?」
いけないいけない。
ソーバ側ひいてはホエハリ側の感覚に基づいて語ってしまった。
つい私の故郷である群れを否定されたような気がして……
カムラさんがそっと目線を送ってくれたから気づけた。
やはり進化時は万能感があって何でもかんでも思い通りにしたくて危険だ。
それで怪しまれたら元も子もないのに。
「なるほど、そういうものかもしれませんね。……あ! あそこに『悪魔の爪』が!」
肝心のバローくんは早速見つけれた悪魔の爪という植物に意識が移っていた。
心の中で大きく安心のため息をついた。
カムラさんに軽くお辞儀する。
バローくんは獣の爪のように曲線を描き頭が垂れ下がっている植物の一部をナイフで切り取る。
事前に聞いていたが確か根の方はあまり有効成分がないのだ。
「こうしておくと、次も採取できます。そうだ、地図にも書いておきましょう」
このあたりは通称薬草山と言われているらしい。
薬の材料が多く自生している。
その分強欲なものに荒らされやすい。
なので地形地図はともかくどこになにがあるか書かれている地図は販売が禁止されているらしい。
冒険者たちはこうやって自身で地図を作り上げていくのは常識……だそうだ。
どこの世界のニンゲンも悩まされるのは違法の採取か。
(よぅし! できたよ! こんな感じ!)
光魔法"ディテクション"によって作成した脳内にある周辺地図に情報が書き足されていく。
まだ地図が作れていない遠くの方にも線や点が伸びていて"ジオラークサーベイ"の効果範囲の広さを思い知る。
これらの情報を処理出来るのはさすがアインスだ。
(へへーん! こんなもんよ!)
「……悪魔の爪現物があれば近くの物は追えるかも」
「本当ですか!?」
「はい、少し貸りるね」
ただ何もなく先導を変わってどんどん見つけるのは不自然だ。
演技として悪魔の爪を借り受けにおいをかぐ。
いやまあ、嗅覚による探索もやろうとすれば出来るが時間はもっとかかるよ。
植物としての香りの奥に独特の暗い刺激臭。
何となく確かに効きそうなのがわかる。
「ありがとう、たぶんあっちに」
悪魔の爪をバローくんに返して方向を指差す。
脳内地図に従っているだけなんだけどね。
今度は私主導で駆け出し悪魔の爪を見つける。
今回は2つあった。
「凄いですね! これならあっという間に集まるかもしれません!」
「うん、どんどん行こう」
「今回はなるべく早いほうが良いですからね」
その後も順調に悪魔の爪を集めていく。
時々刈られてなくなっていたり全体的に群生していなかったりと想定よりも大変だとバローくんが言葉をこぼす。
ただ場所は全てわかっているからあとは追いかけるだけだ。
「それにしても……何か変な感じがします」
「変な感じとは?」
「ここには何度も来たことがあるのですが、悪寒がまとわりつくような……言葉にしにくい違和感がこの場を支配しているんです」
「森が騒がしい……とか?」
「うーん……言うなれば逆かもしれません。森が静かすぎる」
バロー君の言葉が本当なら間違いなく急いだ方が良さそうだ。
そういう僅かな差異は時にとんでもない予兆だったりする。
魔物の数も豊富と聞いていた割には確かに遭遇が少ないのも気になった。
自然に速度を上げる。