二百九十八A生目 恩義
ヤクザの長を連れてきた。
この中で1番落ち着いているのがヤクザの長なの面白い。
「い、一体どうやって、こんな一瞬で……いつの間にかここから居なくなっていたし。全然強そうな雰囲気はなかったのに。やっぱり面接側な以上只者じゃないってことか……」
「いきなり別の相手の面接とは、予定になかったですねえ……やる方が良いとはわかっているんですが、ここにいることがバレたらそれだけで大きな破滅ですよ」
「ん? どこかと思ったら、ここ冒険者の巣窟か。くくっ、生きているうちに入れる場所でなないと思ったが、存外わからないものだ」
「じゃ、面接の続きしよっか」
「えぇ……」
だってねえ。
話進めないと連れてきた意味がないし。
というわけで机を挟み全員着席。
「それで、雑談するためにわざわざここに呼び出したわけでもあるまいて。何をしてほしい?」
「はぁ……仕方ないですねえ。やりましょうか。とりあえず、これまでの経緯をお話します」
かくかくしかじかというやつだ。
「へぇー、わざわざ、そのためだけに俺を拉致るたぁ、どんなキモの座り方だいお嬢さんだい」
「私としては、参考人としてお招きしただけという認識です」
「カッハッハッ! 良いねえ、それじゃあ、聞かれたことには答えようか!」
何かが気に入られたらしく豪快に笑い飛ばされた。
そらこう答えるしかないでしょ。
拉致しましたなんて人聞きの悪いことは言えない。
「結局、ツバキさんのチームメイトと仲良しなのは間違いがないので?」
「ああ、間違っちゃいねえな。俺とアイツらは仲が良い。だが、聞きたいのはそうじゃないだろう? 信用問題というのなら、俺たちがそっちに筋通せるかどうか、そういった話だよなあ」
「端的に言えばそうですが、そもそも一般的にヤクザ者との繋がりそのものが信用問題になるのはご理解いただけますよね?」
ドスの聞いた声と雅の聞いた声が交互に流れていく。
視線がバチりとぶつかりあった気がした。
「ああ、お前たちのくずれの受け入れ先だなんて、うちのようなハズレもんか、穀潰しくらいだもんなあ。お宅からしたら、まったくもって面白くない相手だろうよ」
「くずれ……って?」
「ツバキの嬢ちゃんはあんま知らんのか。簡単に言うと冒険者崩れどものことだ。ここで信用か体のどこかを無くし、故郷にも帰れない、そんなヤツらのことだ。そいつらはほっとけば都の無法者になる。それをシメんのが、俺たちヤクザ者よ」
「今回出来ていなかったから、わざわざうちの冒険者が乗り込んだのでしょう?」
「違いない! その節は世話んなったな。だがまあ、その件はすでにケジメをつけた。やり方ってもんを知らん若いやつらが、義のねえ行いをしたんだからな。だからこそ、そういった者が出ねえように考えるのが前提じゃないか?」
わあっ。
バッチバチじゃん。
「待った待ったー!! ふたりとも何喧嘩してんだよ!? アタシの、アタシたちの昇格についての話はどこへ行ったんだよ!」
「おっと」
「ハハッ」
ツバキが割り込んでわちゃわちゃしたがどっちも軽くしらっとした。
殺気をおさめてくれたらしい。
「そこはカバー作りましょうか。冒険者ギルドとしては置いておけない、ヤクザとしても義を通せる範囲は狭い。でしょ?」
「それは……」
「むぅ」
「もっと大きな枠組みで巻き込んで、社会で受け皿を作らないと。枠としては、治安維持かな。治安維持の費用として崩れたり溢れたりしたものをまとめないと」
「そう簡単には言うが、社会のはみ出しものになさ金を使うのをよしとしますかね? 冒険者ですら、常に交渉を必要としているのに」
「居場所を失うことで犯罪者になられるより、ずっといいんで。最終的には政府主導でやりたいんですけどね、今の話聞く限り」
「政府ゥ? 無理無理、お上の腰の重さと下々への無理解は筋金入りだ。全員死んだ後にやっと法案が通るくらいじゃねえのかい?」
「ま、なのでまずは民間で。それをヤクザの長さん主導の形で冒険者ギルドからやれば、ほら、問題は少なくなったんじゃないですか?」
「……いや、俺の顔を増やして表向きを作ろうってか? む、無理むちゃにも程があるやり口、強引すぎんだろ?」
ヤクザの組長さんが渋い顔をしている。
まあそりゃそうか。
明らかに今やれていないことは理由があって出来ていないことがほとんどだ。
「そもそも、貴方たちヤクザがそんなにまともな経歴を持っているように思えないから、冒険者ギルドとしてはそこがネックですね」
「経歴の綺麗さは互いのこといえねえだろ? わかってる、そう睨むなギルド長さんよ。俺たちがカタギに迷惑かけてねえかって話だろ? もちろん、そっちのギルドと同じように末端は操作しきれてねえし、他所は知らん。しかし、俺たちの方針はカタギに義を通せ、だ。お天道様の下を歩けねえからこそ、お天道様に目を背けるような生き方をしちゃいけねえ。そういった存在だ」
「ヤクザのおっちゃん、そんなこと考えてたんだ……」
ツバキが感心したようにしているけれど単に不義じゃないってだけの話な気がする。
善悪で言えば絶対悪の行いをしまくっているだろうし。
悪でも道理を外れてないから正義を通していると言うだけだ。
その正義自体もはてさて。
「まあ、端的に言えば我々視点、ヤクザへの信頼がない。だから、別の顔を立てるという方針そのものには賛成ですね。あまり強引ですが……」
「詳しいことはここで詰める必要もないからね。それでツバキさん」
「あ、ウス?」
「キミはリーダーで、そんなにヤクザの長に馴染みもなさそうだけれど」
「俺もツバキの嬢ちゃんを見たのは3回目くらいだな」
「逆に言えばキミがリーダーとしてわざわざ責任を負わなくて良いことでもある。何せ、冒険者は自由だ。今のチームメイトと次の冒険でも同じことだなんて、むしろ少ないくらいだ。さっさと損切りすることもできるよ、こんな面倒な事もしなくてもね」
組長さんが片眉をあげギルド長さんがホウと漏れるように息をはいた。
まあ明らかにいきなりの踏み込みだ。
怪訝に思われたりやりこむなあと思われたかもしれない。
ただずっと気になるから仕方ないじゃないか。
明らかに意図的な意志を感じる。
チームの仲間を守ろうとする意志を。
「そんな言い方ないじゃないか! みんな大事な仲間なんだ、アタシはなんと言われようと、アイツらを見捨てる気はないよ!」
「へぇ、いい変わり者っぷり! それじゃあキミはなんで昇格したいの? 他人を守りつつ昇格したい強欲結構だけど、ここからはなんとなく、では難しい領域になるんだ」
「なぜ昇格したいか、か。そこに関しては考えていけって言われたな」
いい仲間に恵まれているらしいツバキは思い出すように目を上に向ける。
「こっちとしては、キミを昇格させてなんの得があるか見なくちゃ行けないんだ。面談中に話すことじゃないけど。その昇格によってギルドがどう得するか、想定させて欲しい。とりあえず、なんとなく、そんな風ではなんとも判断できないし、少なくともプラス評価じゃない。だから……ここでハッタリ効かせてほしい」
ツバキはポカーンとしちゃってるしギルド長はやれやれと首を振る。
ヤクザの組長さんはニヤついていた。
しゃーないでは無いか。普通面談でこんなことはぶっちゃけない。
だが私は面接官じゃなくて立会人だ。
話せる時に話したいことを。
私に資料もマニュアルも渡さないということは立ち回りとしてはこれを求めているのだし。
「ああ、えっとその、それでも、アタシの話す内容は変わらないけど……!」
「ならよし、私の隣にいるオジサンにぶつけて見て」
「アタシ! そもそも有名な冒険者の話に憧れていたんだ! 彼らの物語は、仲間を守り敵を打ち砕き、まだ見ぬ景色を見させてくれた! まだあんまり本とかは読めないけれど、仲間から教えてもらった自由の名を持つ冒険者が、女性でなおかつこの皇国出身、それなのに世界の危機に仲間を守るため何度も立ち向かっていく! そんな姿に憧れたんだ! アタシはその情景に嘘をつきたくない。だからアタシの仲間は守るし、昇格もしたい。アタシも冒険者として、誰かの憧れになりたいから。さらなる活躍がしたいし、力も欲しい!」
あやうく吹き出すところだったじゃないか!
唐突に私の冒険者としての2つ名が出てきた。
ギルド長を横目で見るとクツクツと声を押し殺し笑っている。
知ってたな!!
つまりこうだ。
まず私の2つ名『自由』が独り歩きする。
名前や顔より特徴が広まるのはいつの世もそうだ。
特に冒険者たちはろくすっぽ本を読まないものも多い。
皇国の識字率は悪くないはずだが女性はそんなに高くないんだよねえ田舎は特に。
そして彼女は田舎出身で都に冒険者へなりにきている。
きっと私の、『自由』の冒険者について噂をかき集めたはずだ。
冒険者たちは所属する民間ギルド名を売り出して個人名がそんなに広まることは無い。
自己の個人情報もあるが2つ名を広げて唯一無二性をアピールするからだ。
最初は所属民間ギルド名。
その後は冒険者ギルドからもらった2つ名を。
自分の名前が太郎や花子やジョンやマイケルってことも少なくない。
というかほぼ誰かと被っているから……
自分だとアピールするがために冒険者としての名前を広めていくのだ。
そういえばさっきの紹介された時に名前だけ言われた。
冒険者ともどこ所属とも話してない。
つまるところギルド長はそもそもサプライズイベントのためにここまでお膳立てしたらしい。
くっ。ゴリゴリなおじさんで雅な格好なのに喜ばせたがりとかギャップの塊かな!?
「良いタンカ切ったじゃねえか、ツバキの嬢ちゃん! どうよ、これでも漢気が足りねえってか?」
「ど、どうだった!?」
「そういう問題ではないのですが……まあ、結果は後で伝えます。それよりも問題は貴方ですよ。どうするのですか、組長の他にやることをこさえるなんて、あなたがわざわざ若者のためにやるとは思えないのですが?」
「酷い言われようだねえ。だが、違ぇねぇ。小さくとも俺も一山の主。単にノリで動く訳には行かねえ。そうだろう?」
「つまり、どういうことだよ組長!」
「俺たちに利点がない。そういうこった」
ヒラヒラと組長が手のひらをあおる。
あまりに真っ当だ。
だからこそ食えない。
譲歩をさせ利益を得ようとしてきているのだ。
勢いだけで誤魔化せるほど甘くは無いらしい。
「まさかここにきて、ちゃんとした話をするとは」
「オイオイ酷いねえ、俺だっていきなりこんなところに連れてこられた身、必死なんだぜえ?」
組長は全くもって必死さを感じさせないニヒルな笑みを浮かべた。
ここで粘られるのも困るなあ。
「でも、私から見たら利点があるように見えるんだよねえ」
「ほう、それは?」
「義を通せる、というやつだよね。組長さんはここで、義に反する事はしないでしょ。とくに、若者が困るようなことは」
「むっ、義か……」
組長はやはりここで悩み出した。
一般的に言えばここで悩むのは謎だが……
既に組長はなんども口にしたワードだった。
だったらやはり金だの利権だのよりはここだろう。
「ツバキも何か組長にアピールすることはない?」
「あ、ウス! 組長さん! うちのメンバーがこのままだと不味いことになりそうなんだ! なんとか、してくれないか! アタシは夢を叶えたい。協力してくれ!」
ツバキは勢いよく頭を下げる。
組長はそれを見て深いため息をついた。
逃げきれないと判断したのか。
「わーったわーった、元々若いもんを食い止めてくれた恩は返さなくちゃいけなかったんだ。俺だって喜んで恩を返し、義を通すさ」
「それじゃあ!」
「ああ、表の顔ってのも、この年で初めて持つのも良いかもなあ」