二百七十二A生目 頭部
月からの攻撃を待ち構え場合によっては5大竜が本体すら動かす。
それは神話の再現。
神の時代が悪い意味でまた来てしまう。
「それをしないために、ここに来たってことか?」
「話が早くて助かります。そういうわけで、あなたたちというツテを頼らせてください」
ある意味こちらの事情など加味しないような立ち回り。
だがそれはわたりに船だった。
「よし! じゃあ俺たちはどこにいけば空にいける!? あの月まで飛んでいかなきゃいけないんだ!」
イタ吉が前足の甲をもう片側の前足の肉体へ勢いよく叩きつける。
「では、覚悟を持つものだけがついてきてください」
全員移動した。
移動中も様々なことを聞かされた。
まず片道切符なことだ。
私が目覚めれば確実に帰れるもののそうでなきゃ月からの帰還手段はほぼない。
さっさと起きたいなあ……
というか私の体無事だろうな!?
「ここから、とある場所へ移動してもらいます。まあ、勿体ぶるほどではないのですが」
「転移門ですか」
祖銀が銀色の鏡を光で生み出していく。
それは人間大に大きな鏡となって……薄くも向こう側がまるで見えない。
そして鏡のはずなのに向こうの景色が光が吸い込まれていくのだ。
「ええ。この先にいけば、引き返すことはできません。今敵は最大に油断しているタイミングです。皆様が、活躍してくれたので」
「まあ、あれだけボコボコにしたからな!」
「それに、今はちょうど合間の時間というわけか。戻って報告を受け取り、どうこうするにも一番忙しくなる頃だろうな。こっちが先か向こうが先かはわからないが、不意をつけるのは間違いない」
「良くも悪くも、神たちはみな月とこの星の合間あたりを激突地域と考えています。逆に言えば、そうでない地点で争いを起こせれば俄然有利になるのです。まあ、当然それは向こうも見越しているわけで、こうして先制攻撃を仕掛けられているわけですが」
「主戦場は当然主力が出る。そうじゃない場所での戦いこそが、今回のキモってわけだ」
祖銀の話をジャグナーがまとめる。
みんなが理解できたのを見届けてから改めて鏡の奥を見た。
全てを吸い込み続けるような深い闇を。
「いやあ……それにしても……やっぱわけわかんねえな、魔法って。こええなあ……」
ジャグナーは小さい声でそうつぶやいた。
剣ゼロエネミーと私は聴いていたけれど。
「んじゃ、旅立つ準備完了次第、飛び込もうぜ!」
イタ吉の号令で各々が決戦前準備に散る。
この先の戦いで必要なものを持ってきて。
仕上げのために全身の装備をかため。
そして何より気力体力を充実させる。
ギャグみたいだが戦いの場で1番怖いのが渇水に空腹そしてお花畑。
これらになって回らなくなった頭でだめになった戦いなんてこの世にたくさんある。
全員万全の状態になって初めて戦いの場に挑むのだ!
……私は手持無沙汰だなあ。
剣ゼロエネミーは何も言わずとも剣の修復や手入れそれにエネルギーチャージを済ませてある。
そこらへん完璧なんだよなあ。
私が声をかけてまわったりましてやギュッと寄り添って励ますだなんてできない。
その時がくるまで静かにただ待つだけだ。
戦っていた時は感じない不安が募る。
当たり前だけれどこの先戦って勝てる保証はない。
やばければ逃げて良い環境でもない。
戦争より魔王戦よりも逃げ場などないのだ。
その危険な状況に彼らは乗り込まなくてはいけない。
アレそう考えると良くみんな来てくれたな……
「蒼竜の神使よ、そのままで聞いてくれ」
突如言われ驚いた。
祖銀が剣ゼロエネミーが立てかけてある近くに来て小声で話しかけていた。
あくまで目線は銀の鏡に向かっている。
「魂の残滓に意思をこびりつかせるとは、考えましたね。とっさの判断としては最上だと思います。おかげで多くの命が助かっているようですから」
やはり祖銀にはバレていたらしい。
まあむしろアピールしたいぐらいだったし。
命が助かったかどうかは良くわからないけれど。
「これから、多くの者たちが戦いに赴きます。きっと、世界を救うかどうかより、貴女を救うために」
そうなのかな? そうだといいな。
「貴女は種族の超えられない垣根も超えて、多くの者と友誼を結びましたね。羨ましいことです。神は、基本的に一方的な関係ですから」
それをいう祖銀の顔がどことなく淋しく見えた。
銀竜の立場を引いたのはそういう竜もあったのかな。
「だからきっと、彼らならば奇跡を起こせます。ワタクシはそう思っていますし、貴女もそう願ってください。彼らは、貴女を信じているのですから」
……ちょっと気にかけてくれたのかな。
たしかにナーバスになっていた。
何せ自分にできることはないのだから。
だけれどもこうなって初めてできることがあると教えてくれた。
託して祈ること。
願い想うこと。
これがどれだけむずかしく苦しいか。
祈ることしかできないだなんてなんてもどかしい。
それでも今は……
「彼らを信じましょう。神は信じられる者ですから」
今はただ彼らの無事と成功を願った。
みんなが無事この戦いをくぐり抜けれますように。
時間になった。
大きく拡大された鏡はノーツだろうとドラーグだろうと飲み込むだろう。
……ちょっと嘘。ドラーグは分割して中で合流してもらう。
みんなの気力溢れる姿を見て再度強く祈った。
「あれ?」
「うん? なんだか……」
「おや、主ですね。主の香りがします。主の力でしょう」
「うわいきなりなんだお前」
誰がともなく声をもらした。
一体何なんだと思っている間にアヅキがはしゃぎだしたのだ。
怖いわお前。
今の私はあくまで剣ゼロエネミーにこびりついた残滓みたいな意思。
スキルは行使できないはずだ。
実際かけらも光は輝いていない。
それなのにみんながみんな胸に手を当てたり耳を澄ましていた。
アヅキはなんかはしゃぎまわっているが。
「詳しいことはわからないけれど……ローズなのは間違いないと思う。根拠はないけれど、なにか力がもらえた気がした」
グレンくんまでそんなことを言い出した。
「魔法はこええが、このあったかくなるような力は良いな。まるで武勇の加護だ」
「あいつ、どこかで見ているのかしら? 自力で脱出しなさいよね」
「ローズ……今兄が行くからな」
「僕も行くよ、ローズ」
みんなが口々に言葉をつぶやいていく。
その時に初めて私は別のものが見えた。
言葉を交わすたびに彼らの間を高速でエネルギーの粒子が……そして精霊が飛び交っていた。
精霊は普段私の魔法を補助してくれる謎の存在。
この世界の存在ではないとも言われ見える者はごく一部。
ここにはいないがニンゲンのバローくんが研究しているのも精霊だ。
それが今たくさん見えていて非常に幻想的だ。
こんなことあるんだ……初めて見た。
そして彼らは言葉を受けてエネルギーを運び届けているようにも見える。
この光景を見られるのはきっと祖銀すら無理だろう。
祖銀は何も言わずみんなを見ているだけだ。
目の前あんなちょろちょろされて眼球1つ動かさないのは視えていないからだ。
彼らはきまぐれでこちらを気にかけたり突き放したり。
理外の存在で理外の力を持つ。
少なくとも今……まるでみんなの祈りの言葉に突き動かされ応援しているみたいだった。
なんだか不思議となせばなる気がしてくるから不思議だ。
「よし、お前たち、行くぞ!」
「「おおーー!!」」
「ゲート、開きますよ」
ジャグナーの掛け声で拳をみんな突き出し進んでいく。
銀の鏡はさらに内側へ光が流れるように空間へ食い込んでいく。
イタ吉が先陣を切って飛び込み他の面々も次々入って。
最後にジャグナーがおっかなびっくり入っていった。
「任せましたよ……今を生きる者たちよ」
剣ゼロエネミーもゲートが閉じる前に飛び込んだ。
景色はすぐに変わる。
そこは……空っぽかった。
「ここは?」
「とにかく高いことと、足場のこれが結構大きいのはわかるな」
「浮島、みたいな?」
イタ吉が尋ねるけれど誰もわからない。
クライブが足を踏みしめるそれは草が生い茂った島にしか思えない。
ここがかなり高そうな場所でなければ。
グレンくんもそう思ったらしく適当なファンタジー知識を当てはめる。
だとしたらなぜ浮島になんか連れてこられたのだろうか?
『みんな、来たね』
「何!? 念話!? どこから……」
ジャグナーが察してあたりを見回すがそれらしい者はなし。
影はあれど姿は見えずというやつか。
「ん。パパ。コレは下からきてる」
一方ドラーグのそばについてきたニンゲンのコロロはドラーグに指摘した。
それを聞いてみんな地面の方へ注目する。
『そう、正解! 儂ははじめましての者がほとんどじゃな。儂は翠竜と呼ばれておる。今お主たちが足場にしておるのは……儂の頭じゃ』
「翠竜様……!? ……頭部!?」
『おや、翠地の子がおったか』
相変わらず軽い子どものような声色で不釣り合いな老いた言い回しをする。
それに本気で困惑するのはクライブのみ。
他はそこまで深いことはわからない。
翠竜の頭部。
それは長年見つからなかった翠竜の部位。
翠の大地の住民にとっては信仰対象であり希少な体液によるエネルギーを得るためのもの。
そして伝説として頭を見つけたものは大陸すら統べるとも言われている。
それがはるか高高度の空にひっそり隠れるようにあるだなんて誰も思わない。
いや例えそれらしい空の存在を見つけてところでどうやっていけばいいというのか。
その翠竜頭部の価値観は翠の大地に住まう者たちの根底にある。
なので真の意味ではクライブしか驚きを共有できないのだろう。
私もそうなんだーぐらいではある。
「とにかく何だって良い。俺達はこのまま行けるんだよな!?」
『もちろん。任せておれ』
足場が揺れ出す。
この浮島の周囲をよく見ると下側が積乱雲のようになっていた。
もちろん詳しいことは後で知ったんだけれど。
ともかくこれが動き出しているのがわかった。
雲からゆっくりと抜け出して……
さらなる空へどんどんと加速していく。
「だ、大丈夫なんでしょうね? ずいぶんゆっくりに思えるけれど……?」
「いや、多分この大きさ、それに加速する段階的に……これ、肌で感じるより、ずっとずっと速くなってる!?」
ユウレンが当然の疑問を口にしたらグレンくんが周囲を見渡し話ながら結論を出す。
ここは速度を比較するものが少ない空。
そこで巨体が上へ行くというのは……
もし体にかかるGが少なければあんまり動いていないんじゃないかと錯覚する。
だがグレンくんはそこを見抜いた。
そしてイタ吉が空を指差す。
「おおっ!? あれ、風の膜ができている! あれで守られているのか!?」
加速しても体に負担がかからないように空の彼方へ結界が見えた。
空が風を流していて加圧すらも流しているのか。
本來なら加速にかかる肉体への負担はみんなほとんど感じていないように見える。
魔王戦の時に魔王の中では重たいGを感じなかったような感覚だ。
『星の外へ出るぞい!』
一瞬大きな揺れと共にさらなる加速をした。
独特な深みの有る青の空はさらに変貌して行き……
黒く。黒く染まっていく。
「またここへ来るとは……」
インカ兄さんがつぶやいたのは前の魔王戦のとき。
あの時見た宇宙がここに広がっていた。
「あ! アレ見てください!」
たぬ吉が指したのは上。
月側だ。
宇宙まで来るとわかったが月からと地上の星側から淡い光が伸びている。
互いの光が途中で手を結ぶかのようにくっついていた。