二百九十三A生目 予言
落ち着いたところで解決したわけではない。
幸い味方の戦死者は『結果的に0』だったが『過程的には0ではない』わけでもうーー苦労した。
蘇生持ちは私とかホルヴィロスのようなレアな魔物しか持ってないのだ。
そして敵である。
彼らの国があるわけでもない。
統率者たる人形たちは破壊されたか撤退して破壊されたか。
まあとにかく全部破壊されている。
敵軍魔物達はぜーんぜん生き残っている者が多い。
これは魔物自体がちょっと傷入った位で復活できないほどひよわじゃないのもある。
魔物によっては心臓や脳破壊されたとて復活しているからね。
それでも死傷者は多数出ているし復活不可も多いが。
死んでても生きていても戦後はある。
供養もいるし生き残りは暴れるし飯も食べるし……あああああーー!!
「おーい、ローズちゃーん? 帰ってきてくれるななー!? ローズオーラ??」
「あっはい、情報ありがとうお帰りはあちらです」
「まったくツレないなあ! うちの子は。こっちだってかなり苦労したんだよお?」
さすがに大神クラスになるとレスバでひるんだりしない。
というかなーんも気にしていない。
もうちょっと気にしてくれ。
「それで? 確かに世界が救われたみたいで何よりだけれど、わざわざ来たってことは何かあったの?」
「酷いなあ! せっかく生き残った戦友の顔を見に来たというのに! ハハハ、そう睨まないで。来たのは正式な報告の他に……真面目な話をしに来たのさ」
「……ここじゃなんだから、ふたりで話せる場所に行こうか」
そうだよなあ。
ニコニコしたままだが空気に一瞬にピリッとしたものが走った。
荒野の中。
丁寧な装丁の机1つと椅子2つ。
落ち着く香りのティー。
そして向かいあう蒼竜と私。
完全に隔離された私の神域だ。
荒野とはいえただむき出しの地面というわけじゃなく木が生えにくい自然由来の土地というだけ。
「いい場所だね、ここは。花畑の上でお茶を飲めるのだなんて普通は出来ないんじゃない?」
「蒼竜って妙なところで俗だよね……」
当然ここは私の感知を張り巡らせてある。
他の神からの干渉があればすぐにわかるし音は外に漏れたりしない。
「プレゼント、どうしたんだい?」
「役に立ったよ。月の神の神力を封じるのにも、日常生活を送るのにも。今はこの通り、自力でコントロール出来るようになったし、なにより……きっともう、そういう輩に目をつけられても、迎え撃つ力は蓄えられたと思う」
「あー、使われちゃったんだぁ。でも、今回の作戦で役にたったのなら何よりだよ。あ、新しいのいるかい?」
「もう大丈夫」
「まあ、神の補助輪みたいなものだったからねえ! もう卒業でいいかあ!」
神の補助輪と言いつつもやることは神にはなかなかできないこと。
私という存在を守るためにお守りは蒼竜が魔物から神になった相手専用に編んだのが今ならわかる。
そんなフシを全く見せずニタニタ笑っているのが蒼竜の食えないところだが。
「ほんと、ありがとうとは思っているんだよ。ただ、蒼竜ってそういう感謝をまともに受け取るタイプでも無いよねえ……」
「よく分かってるじゃないか! 激しい抱擁とキスならいつでも歓迎だけれどね! おっと、そう言えばこんな話をするためにわざわざ展開してもらったんじゃなかったね」
蒼竜は紅茶をカップから飲みひと息ついて。
「話をしようか。キミの抱えるその力。いや、呪いについて」
「終末の、獣」
蒼竜はうなずく。
やっぱり。
私もこれを口にするだけで額に汗が薄く出た。
私の知らない私が襲われている現象。
そもそも私に対してほぼ利益のないものっぽい。
何が私に巣食っているんだ?
「どこから話したものか……」
「ゼンと化せ……」
「っ!」
「シーマが、あの今回の事件首謀者は言ったよ。その者、世界に呼ばれし時、世界に終末が訪れん。終末を乗り越えんとせしものたち、それはあの日の結びを得るもの。雪を超えてゼンと化せ。旧き神の占いだ。って」
「そうか、そこまで知ったんだね。だったら……といってもなんだけれど、僕が話せることもそう多くは無いんだよね。その予言について補足できるくらいだ」
5大竜はまとまりがない。
宇宙で分影がたまーーに会議する程度だが……
それに関する話はあの日の結び、つまり約束事に関してが主題だった。
つまるところ大神という個の塊みたいなやつらが共通して危険視している。
それがこの謎の言葉たちの羅列。
「この予言とかいうものは、結局私なんだよね?」
「遠からず、近からず。まず整理しようか。はっきり言って、この予言に関しては僕たち5大竜も正確な把握をしていない。なぜなら、この予言そのものは伝聞だからだ」
「えっ、伝聞? その割には……」
「まあ、一定年齢生きた大神ならほぼ全員全文を知っているくらい、有名な話だからね。予言の神、アポロノニア=カタミヤラビの最期の予言だ」
「……最期? 神なのに?」
「そのカタミヤラビが絶対に消えないように、特別な岸壁に刻んだあまりに深い紋様。それらはカタミヤラビの思念になっていて、特別な力を持つ共感性の神たちが読み解いたことば。カタミヤラビはその予言を最期に、存在がいなくなっている。本当にもう、何十世紀ではなく何百世紀も前の話だからね」
「そんなに前なんだ。それだけ姿を見せていなければ、確かにもう存在が絶えている、って考えるのが妥当かあ。魂を循環の輪に乗せたのかな」
「さあてね、無責任なのか、意図して消されたのか。それは僕たちには判断がつかない。あの宇宙会議の場は、常に予言が見える位置で固定されていりかなり目が良くないとさすがに見えないけどね?」
「え? 宇宙の位置から?」
「地形にそのまま刻み込んであるからね。近くまで行けば、ただの複雑な谷にしか見えない場所だよ」
ナスカの地上絵ってレベルですらないじゃん。
私がポカーンとしている間に蒼竜は紅茶を突き出していた。
「さてこの予言、当然神が最期に遺したものだ。狂人のたわごととはわけが違う。特にカタミヤラビが得意としていた予言は、破滅だからね」
「生前は他にも予言を?」
「ああ。的中率そのものは、10割だね」
「うわあ」
それはもう未来予知の神じゃん。
「ただ、あくまで確定された未来の話ではない。言葉自体が断片的なのは、あくまでそのような言葉を視るからだそうだ。そのため、破滅を予言されたと読みといた神が、その内容を利用して破滅を回避したこともある」
「なるほど! 予言は回避不可、ってわけではないのかあ!」
「たいていは破滅の未来が重すぎて、そのまま押しつぶされるけれどね」
「うわ」
わかっていても跳ね除けられなければ破滅。
破滅そのものは確実にやってくるのだから。
しかもニンゲンとか魔物とかじゃない。
神が避けられないのだ。
「そんな神の予言なのだから、もちろんこれも破滅の予言。誰に何を向けたのか……分からないと長らくされてきた」
「予言の神自体がいなくなってしまったからね」
「しかも名前の指定がない。予言によっては直接名前も出てくるんだけどねぇ……けど、破滅を恐れる神達が地道に調査した結果、対象が発覚したんだ」
蒼竜はゆっくりと下に指を向ける。
「世界だ。世界の『破滅』を予言したと、特定できてしまった。まあ世界と書いてあるし、そりゃそうなんだろうけれど。ただ今まで世界っていうのを特定個人の終わりにも使っていたし、解釈が色々あったんだ」
「世界! 文字通り……それはまた広い範囲を……」
「そう、それだ。これまでカタミヤラビは特定個柱の破滅や、関係性の破滅、対立の破滅のように、狭い範囲のものを占っていた。何かの種族が消えるとか、大戦争が神々の間で起きるとか、そういう巨大そうなことにも反応してきていなかった。予言とは、誰かに対してばかり行っていたんだよ。だから、解釈が遅れた」
話が胡散臭い感じになって来たなあ。
「そもそも、毎回谷とかにして記すものなの予言って……」
「これだけだね。ただ予言そのものは毎回何かに紋様として記していた。言葉では無いけれど、意思が読み取れるものだよ。もうほとんど現存はしていないだろうねえ」
「なるほど、今回はそれほどに……ずっと後の世代に残さなきゃいけないほどに、後の時代に必要な予言だった、ということだね」
「それか、意図してだれかが消さないように、読み取られる前に隠したかったか」
「それは……そうか。破滅は、破滅をもたらす側もいる。そういうこと?」
蒼竜は静かに肯定する。
「結果的に言えば、破滅回避側が先にさとれたからね。カタミヤラビの思惑は成功したってわけ。現実どうであれ、今は破滅の予言そのものは成り立っていない。キミの大冒険も、星を破壊しようとする者はいなかっただろう?」
「それは、たしかに。魔王復活は大陸が塗り替えられそうになったし、朱竜と時の止まった砦は、焼いたとして星の全部はいかないはず。今回も神々の時代再来を望んだ相手であって、別に世界は滅ぼされたりはしない……」
「キミの冒険まとめると数年で起こすにはとんでもないね?」
えっ、数年?
数年か……
確かに数年でなんでこの世界こんなに危険に陥ってるんだよ。
多分世界ではこうやってしらないところで危険がたくさん起きていそうだなあ。
「さて。世界そのものの終焉は、当然どの神にとっても避けたい事態。だからこそ、いくつかの神々は、世界終焉シナリオについてのみは必ず協力するという取り付けをした。つまり、予言通り約束事をしたわけだ」
「それはあの日の結び……の、部分。そのあとに、『を得るもの』と続くから、約束は果たされると……でも、なぜ予言通りの動きを?」
「言っただろう? 破滅の予言は強い。強すぎる。逆の手を打てば勝てるわけじゃないんだ。例えばだ、殺しにくる相手がいるとして、予言は爪を振るって撃退しようとすれば負けると言っている。そこで身構えず棒立ちを選んでも殺されてしまうじゃないか?」
「むむ、正論」
「だから、ある程度は予言に乗る。乗った上で、爪ではなく事前に用意しておいた落とし穴に誘導したたき落とす。それが予言からの逃れ方というものなんだ」
「なるほど、じゃあ世界に『その者、世界に呼ばれし時』も、あえて観測しつつも見逃した方が良かったと」
「ある意味そういうことになるねえ。というか僕も、しっかり確信出来たのはキミが神に覚醒だね! それまでは、確かにそれっぽいんだけれど……あまりにらしくなかった。終末をもたらすと言われているはずのソレは、ビックリするほど休眠していたし、当魔物は呑気にニンゲンに紛れ込んでいた。それはもう、終末とは? と連日銀竜と話し込んでいたさ」
付き合わされる銀竜かわいそう……
原因は私? うんまあそういうこともあるよ。
「その節はどーも。お眼鏡にはかなったみたいで?」
「まあね! はっきり言って、終末の獣たる呪いは全然動く気配は無い……むしろ沈静化している? みたいだし。今回はすわ終末かってところでさ、もうみんないきり立って戦おうとしたら、理由が月の奴らが地上の再占拠だよ? 話が違うじゃないかって今大あわてだよ」
「あぁ……破滅の予言はまだ未発動ってことだもんねえ。いかにも終末の獣が終末をもたらしそうだったのに」
これなんだよなあ。
私も紅茶を飲み落ち着くしかない。
「なんというか、これほどまでに来なくて嫌だった破滅もないんだよね。まだ苦しむ可能性があるってことだし。それにどうやら、開いたみたいだしね、キミの中のそれが」
蒼竜が指すものはひとつしかない。
「呪い、終末の獣……これって結局なんなのさ」
結局知りたいのはここなんだけど。
蒼竜はなんとも言えない顔をした。