二百六十七A生目 敗北
両性の神はキレて。
怒り。
両方の顔から舌拳を取り出す。
その舌を……違いの顔に手を広げて当てる。
「「ごぬぬぬぬぬ……!!」」
それは恐ろしい見た目をしていた。
今までの紳士淑女じみた雰囲気を脱ぎ去り。
月に閉じ込められここまで歩くのにすべてを自分の好みに捻じ曲げた……
その悪神としての姿が。
「「ガアアァァァ!!」」
「うわぁ」
頭たちが……取れた。
本來ならグロい光景になるはずだ。
しかし首から出てきたのは……杭。
それはおぞましいほどのオーラを漂わせていた。
肉を裂いたというよりもそう……
まさしく何かを封を解いたような雰囲気。
(というか今、キュッポンって音しなかった?)
VVはあまりの光景に怖気付きかたまってしまう。
その間にも変化は進む。
真っ黒なオーラが首の隙間から溢れ一瞬で巨大な肉体を包み。
純白の姿があらわになる。
「えっ!?」
翼だ。
ソレは純白の翼。
鳥のものだろうけれど2対4枚もあるはずもない。
そして翼が開くと内側からは……美しい羽毛とヘビのような鱗が相まみえた存在が。
非常にシャープなニンゲン風にも見えて胸元に羽毛が特に多い。
同時に生えた腕は明らかに筋肉が浮かび蛇鱗の上からもよく見える。
長かった尾は立派な尾羽根に変換されていた。
そして何より。
顔である。
ニンゲンらしい顔が1つ。
顔の上半分が羽毛に覆われて下半分はむき出し。
そのためか性別がどちらともつかない顔。
「……どなた?」
「「ああ、この姿はあまり好みではないのだ……美しくないし、格好良くもない」」
(どこがだよ!)
その姿はまるで天使のようだったという。
VV的にはさっきの姿より断然すごいと感じていた。
まるで壁画に描かれる天使の絵だ。
むしろどこか憂いているような表情こそが絶対的な存在のような雰囲気を高めていく。
醜悪な中身であるとされる危険な敵だがそれは息を飲むような美しさ。
オブジェもコレと共にあれば映えるだろう。
声は先程の2つの声が合わさって聴こえる。
「「はぁ……悲しいですね……もう戦いは終わりです」」
「なぁにを言っているのカナ? ぐっ……!? な、なに!? いきなり押され始めた……!」
景色がかわりだす。
蹋頓に周囲の者が別の景色に侵食されていく。
これは神域の上書きだ。
VVのように空間に先にあった神域を乗っ取るというのは相当に困難で普通はやらない。
そのやり取りで疲弊するからだ。
戦えなくなる。
相手の神域で戦うというのは苦労するが乗っ取るのはそれ以上だ。
一瞬自分の神域を内側に展開するのとはわけが違う。
言ってしまえば神域を……食っている。
「なにさ、それ! さっきまでと全然圧力が違う……!」
「「当然です……先程までは封印しておいた力ですから……だけれども、あまり長い時間このような姿にはなりたくありません……すぐに決着をつけます……」」
先程までと違ってダウナーな雰囲気の両性の神。
だがあっといぅにVVの周囲は奇妙なオブジェクト溢れる空間にされた。
奇妙さもそうだがこの場にしか足場のない天井のない空間。
もう逃げるには倒すしか無いということだ。
両性の神は生えた足を1歩も動かすこと無く身構える。
逆に機動性が落ちていそうな雰囲気すらあった。
(こっちの設備や装備も取り込んだから、なんとか残りの本命は起動できそうだけれど、何をされるか読めない……!)
VVもずっと手元で魔力を練っていた。
やれるかもと話してはいた応用魔法。
エイナが話してくれた伝説の技。
だが相手は待ってくれない。
……急にVVの目前に両性の神が現れた。
「「スッ」」
「えっがっ!?」
そしてVVはくの字に折れ曲がる。
早すぎてVVには攻撃が捉えられなかった。
腕がいつの間にか体を捉え殴りとばしていたらしい。
両手を広げ掌底打ちをしたらしい。
VVは結界がまた割れる音を聞きながら空に浮かぶ。
(マズイッッ)
次直撃したら連続しては受けきれない。
両性の神はそのほとんど外から見えない目でVVを冷淡に見つめる。
そしてワープをするかのような高速ジャンプ。
来るとは思っていたのでVVは歯を食いしばり雷撃を身体から走らせる。
電磁浮遊が常にできている以上こっちは魔法ではない。
VV自身の能力だ。
(攻撃力は薄いけれど……!)
目の前に迫った両性の髪はその雷撃に触れそのまま突破し。
膝を飛び上がる勢いではね当てる!
「ひゃあああ!」
VVが激しく吹き飛んだ!
しかしてとうの両性の神はなんとも言えない表情で固まる。
凄まじく炸裂した光だったけれど……
「「……空振りました。なぜ」」
一方VVは奇跡的にそこらのオブジェへ吹き飛び場外へいかずに済む。
電磁富裕を活かしてスレスレオブジェに着地。
そしてくるりとスカートの中を見せぬように着地。
VVは無い足を見られるのは嫌いだ。
「あっっぶなぁ……くらくらする……結局痛いし……」
タネで言えば電磁浮遊だ。
こっちの電磁浮遊と相手に浴びせた電磁を反発するようにした。
これにより勢いの良い攻撃は磁力が発生してむしろ空を切り勢いよく吹き飛ぶ。
もちろんこれは痛い。
そもそも光はかすってしまう。
装備品の効果によるガードの上からでも多大な被害がVVにあった。
さっきまでよりも1撃が大きい。
結界が回復するまでもう受けられない。
というよりVVの心が持たない。
配信でどれだけ叩かれていてもまったく堪えなかった心が物理的に殴られて今折れそうになっていた。
ちゃんと吐きそうである。
フラフラである。
なぜここまで戦えたのかとVV自身も不思議に思い……
(ああ……エイナ)
結局あまりにベタで今どき誰も振り向かないような。
あまりにくだらなくしょうもなく。
小さな小さな自分だけの理由。
(それが自分だけでは足りない一歩を踏み出させてくれる!)
VVに足はない。
だけれど今たしかに誰よりも大地を踏みしていただろう。
「「逃げられても、叩きつければ変わらないですね……そろそろ終わりたいので、絶対に勝てないと諦めてください」」
「絶対ヤダ」
VVはあどけない顔で挑発する。
ただこれは相手の感情誘導ではない。
自分への強がりだ。VV自身は言わなかったけど私にはわかる。
だがそういった顔のほうがときには他者の心を動かす。
両性の神はピクリと顔の筋肉を動かし……
大きく構えを変えた。
今までは明らかに静なる構えだ。
だが今度のは拳を握りしめ腕を引いた。
足は棒立ちなのは多分そういう仕組みなのだろう。
「「ならば、二度と立てないように砕きます」」
「上等!」
VVは杖を握りしめた。
さすがにVVも見えないなりに読めてくる。
また真っ直ぐ来てぶっ飛ばされると。
攻撃に使える手は少ないものの杖を使えば電気系スキルを扱える。
魔法とは別枠だから今VVが準備していることとは別にやれた。
杖を杖として振るうというよりは……杖をつかう。
「杖よ!」
目をまたたいたらどうせ目の前に来ている。
だからVVはソレ前提で……杖を掲げる。
雷撃が光をまとっていく。
そして両性の神は一瞬で間をつめる。
拳を既に振り抜き……
「「おやっ」」
目の前に杖から放たれた雷撃は空へのぼったあとVVの目の前へ落ちる。
動作速度的に完全に攻撃をおいていた。
直撃したのは言うまでも無い。
その感電による怯みと痛みで僅かに拳が止まり遅れる。
VVも止まった拳は見えた。
ギリギリで避けるなんてできないので体を全力で両性の神へ近づけて……
反発して遠くへ跳んだ!
「ぎゃあああー!!」
「「あらら」」
やった方とやられた方の声が真逆だがソレはしかたない。
あくまで吹き飛んだのはVVだ。
またギリギリ床に叩きつけられそうになり。
電磁浮遊で無理やり浮いて回避。
姿勢を低く構える。
じゃないと多分すぐまた殴られる。
(まだ……)
急速に迫る両性の神。
VVはまったく目で追えていないから一瞬で来ているとしかおもえない。
だから装置の起動も確実にくると分かっている自分の元に放つ!
「ぐうぅーー!」
また殴りかけられた所オブジェから雷撃のエネルギーが放たられる。
オブジェの中身は電極のグッズ。
もともと感電網のように魔物よけに使えないか悩んだ品だ。
今回もオーバーブーストさせてある。
魔物避けにしては過剰なほど光が走り視界を焼いていく。
両性の神はそれを両腕で受けた。
VVはまた同じようにして離脱。
ビリビリにやられているのは両性の神なのに相変わらずダメージはVVのほうが大きそうに見えたとか。
「くぬぅぅ!! ほんと、死ね! 馬鹿がよ!」
「「まるでおじさんのようですね。いえ、わかっていますが。面倒ですね……次は手を変えてみますか」」
さすがに両性の神にVVが本来の性別はばれていそうだ。
さて両性の神も考えて息を変え手を変え実は攻めている。
VVからしたら全部見分けがつかないだけだ。
なので愚痴……ではなく報告を聞いた私も推測するしかない。
VVが息を1回する間に宙へ飛ばされている。
だが今回はVVの目にもわかりやすかった。
事前に拳へ光が集まりだす。
これは……
「「フッ」」
振られた拳の圧が形となり襲いかかる。
光飛ばしだ!
VV的には最悪である。当然離れた拳に電磁力はない。
(わあぁ、来るっ!)
さすがにこれは見えた。
見えちゃったからこそ恐ろしい。
へたに体を引くしかできない。
VVは当然飛んで来た拳圧が入った。
「ぐあっはっ……!」
結界再生も間に合っておらず装備効果で緩和する程度しかない。
つまるところずっと避けたかった武技のヒット。
全身からあらゆる気体が抜ける。
空気を吐ききって魂的なものすら抜けたような気になったそうだ。
1撃大きいのをもらう。
それは特に戦闘慣れしていない者にとっては取り返しのつかない致命傷にすらなる。
受け身すらとれず地面に落下。
「……!」
死んだ。とVVは思ったらしい。
何せ息ができなくなった。
意識が明滅している。
VVは倒れた。
どうしょうもなく疲れ切り全身が麻痺して。
しっかり床に倒れ伏して。
(エイナ……ごめん……)
誰かのために立ち上がれるほどVVはヒーローではなかった。
それは至極当然で誰だって息すら出来なかったらこうなる。
VVは神である以前に素体はニンゲンなのだから。
生命力が尽きる前に身体は行動不能となる。
何より心が折れるものだ。
だから……自分に満足できたと言い聞かせて。
パチリッ。
(今更かよ……)
VVはその音を聞いて苦々しく笑う。
準備が終わった証。
最後の反撃のための力。
(あれ?)
そこでVVは気付いた。
今まともに息すら出来ていないのに……反撃のために集中していた魔法を構築していたことを。
自分はなぜこれを手放していない? と。
(そうか……アタシってつくづくアイドルだね)
流れてくる力は誰かたちの祈り。
……リスナーたちの祈り。
そして思い浮かぶのはおいしいなという映えを意識したこと。
なにより浮かんだイメージはたくさんの愛を受ける自分自身そのものだった。
エゴイックに。非情に俗っぽく。そしてなにより……
神なのに神らしくはないそんな姿。
誰かのために立ち上がれなくても。
誰かの声援を受けて力がわいてくるのよまたアイドルなのだ。
「「さあ、私の下へくだりなさい」」
「……ぐ」
きっとその思考が巡っていたのは僅かな時だったのだろう。
両性の神はまだ何もしていなかった。
立ち上がる時間は今しかない!
「ぐぐぐぐぐ………!! まだ、だぜ、おいっ」
VVは懸命に立ち上がる。
別に気合が入ったからと言ってダメージがなくなったわけでもない。
相手の恐ろしさがむしろ骨身にしみてもはや震えは止まらなくなっている。
それでも、立ったのだ。