二百七十一生目 終末
スイセンは絶世美の神から聞き出した。
絶世美の神は何かやろうとするたびに締め上げられ悲鳴をあげていたそうだ。
私もこういう拘束儀式喰らったら本当に危ないかもしれないと思っていたら……
周囲から色々補足が入った。
いわく初見殺しのためそもそも知っちゃったら二度目はない。
いわく神の力に頼らずとも戦える面々に取っては相性の悪い拘束である。
いわくそもそも条件を揃った環境を用意するのが難しすぎる。
周囲に恵まれた山たち。
そして中央に鎮座する神殿。
今回の場合……スイセンの家。
発動技術も難しくスイセンのように超遠距離で起動し狙いを違わず当てねばならない。
本来は腕利きのニンゲンたちがたくさん寄り集まってなんとか発動できるものなのだ。
そして実はこの儀式……失伝している。
いや記録上はあるのだが。
あくまでどこかの禁書庫とか金庫に眠っている類の情報。
当然実演可能なように訓練したニンゲンは現存しない。
スイセンはたまたまこれを応用した技術をずっと使っていたから知っていただけだ。
そう……魂を抜くミューズづくり。
神力を神の肉体から引き抜く儀式とニンゲンから魂を抜く儀式は実に近しいものだという。
規模感なんかは全く違うが。
それでもスイセンからしたらほぼ唯一の抵抗手段だったと言っていい。
「んじゃ、ここらへんで、じゃあね〜」
「ま、待てっ、話せばわかる、だ、だから今ならこの私を解放させる権利を!」
「あぁ〜、そういうの間に合ってるんだよねえ」
スイセンがぐるりと向けた下側。
その先にあるのは……沼。
浅く泥によくまみれた沼だ。
ここに来るまでかなり距離を離したあげくこの神にマーキングをしておいた。
どこの距離でもわかる念力の追跡能力。
スイセンはこういったことだけには長けていた。
「ま、ほんと、待って! 謝るから、ふざけているだけよね、お願い、ほら、ここで落とされたら汚れちゃう、信じられないほど汚れちゃう!」
「なんだ、絶世の美しさを誇っているのではなかったの? だったらさあ……泥の中でも輝けるよね」
「ち、違う! ソレは話が違うから! 私の美しさは失われなくても、純粋にメチャクチャ嫌で……!!」
「アハハハハハッ」
その笑い声はまさしく腹の底からおかしいような。
むしろ乾いているような笑い声で。
「バカにしてる?」
その顔に咲く花はひどくシンプルな白だった。
絶世美の神はその冷たい声に初めて冷ややかな害意をみて。
顔がかたまり口を閉じた。
「わかってる? お前はさ、他柱の神域を散々汚染したの。さらには、絶対的に力を奪われ、最終的にはこの先、あの仕掛けを解くつもりはないから、近づくたびに発動する。遠くからも力を感知して逆に拘束する。わかる? もう二度とボクには逆らえない理由と罪があるんだよ」
なお嘘である。
あの罠は完全な使い捨てらしい。
というか2回目だなんて想定していない。
もともと荒神を鎮める冷たき封印だ。
次はないという使い方しかされてきてはいない。
だがそれがバレたらまた襲ってくるとスイセンは考えた。
スイセンが望むのはこういった暴力に晒されない環境だ。
なのでスイセンは演じる。
絶対的な差と心を。
「だからお前に次はないんだ。ボクらは二度と会うことはなく、キミはおそらく空の月に再度封じられる。わかるかい? もう一度はない。ないんだ」
「わ、私は……」
絶世美の神が何かを話そうとした時。
ついにスイセンは念力を離した。
「嫌ぁぁぁぁぁーーッ!!」
「だから、二度と来るなよ」
たいしてそこまで高くないのですぐに着地する。
にぶく泥を巻き上げた。
スイセンは跳ねるのを防止に念力でガードした。
「はあ、疲れた」
戦いはこうして終わった。
スイセンはその後帰還して張っていたが結局相手は数週間もの間封印から抜け出せなかったらしい。
その後は……まず本筋の話をしたほうが良いだろう。
4柱はこうして自分の危機を乗り越えた。
そしてアノニマルースも激闘を乗り越えつつあったのだ。
それこそ戦役という意味ではたくさんの作戦をこなし多くの激戦があった。
ただそれをガチガチに書いていけばいいかといえば別。
まあ集団激闘がたくさんあって押し込んでいった。
そして。
「勝ったぞ!!」
誰かがその勝鬨をあげた。
ソレは敵軍が本格的に崩壊して……そのまま押し込めたからだ。
凄まじい戦闘を繰り返しどんどんと迷宮を追いかけ回す。
逃げるための道は皇国軍が塞いでいて。
足りない数はどんどんこちら側が足されていった。
最終的に参加国には蒼と朱と翠の大地が合わさった超大連合軍になった。
普通はこんなことはならない。
世界大戦クラスである。
こうなるともうこの星対月みたいなもんだ。
たくさんの戦いが巻き起こり結局敵軍が散り散りになるまで押しつぶされた。
人形たちは各個撃破され戦闘長はおそらく早めの段階で離脱。
そもそもかなり削っていたからね戦闘長。
そうしてたくさんの激闘の末に敵軍は機能を停止した。
それもそうだ。
指揮していたメンツがいなくなったんだし。
むしろ良く戦った方である。
ニンゲンたちと違って自分たちが負ければ命がどうなるかわかんないのでやたらめったら暴れたのである。
気にしなくてもこんな大量の魔物を殺せるはずもないがしるよしもない。
魔物はたくさん死ぬと世界のバランスが崩れるからね。
再度魔王じみた何かが生まれても困る。
そもそも環境を守らないとあっという間に色々駄目になるのは各国そこそこ知りだしているし。
というわけで彼らは片っ端から取り押さえ斬り伏せられた。
魔物って斬り伏せられてもそうそう出血死しないからね……
というわけで彼らの今後は各国が協議して決める。
たくさん拿捕した分の食料も悩みどころ。
少しの間なら向こうの持ち込み分がある。
その後はとりあえず出せるものはアイスになる。
……とりあえずで出せるものがアイスのアノニマルースって今更ながらなんなんだろう?
まあ仕方ない。量産可能といえばアイスなのだからうちは。
まあ戦後処理はしたいところだがまだなのだ。
「ここまでは前哨戦だ!」
ジャグナーは作戦会議室で声を張る。
ここにいるのは普段の軍議メンバーではなく剣ゼロエネミー含む私の周囲にいる面々だった。
イタチのイタ吉。たぬきのたぬ吉。
ドラゴンのドラーグ最小サイズ。カラスアヅキ。
アンデッドを造る死霊術師のユウレン。
前で立って話しているのがクマのジャグナー。
ダカシとアカネ兄妹。
元勇者グレンくん。翠の大陸の冒険者クライブ。
ゴーレムのローズクオーツと小型ユニットで遠隔通話しているノーツ。
真っ白な犬のような神ホルヴィロス。
そして兄インカローズと弟ハックマナイト。
本当はまだまだここに来たい面々はいたらしい。
だけれど彼らはその分いまアノニマルース内外で働いている。
負担をわけなければならないというわけだ。
「俺達は月のほうへ乗り込み、推定人形の神を討つことでこの騒ぎを終わらせる! 相手は神だ、生半可な戦力では押しきれない。よって、現場へ行くのは精鋭になる」
この点はたぬ吉が深く頷いた。
つまるところたぬ吉のようなバックアップメンバーと……
さらに直接戦闘をするメンバーで乗り込むということ。
自分が戦いに向いているかどうかは自分たちがよくわかっている。
そこで揉めることはなさそうだ。
「そして重要なのは乗り込み方だ! ノーツやジャグナーの背に乗れば、一気呵成に乗り込むことができるかもしれないが……」
「うん。ここからは俺が。それでは途中までしかいけないって話をするよ」
ジャグナーがグレンくんに視線を送る。
グレンくんはかわりに立ち上がった。
「月のある場所は宇宙という、地球より遥かに高い位置にある空間です。そこは広大で、空気も重力、つまり地面に立ち続けられる力もなく、気温も極端……まともな生物は生きれる環境から外れています」
「うわぁ、それは大変ですね……」
「なにより、星は引力というものがあります。星から脱出するためには強力な力で一気に空へ飛び立つ必要があり、かなりパワー不足かと思います」
「いけそうなものなのだがなあ」
私はそれらの話を横に聞きながら思う。
やっぱグレンくんは前世のことしっかり覚えてるなあと。
私は引き出そうとしないとうまく引き出せないんだよなあ。
そのかわり引き出した記憶はかなり正確に再現できる。
まあそういう個人の差かなあ。
「もし、主がお呼びくださればいつでも馳せ参じるのだが……」
……覚えておこう。
「そういう現実的じゃないのは置いておくしかない。何せローズの意識は奪われているらしいと、聞いている」
「ああ、意識を失ってみえた。今もそうなのかはわからん」
クライブが補足をいれる。
「それだとすると、やはり俺達が直接いくしかないが……宇宙か」
ジャグナーとアヅキは無理やり宇宙にいかされたことがある。
あの時は大変だった……
ただ制御は他の神にまかせていたが。
だからあの時の神たちに力を借りれられればよかったが。
今神たちは月の相手に夢中だしそもそもあの星域はこの星より結構遠かったはず。
こっちの世界はなるべくこっちでどうにかしないと。
というわけで行き詰まってしまった。
が……
「ここでいいかな? 話がある」
「お、おい! 誰、だ……」
「あなたは……」
一瞬場が色めき立つ。
乱入者が登場したからだ。
しかしてそれは希望の銀白。
長い尾と角が銀色に煌めく特徴的なニンゲンみたいな存在。
しかしてそれは小さく化けているだけの神。
「ええっ、どうしてこんなところに!?」
たぬ吉が気付いてすぐ立ち上がる。
「皆さん、ワタクシが祖銀です。いわゆる、引退して代替わりした銀竜ですね」
祖銀がここにいた。
美しき魔女のように見える祖銀は会議室にいるたくさんの魔物たちを見回して頷く。
シンとした部屋の中で口を開いた。
「移動手段ならば、提供できますよ。むしろそれぐらいしか出来ないのが心苦しいほどですが……」
「お前ら神が直接行って、というのは難しいんだな?」
「はい」
ジャグナーの問いにまっすぐ答える祖銀。
真摯ながらも……ある意味どこか突き放しているようにも聴こえる。
「そんなっ」
「我々も事態解決に全力で取り組んでいます。だからこそ、早く動くのは難しいのです。我々の分神体はそこまで戦力としては高くなく、月との戦いに備えるのが本領。さらに、現在各地で神たちが謎の襲撃を受けています。間違いなく月の尖兵でしょう。これも待ち構えることへの阻害となっています」
後で知った4柱の顔の無い神たちが受けた襲撃だが……
あんな戦いが各地であったらしい。
しかもなんとかキレイに返せているのは良いほうで殺到して封圧されたりさらなる妨害を喰らい続け何日も戦いがもつれ込む神も。
「全盛期の頃よりやはり、力は落ちています。一番活発な朱竜も、ご存知の通りです」
はい。本体倒しました。やらなきゃ星が吹き飛ぶところだったので後悔はしてない。
ただ力がもったいない……!
「そして、もし分神や現行勢力で迎えきれないと判断したら……全5大竜が、本体を動かします」
「おいおい、それって山脈とか大地の一部が動くってことか……?」
イタ吉が実際の光景を想像して冷や汗を流す。
いや……かなり……むしろ結構……
「ええ。そうなれば……世界が混乱に陥るでしょう」
祖銀はあくまでさも当然のように言い切る。
なぜなら祖銀にとってここは前提の話だから。
本体は本当に世界が終わるかもしれない前提で動かすしか無い。
それこそ対魔王の時みたくだ。