二百六十三A生目 年齢
「ん、なんだこりゃ」
シンシャがやっとこさ植物の山から抜け出した後。
さっきまで敵の鳥神がいた場所に何かがあった。
光り輝く怪しい結晶。
シンシャも一応知識としては知っていた。
これは神力の塊だ。
自分の色に染め直せたならば神使を新たに作るのに役立つもの。
ただそれがあの一瞬で生成したというのか。
見ていたら持ち主がなくなり不安定なのか消えそうだ。
「……相手の正体を少しでも知りたい。だったら、ええいままよっ」
面倒なこと起こりそうだけれど取らずに追い回されるより面倒なことはないと踏んだ。
それに触れればすぐ変化がわかる。
自分を飲み込み。自分が飲み込む。
実に不思議な感覚だったという。
(これは、儂に近い? むしろ儂のような……無限、無限の神というのか)
情報が流れ込む。
相手は無限の神と言うらしい。
実に危険な響きだ。
「むむ……これだけか。流石にもっと集めねば、儂にどうこうできるほどの力は集まらんの」
シンシャは己の体についている金属の取っ手を引っ張る。
すると体が開いて中から液体金属が漏れ出す。
いわゆるファスナーだがそんな単語名がこの世界にない以上彼もそんなに理解しているわけではない。
こぼれたひとすくいの液体金属はシンシャの神力が変質したものそのもの。
このひとすくいの分だけ怪しく輝いている。
先ほど拾った力だ。
「うーむ、これは多くの生物には毒の力じゃなあ。儂の内側からも食い破ろうとしてきた。まあ、儂の人としての部分は危険じゃが、神としての部分はむしろ相性がいいの」
液体金属は怪しい輝きをたたえるだけで壊されることがない。
シンシャはニヤリとしてから袋に詰めた。
「お、他の力に引き寄せられてるな?」
袋に入れた輝く液体金属。
それが向ける方向で輝きの強度が変わるのがわかった。
同時にそれは本体がいる方向でもある。
「ようし、パワーあまりある若者を面倒くさいことに巻き込んだこと、後悔させちゃる」
それでも勝つために。
というかこの面倒なことから抜け出すために。
シンシャは再度歩みだした。
(……いる)
散策すること数分。
だんだんとこの森にも歩き慣れてきたそうだ。
その頃にやっと次の神力の塊へたどり着く。
普通の神はこんなふうに神力を撒き散らして歩いたりしない。
無限の神だからだろうか。
そして鳥神の姿も見えた。
今度は神力を中心に外部に漏れるのをカットする。
さっきみたいに全体をカットするスキルだと動き回れなくなる。
さっきの鈴……幻惑の鈴の効果でごまかせることを期待するしか無い。
鳥神は後ろを向いている。
木の陰が覗いているが……飛びだった。今!
「っ!」
軽快とまではいかずとも迷いない足運びで駆ける。
速度が出ているのは風魔法の補助効果だ。
神力の塊を広い飛び込んで木の裏へすぐに潜む。
高い草むらの奥までいけばもう上からは見つけられない。
汚れるのは慣れていた。
(これで2つめ……これは記憶か)
月から抜け出してきたときの様子。
シンシャはここではじめて相手が脱獄してきたことをしった。
(月に捕まっていた神どもじゃと!? まさかそんなことになっていたとは……それに、この記憶って……いや、まだ確定ではないのう)
また液体金属を身体から出して袋に詰める。
次の方角へ。
「無限の神、かぁ……越殻者の儂が言うのもなんだか、胡散臭いのう」
神の力を持ちし者たちの総称越殻者。
普通神は名乗らない。
だがまだ人としての意識のほうが強いシンシャにとってその言葉の響きはなんとも舌に転がしやすかった。
「よし、ここで3つめ。はぁ、ひざがつらいっ」
その後も順調に集める。
鳥神こと無限の神はいたりいなかったり。
まさしく誰かを探して回っている。
言うまでもなくシンシャを探していた。
4つ5つ6つと集めていく間に無限の神の情報も集まってくる。
この神域は円状なのに途中でねじれているようになっていて繋がっている。
地形ごと……重力ごと。
無限に囚われている円環。
それがこの場所。
シンシャを襲撃したのはシンシャがやはり似ていたから。
同種の力に惹かれ襲撃し自分の者にしようとした。
取り込もうとしたのか……? とシンシャは語る。
そして早贄したわけは普段ああしておくことでそのうち神を自身の無限の内に取り込める様子だったそうな。
だからこそイレギュラーが起きて困惑している。
おそらくここが月ではないがゆえに。
そして……シンシャはあまりに近い寿命操作の神がゆえに。
どこか途方もなく違うようにみえてその2つはどこかに近しい。
そのことを神力集めしたシンシャだけはしっかりと理解した。
「次で10個目じゃ」
既に小袋の中は水銀でいっぱいだ。
相変わらず無限の神は幻惑を追っている。
……幻惑の鈴。聞いたものに深い霧を訪れさせる。
その霧の中にいる者はありもしない幻影を追い本物は隠されてしまう。
そう。霧も影も無限の神が見ているのは幻だ。
それもなんとも分かりづらい違和感のないような幻惑。
使用者であるシンシャはそこまで効果は受けていない。
自身が似た効果を扱えるのも大きい。
実は霧も自前のを生み出せるそうな。
だがそれは魔力の霧。
幻惑の霧とは違い追い払えるうえ魔力出力感知されやすい。
その危険性を試みて使い捨ての鈴を使った。
その効果はある。
問題はそろそろ時間切れか。
それに……
(めっちゃ警戒してるんじゃが)
無限の神はさっきまでと違ってメチャクチャ待ち構えていた。
それで全貌がハッキリ見える。
その姿は……虹色の不可思議な鳥。
半透明のような炎のような。
同時に物質めいている羽根を全身に纏うそれはまさしく……鳥というよりも現象に見えた。
迸る無限のエネルギーを抑えきれずに形になったそんな姿。
それが10個目の神力塊を前にギョロギョロ見張っている。
向こうもいろいろ察してきたというのもあるだろうし……
(小袋にこんだけぶら下げていれば、いくらなんでも目立つよのう。若さに免じて見逃してくれんか)
自分の神力が自分以外から強く感じとれる。
それがどれほど異常なことか。
相手が知能の低い現象に近いタイプの神でなければごまかすのは難しい。
堂々と見張っている。
(良くわかってらっしゃる。そう、儂のような……儂たちのような者の本質は、あまりに弱く脆い。正面戦闘になったら……いや、あまりにも面倒じゃいな)
シンプルに真っ直ぐ行けば強いほうが……その場の支配者が勝つ。
レベル差もだがやはり自分の神域というのは強いものだ。
リュウの全力は自身の神域だからこそ出せたものでもある。
つまるところ逆転の目はシンシャの手元にあるものだけ。
神としてはありえないほどにこそこそ潜み隠れ上位者の機嫌を伺うような立ち回りこそ今シンシャを活かしている。
その手にナイフを隠しながら。
(……ダメだな。持久戦だと単なる人間の体であるこっちが詰む。それにメンドクサすぎるな。おそらく、集めたエネルギーでやれることがある。10個ならギリギリで……それで脱出する!)
シンシャはこれまでの情報と集めた力でおそらく反撃できると踏んだ。
チャンスは1回。普段ならこんな博打は打たない。
変わらない日常を。救いのある毎日を。
そんななるべく平坦な道を選ぶ不死旅団の生き方とは違うまるで馬鹿な道。
それを行くのは覚悟が必要だった。
「……っし……行ける……やれる……ああくそ、ガラじゃねえのう……」
自己暗示を試みるがうまくいかず。
悪い意味で自分がどの程度動けるかの把握はできている。
間違いなくシンプルに勝つことは困難。
手をつくし魔法をつくし道具をつくし。
そのうえで神の力を尽くしてやっと辿り着く先。
その先に目の前の無限の神がいる。
無限の神を打ち破る算段はあってもその前提を満たすために死力を尽くさねばならない。
(死ぬ気か……一体、儂自身どころか、儂という存在は、いつからそんなものを出していなかったか)
過去の記録を巡っていく。
みんな死に際は戦い抗っているように見える。
老衰死なんてない。それが自身の力なのだから。
だけれどもそれは枯れた心で振るうなけなしの力。
どれもこれも諦観が一緒だった。
自分はやれるだけやった。次の不死旅団団長へバトンを渡そう。
自分をなぐさめるためのがんばり。
(まだ、駄目だ。儂は、不死旅団は代替わりしたばかり。しかも儂単独行方不明。最悪不死旅団というシステムそのものが瓦解する……! そうだ……)
シンシャは拳を握りしめる。
(悔しがれ、儂!!)
今だけは誰も見ていない。
ならば恥だと感じるような行動もできた。
それは誰かのため自分のために奮い立ち上がること。
そんな青春くさい行動を今更……という気持ちを抑える。
限界以上を引き出す。それしか勝ち筋がないのだから。
少しして。覚悟が。決まった。
(そう、全力でやりきり、それで負けた時に悔しがれ、儂。ならば今、やり尽くす!)
レベルの差。神としての差。それはある意味残酷だ。
だからこそジャイアントキリングには意味がある。
それを成すのはニンゲンとしての意思。
(今ここで、やる!)
シンシャは草陰から一気に駆け出した!
無限の神が居座っていたおかげで出来た植物の無限繁殖たち。
それを利用し視界に入らず駆けていく。