二百八十五A生目 零番
「何かわからないのですが、動かないならば好都合、そのまま首を落とす!」
シーマがまっすぐ飛びかかる。
この場で確実に仕留めるための最短の飛びかかり。
前までの動きと違って斬る、突くではなく弾丸のごとき速度で突っ込んでいく。
完全に初めての攻撃。
相手を粉砕するためのタックルだ。
貫けば対応不可能の1撃になるはずだ。
その時初めてソレは動き出す。
避けるでもなく受けるでもなく。
ただ口を開き……真似事のように息を取り入れ。
左目を、ゆっくりと、開いた。
「アインス」
──シーマの体が吹き飛んでいった。
「……は?」
シーマはここ1番の驚き顔を隠せなしなかった。
自分が相手を跳ね飛ばすならわかる。
結果は真逆だからこその驚愕。
直線上に実体を持った神力のエネルギー波。
それが今攻撃した存在だ。
どうやらシーマが知覚化できたのは攻撃後らしいが。
偶像は片目を開いただけでその威力を放った。
そして先ほどまでと違いずいぶんと……笑顔を見せる。
開いた瞳はあふれんばかりに神力が流れているのか魔眼のように輝く。
魔眼と称する理由はもうひとつ。
みんなはその目を見て冷や汗を流した。
汗など流れぬシーマですらその目におぞけを感じたのが分かった。
嗤っている。
加虐に満ちた歪み方で、
ただのそういう笑いならばこれまでも多くの者がしてきたけれど……
あまりにもその瞼の歪みが全てを飲みこむような気配に満ちていたのだ。
単なるはったりでも何でもない。
シーマはすぐに体勢を直し今度は横っ飛びしつつ残像を残して接近。
右目が、ひらかれ、ていく。
「ツバイ」
全部薙ぎ払われる。
シーマの苦労する接近が。
あっさりと全部薙ぎ払われた。
「横薙ぎ……! 別パターンもあるのか。ならばこれは!」
シーマが腕を振るうと巨大な煮えたぎった炎が生み出される。
シーマは近づくことなくそれを空にほおって。
炎の塊は偶像へ飛来する。
ひたいの、ひとみも、ひらく。
「ドライ」
縦になった額の瞳。
横方向に開いた瞼は相手を見据える。
それは獲物を見つけた時と同じようにうごめく。
魔法ごとシーマは吹き飛ばされていた。
今度は拡散範囲での発射。
「ぐうう……貴殿は、お前は……!」
シーマが急いで受け身を取る。
さっきまでとは違う。
挑戦者側になった動きだ。
「お前りは、終末の、獣……!」
やっとその偶像は生き物らしい動きを見せた。
笑顔をしまって顔を引き締めた。
「ううーん。終末の獣ではないと思いますが。まあ、終末ではありますが……」
「なあ、ローズなんだよな……!」
「ええ、まあ……ローズオーラではありますが……」
「何をわけのわからないことを話しているのやら。どちらにせよ、確実に排除をする」
シーマは自分のことを考えるより斬って捨てることに断じたようだ。
シーマの急速接近はさっきとはまた違う。
接近はブラフ。本命は……
「おや、バレましたか」
左目を瞬きしてまた衝撃波を放つ。
シーマに対してではなくその背後だ。
そう……空に浮かぶほう。
そこから放たれる亜光速のビーム。
それに対して直線衝撃波を合わせて対消滅。
「ですが、私も本命ですよ」
そのスキにシーマはもはや腕を振るうだけで当たる位置に来ていた。
相手は音速の貫き手を持つ。
本來ここから避けられる選択はないが。
「コレはっ!?」
「動けませんよね。まあ少し、話を聞いてくださいよ」
「……いま、ローズのカッケェ模様、動かなかったか……?」
イタ吉の言葉は置いておいてまずはシーマに向き合う。
動けないと判断するやいなやもう次の魔法を練っているらしい。
近くからみると本当に整った顔だ。
「まだすこし、この体を操るのは難しいのですよ。なにせ全く新しいので、慣れ運動に付き合ってくれるとありがたいのですよ」
「一体、何を……! それにその口調、先ほどとは全く違うようですね。貴殿は、誰なのですか」
「ローズオーラであり、終末の獣などとかいうものでも、まああるのかもしれません。自覚はありませんが。だから自分の人格は……」
そっと指先を動かしてみてる。
うん。ちゃんと動く。
眼の前まで持ってきて輪を作った。
「ヌル、そう呼んでほしいですね」
自分はそう名乗った。
「0……? イタ吉、あんなローズのやつ、あったっけ?」
「あの、なんか性格がわかれるやつだろ? いくつか違う性格っぽいローズは見たことある。だけど、あんな丁寧ないローズは初めて見たぞ……なあアヅキ?」
「我々も進化するからわかるが、進化には1つの別の自分の側面を当てはめてなる。主はその傾向がひときわ強かった。あれはまた別の主の側面なのかもしれない」
グレンくんやイタ吉それにアヅキたちが観戦席状態の隅で話す。
とはいえ彼らも安全とは程遠い。
普通に自分たちの攻撃の範囲内だ。
なので各々機敏に避けている。
飛んでくる飛沫やビームなどを回避に徹すれば避けやすいというのはある。
それでも一線級だからこそだろうけれど。
さて自分の方に戻るとシーマは苦しげにあがいていた。
シーマの体がもう少し柔らかければ激痛だっただろうが。
「ヌル……このしめつける感覚は、先程までのイバラ、ですね! まるで何も感知出来なかったのが恐ろしい……」
「なかなかでしょう? 不可視のイバラ、自分の意思とは関係なく敵から護る力もある、神の力で化けた能力の1つですね」
不可視と便宜上言っているもののこれの本質はそんなものじゃない。
不感知。まるでそこにないかのように振る舞う。
しかも自動迎撃機能がついていて反射的に振るうことも可能。
もちろん当たればわかるし不感知ということは見破り系のスキルで対策可能なため無双を誇るほどじゃあない。
だけれどもこのイバラの本質はそこにはなかった。
全身を守るようにあるこのイバラは……自分から生えていない。
イバラを使う上で大きな弱点だった自分と繋がることで互いの制限になるということ。
振り方1つで私の重心位置が変わったりイバラによっては私の動きによって思いっきり振れなかったり。
その弱点を克服した。
自分から見た時にイバラは隅々までどこにあるかわかる。
そもそも手先よりも鋭敏で感覚的だ。
だからこそこのイバラたちが私を中心とし宙から生えているのがよくわかる。
これによりあらゆる制限を取っ払ってイバラを運用できている。
シーマを不可視イバラで遠くへ投げる。
思いっきり力強く投げたけれどやっぱり急制動され止まってしまった。
あの吊り下げ糸にこっちは干渉できなかった。
ある意味こっちのイバラと似たようなものなのだろう。
「うわっ! やっぱりうごいたぞ!」
「ええ、私も見えた……茨の模様が体を這うように動いていた。なんだか少しぞわぞわするな……」
イタ吉が指しアカネが肯定する。
そうこの模様……イバラの動きともなって体を這うらしい。
理由はわからないけれど。でも本数を増やしたり減らしたりで模様の数も変化する。
多分自分が扱いきれる上限がこの模様全身占有率でわかるのだろう。
模様の動きを見ても不可視のイバラの動きは見えない。
そもそも対策としてずっと動かしていればわかりようがないのだから。
「ローズ……これまでにないくらい健康に診える。だからこそ不安だ。私にちゃんと診させて欲しい。無事に勝ってくれ……」
ホルヴィロスも自分を……私を心配してくれている声が聞こえてくる。
心配なのはわかるけれど安心してほしい。
0は0。あるべきところにあり続けただけ。
まだ自分の記憶は修復完了していない。
だから何かやらなければいけないことがあるとしてもまだだ。
せめて思い出すその時までまだ自分は眠り続ける。
だからこそ……
「アインスとツバイそしてドライの旅は、自分もファンなんだ。こんなところで終わらせたくはない。だから、旅路の邪魔をするキミには、消えてもらいます」
「神域展開!? まずい!」
自分とシーマ。
神域を両方ともに展開しだした。
自分の方が早かった。
この場合互いの神域が食い合って拮抗しあう。
そして互いを取り込もうとするのだ。
神域独特の世界を飲み込もうとするようなベールに自分とシーマだけが飲まれていく。
「主!」「「ローズ!」」
「みんな、アヅキ。少し待っていて。必ず帰るから」
空間内は酷く入り混じった奇妙な空間になっていた。
むき出しの突き出した岩たちが荒々しい荒野にいくつもの歯車や機材が生えている。
逆にきれいな一体化で荒廃した世界を思わせていた。
「意外と相性が良いようですね?」
「……私としては相性最悪に思えますがね。それで、なぜこのような場に?」
「互いに、やりづらいでしょう? 全力を出しづらいと思いまして。キミはあの装置が。私はみんなが。どうしても気になる。それに、キミは後のことを考えなければなりませんし」
「キミは後の事を考えなければなりませんし」
誰ぇ!?!?
私の心としてはもうそれを全力で叫ぶしかなかった。
ヌル? 誰それしらん……コワ……
進化自体に自分の別の面を割り当てて新たなる仮面の核にするのは進化の原則ではある。
ただこれは予想外がすぎる。
アインスやツバイやドライを割り当ててない。
というわけで戦いつつ3者会議ー!!
ヌルとシーマは勝手に戦いだして辺りに衝撃波を撒き散らしている。
私はポンと3つにわかれた。
精神的な世界でのイメージだ。
一番オーソドックスというか現在の思考のメインとも言えるのが私ツバイ。
(そしてバトル担当の〝私〝ドライと……)
(わたしだよー! アインスだよー!)
過激な方と緩やかな方のだ。
ドライはいわゆる平時ではない戦闘の時に命をしのぎ合う心。
アインスは逆に生まれてからの野生の魔物として世界に馴染み遊び暮らしたい柔らかい心。
(そんで、誰も見覚えはないんだよな?)
(あたぼーよ)
まさしく知らないねえ……
と言うか知っていたらこんなことになっていない。
私の側面としてはなんか異質だ。
こういってはなんだけれどあんな私しらんぞ?
(それはそうだろ。つーかさっきまで呆気に取られててまともに反応出来ないレベルでびっくりしていたしよ)
どうしてこうなったんだろう。
そもそも進化した直後なんか気を失っていて……
そのあと気づいたらヌルが名乗っていた。
(まー、みかたじゃない? それはマチガイないと思うヨー)
(そこは同感だな。話す節々に感じられる意図が、悪意を感じない。むしろ強めの善意を感じた)
私達の体はあくまで1つ。
互いの心理は言葉の裏にあってもわかるからね。
だからかヌルの言葉の心理もわかる。
逆に言えばヌルも他者ではないという証左になっているなあ。
(ああ……まあそうか。ならば、今のところ任せておいて問題はない、ということになるんだな?)
(でもなー、やっぱりよめないことが多すぎてなー)
そう……なんというか記憶的な部分に共有がない。
なんか色々言っていた気がするけれど。
気を失っていたのは一瞬でそのあとはグダグダ意識が曖昧なまま聞いていたからなあ。
(記憶の復元がどうのとか、〝私〝たちのファンだとか、良くわからんことをずっと話していたな)
(それとなまえだよね〜。0を名乗るだなんて、イカにもってかんじ〜)
まさか……私の前世に関係が?
そうこうしている間にも戦闘は進んでいく。
シーマとヌルは互いにあたりを殲滅するクラスの魔法を放った。
シーマ側があたりに電撃のフィールドを生み出し大地を割って青白い結晶を多数生み出す。
そこからたくさんの雷撃が走ってヌルを襲う。