三百A生目 覆面
「来た、エイヘムだ」
じっくり待っていたらターゲットがやってきた。
見たらすぐに分かる。
王子のようなキンキラの髪をなびかせて歩むキザな顔。
しかも街中の女性にあちこち声をかけている。
ツバキが無言で「うえー」と舌を出した。
『じゃ、念話繋ごうか』
『!』
『うわっ! 器用っすねえ、こんなこと出来るだなんて! ほえー、響く響く、え、これ声通ってます?』
『うん、大丈夫。むしろ垂れ流しだからもうちょいしぼって』
バレない会話としては念話はかなり便利だ。
ただし魔力的なチャンネルが繋がり無線接続されているような感じになる。
これは見ようとしなければ見えないけれど逆に言えば探知しようとすれば出来るやつは出来る。
だから回線を秘匿する。
『念話は探知しようとすればバレやすいんだけれど、念話の回線を世界の奥に隠すことでバレることなく会話できるんだ。相手の探知より隠すのは上回りやすいかな』
『え……つまりどう言うことっすか?
』
『金庫を開けなければ中に入っているものはわからない』
『ああ、シローさんの言う通りだね。最初から金庫の中身があると知っていないと、そもそも見つけられないんだ』
『な、なるほど? ウス! なんけ凄いっすね!』
あんまり伝わってないことだけはわかった。
エイヘムは談笑しながらこちらの方へ歩いてくる。
こちらに気づいた様子はなくそのまま角を曲がって裏路地へと入った。
『ウス、行きま』『危なぁ、やっぱ警戒していて良かったぁ』
『ほえ?』
『ム……成程』
『さっきの話の続き。こっちがこのように隠せるのなら、向こうも同じように隠すってわけだよ。そこの曲がり角のところ、あると思って見ていないとわからないブービートラップがある。エイヘムが通る度にオンとオフを切り替える通知を飛ばすだけの魔法トラップ……遺跡でも使われるけれど、単純故につくり手のうまさを感じさせるね』
ツバキが危うくそこに突っ込むところだった。
裏路地の奥の細道を通るものは地元民が決まった時に通るか後暗いニンゲンくらい。
『エエーッ!? ど、どう見れば良いんだろう……』
『魔力を見ろ。コツがある』
『ムムッ、アタシ実は魔法系が苦手で、よく分からなくて。どう考えたらいいかって、あんまり知らなくてサ……』
見た目通りですねとは誰も言わない。
シローがこっちを見てきたので私が説明しろってことらしい。
というわけで手早く説明。
何せ本番の追跡だ。
見失ったらいけない。
『……って感じなんだけれど、どうかな?』
『ウス。やってみるっす』
『お前は魔力が使える。まだ上を目指せる』
『お、おお、これかな? 行ける! 見えたっ』
ツバキが目に魔力を通わせているのが見えた。
恐らく今まではチームに魔法を任せっきりだったのだろう。
『ふおおおおぉぉぉ!! 初めての感覚!! そう言う能力ないのに!!』
『能力はあれば便利だけれど、一切出来ないのとはまた違うからね』
ここからツバキがいきなり魔法を放ったりは出来ないだろう。
しかし基礎を得るのは大事だ。
スキル候補に魔法系が並ぶ可能性が上がる。
これで彼女の選択肢が増えていくだろう。
『じゃ、行こうか』
『うええ!? このまま行ったら引っかかってしまうのでは!?』
『そこは大丈夫』
私が上に乗るとトラップの魔力が描き変わる。
色が一瞬にして変化するように。
『わかっていれば、一瞬で乗っ取れるから』
『えっ!? 今のどうやったんすか!?』
『……?』
シローすら首を傾げていた。
これも出来るっていつか。
壊すとバレるので乗っ取って偽の情報を流してもらう。
そうするとバレることは無い。
『そうそう! うまいね! そこにもトラップね! ここは見せ罠、おっと、本人の探知!』
『あわわわわ、ええっと、こうして? ここが? え? 隠れないと!』
『ううーむ』
指導していたらどんどん身につけていくツバキ。
シローもみながらそつ無くこなすがそこそこ苦戦している。
どちらも成長が楽しみ。
『よし、一旦大丈夫だから行こうか』
『アタシたちがバタついている間に全部終わってる……』
『気になるな。実力もだが……罠の数もだ』
『確かにローズオーラさんってやたら強いし、罠もやたらあるし、エイヘムの野郎も一体何を?』
『ローズオーラ……名前か……ローズオーラ?』
シローが何かを思い出そうとしているが私が先へと誘導しているのを見てまず歩みだす。
『え、なんなんすか、気になるんすけど』
『行くぞ』
『う、ウス』
あくまで追尾途中だ。
目標を見失わず目標に見つけられず。
その位置取りが寛容だ。
『天井は見つかりにくい、けれど屋内にも人がいるからこっそりが難しいのと、思ったよりも斥候系は意識的に上を警戒する。そこだけは忘れないで』
今は天井側に回り込みそっとかがんで様子を見ている。
ふーむ本当にどんどん奥まった所へ行くなあ。
『はぁ、はぁ、は、早い、とんでもない速度で罠をしかけつつ移動しているんスか?』
『何度も周囲を警戒しながらな』
『それが斥候って役割だよ、腕がいいのは確かみたいだね』
手慣れているのもあるだろうが確かに速度ははやい。
明らかに隠れる為の速度だ。
透視しつつ遠くへ歩いていくのをチェック。
みんなと共に地面へと降り立つ。
『え、直接地面へ……ここ3階の天井……ええいっ』
『慣れだ』
シローは続いて降りてくる。
ツバキは勇気を込めてそこら辺のでっぱりを使い複数にわけて降りてきた。
身体能力の差はどうしようもない。レベル上げないとね。
さてそろそろ大きくまわってきたから目的地だろう。
裏路地を通って街をぐるっと移動し反対近くまで来ていた。
『目的地に着いたみたいだ』
『ウス、マジっすか、全然どこにいるかがわかんないんスけど』
『向こうも獣のように潜んでいる。こちらも鼻を使え』
『ウス、鼻かあ……』
シローの言った鼻はニンゲン的には比喩だったのだろう。
ただツバキはクンクンにおいを嗅ぎ出したが。
さてと……
突撃前に偵察だ。
何せ何も分かっていない。
エイヘムが入っていった後に続く。
たどり着いた場所はまず……
『ここって、家?』
『とんでもなくボロボロだ! こんなところに住んでいるのあいつ!?』
『ここはドヤ街だ。裏道からだから分かりづらいが』
『ドヤ街……そっかなるほど』
都はたくさんの移住者がいる。
だが当然土地の量と既存住民がいるわけで。
田舎から1文無しで出てきたはいいものの宿にすらまともに泊まれないもの達も続出した。
そんな彼らは冒険者などの日雇いに精を出していつかは宿を借りることを夢見る。
のだが……そんなものたちがたくさん集うとどうなるか。
治安の悪いゴロツキたちが集う場の完成だ。
はっきり言ってしまえば貧民窟である。
ただ出来る過程がちょっと違うだけだ。
影の中に私たちは隠れているから誰にもバレてはいないが……
唯一の資産なのか酒瓶を大事に抱え寝転がっている住民もいた。
少なくともあのキラキラした顔つきであるエイヘムには似合わない。
そうだ違和感。
その正体がわかった。
身綺麗なのだ妙に。
もちろん身に気をつけて常に綺麗にしている冒険者たちはいる。
だが高級な化粧品の類は別だ。
髪の毛を洗うのにシャンプーなんて知る由もないニンゲンが多い。
言ってしまえばあのレベルで髪のツヤを感じるのはもはや気品と言ってもいい清潔感だ。
迷宮の中で川の水を使って軽く水浴びしてすごしている冒険者としては異常だ。
あとさっきふわりと髪が香った。
こんな場所にいるのに?
明らかに怪しすぎるなあ。
裏があってもおかしくない。
ということをちゃちゃっと共有する。
『フム……そうか』
『だから、違和感あるって話だったんスねえ。確かに家に帰るにしては変な動きに思えるし、こんな所に来るとしてはあの顔と髪じゃあ目立ちすぎる。変ッスねえ、言われれば言われるほど変ッス』
『あんな身なりでドヤ街にはいったら普通はカモにされる。だけれどむしろ、そんな誰にだって気づかれないように向かうのだなんて』
明らかに隠し事だ。
もしかしたらここにいることを誰にもバレていないのかもしれない。
それほど人気がなかった。
私たちは安全を確保した後建物内へと入っていく。
普通に入るとモロバレだったので中に転移した。
その事に二人がびっくひしていたがこの先僅かな事でバレるので慎重を促す。
音も見た目もにおいも消しているがそれ故にバレることはある。
ごく自然に。当たり前にそこにあるかのように。
『凄……』
『ウム……』
『不自然に気配を絶つと、絶対にバレる。外ならともかく屋内では、そんな空気の動きはおかしいから。とにかく自然に、全てを馴染ませていって』
『いるってわかっているのに、いないように思ってしまいそうなんスけど!』
『これは……真似できん』
『まあ、おいおいね』
一朝一夕で出来るとも思っていない。
それはもう死の隣の中必死にやっていたらいつかは身につくって。
ただ1度は見ていないと野生の動きは把握出来ない。
そのまま全員を連れて移動。
この上の建物はブラフかあ。
仕掛けをといて奥へ地下へ進んでいくのをこっそり見つつ着いていく。
エイヘムの向かう先は……おや。
『妨害かかってるなあ。ちょっとこの先覗けないみたい』
『えっ、そんなに厳重なの!? 見れないのか!?』
『見れるけれど、これを破ると即バレる。このまま行こう』
スキルってやっぱり対策されがちだ。
魔法は突破できる可能性はあるがやったらほぼ感知される仕組みだ。
抜け目のない。
こういう時は基本に立ち返るのが大事。
あくまで頼るのは自身の5感。
嗅覚聴覚視覚触覚魔覚だ。
ふたりにレクチャーしつつ仕掛けを解いて階段を降りていく。
仕掛けはぶっちゃけ見ていたのでわかる。
ただこういうのは向こう側から開けたことが分かるように魔力線が繋がっているのが王道。
しっかり信号が行かないように事前に探して切っておく。
ブラフを警戒しつつ中に。
よしよし。
迅速にかつ慎重に。
ここまでくれば逆にトラップはほとんどない。
スキル妨害の壁は向こうのスキルも妨害するから見つかる可能性も低い。
あとは地力の勝負だ。
『……扉の前に来たけれど、何かおかしい』
『ど、どしたんスか? さらに何か罠が!?』
『地面から伝わる音がおかしい。振動が強め。沢山揺れている。この感じ、大人複数が暴れている』
『荒事か』
シローがスっと刃を抜く。
遅れてツバキが慌てつつ槍を持った。
私もみがまえておく。
扉に施錠はされていない。
そっと押し開けた。
「うらあっ!」
「クソッ、レーナを返せ!」
「エイヘムっ!」
「なんかよくわからんけどヤバそうっス!」
中は小さい部屋になっていた。
小さいながら整えられ貴賓ある佇まいになっていた……はずだ。
そこは今顔や素性を隠した大人数名とエイヘムそれに謎の銀髪女の子がいた。
「何っ!? 誰だ!?」「くそっ、新手か!?」
そしてツバキの声と扉に双方がこちらを向く。
バレることは想定内。
だがどう双方の立ち位置を把握したらいいか。
こういう時は!
「依頼を受けた冒険者だ! 全員街中での武力行為を直ちにやめなさい!!」
ハッタリをかける!
ここで動きがすぐにわかる。
ハッとしたエイヘムは覆面の大人たちの方を見る。
覆面の大人たちのほうはというと。
「チッ!」
当然のようにノールックでナイフぶん投げてきた。
光が込められた殺意のあるナイフ。
動きは決まった。