二百六十二A生目 森中
威光の神の正体。
受け継がれたというのはある意味ただしいのだろう。
だがそれは他の神すら何も思わず使うそれ。
「威光の神、な……言い得て妙か」
「自分から、名乗ったわけじゃぁ……なかったんだけど、ねぇ。みんな、私に頭も、腰も下げてくれる。私を使った者が、次の威光の神になる。だからまあ、次に行くのも、納得したし、悪くなかった」
……リュウは冷や汗が流れていた。
月に昔送られた神々はこの世界に仇なす者だ。
あらゆる神たちが自身の運命を粛々とこなす上で……その運命たちを星ごと食い荒らそうとしたものたち。
優しげに老人のようにゆったりと……そして底冷えするような声色の相手は。
間違いなく悪神だ。
「なぜ椅子の形などを? それはニンゲンの道具でしかないだろう」
「ああ、それは、この姿だと、みんな座って、くれるからぁ……ねえ。それに、椅子だと警戒されずに、抜けれたなぁ。封印しているような、ものだからねえ、ハハハ……」
かわいた笑いが響く。
それは確かに一切のまともな心などなく。
「昔は、そう、これほど小さくなる前、もっともっと昔はね、私ももう少し大きかったし、人工物じみてはなかったかな」
「……とすると?」
「ああ、小さいけれどね、黒い海にたゆたう、1つの星だったかな。少し、あたたかいけれどね」
リュウは目をすぼめため息を吐く。
……昔は別の恒星だったらしい。
いやむしろ恒星型の神だったと。
それがなんやかんや縮小し星へ入り込んできた。
これが月に送らなければならなかった理由。
危険とかいう段階じゃあなくていたらそのうち星が滅ぶ。
外なる神。宇宙に揺蕩う光。狂いたまう別世界の法則そのもの。
「私の光で、たくさんの命が育って、消えていったね。あれはよかった。今はこうだけど、またいつか、やりたいものだね」
「貴様っ」
「まあ、今は、椅子だし。それでいいんだよ」
それに道理は通じず。
それに法則は通じず。
それに原理は通じず。
「だから、今回も連れられてきただけで、少し、遊びに来ただけさ。ハハハ。じゃあ、うるさくなる前に、帰るよ。うるさいのは、苦手だからね」
ふと。
椅子はその場から消えた。
まるではじめからこの世界にいなかったかのように。
リュウは大きく息を吐き剣をしまいにいく。
「古代の存在の神々、旧き者は時や空間にすら縛られない。本物の化け物、存在が他者に害悪。ただひたすらに無聊を埋めるために何かをする存在」
先程の耳障りなささやきも全く聞こえなくなっていたという。
「月に封じられていた時に神として呪われるのを避けるために、単なる物になっていたか。それで悠久の時を滅びずに過ごしたと」
……リュウによると月にいる神は存在の格ごと堕ちるらしい。
それこそまるで単なる生物以下のように。
寿命が来れば長かろうといつかは肉体が消える。
魂が……そして神としての存在がまた月に発生し受肉するけれど。
それは引き継ぎ後の別存在になるだろうと。
弱くなり変貌し転生というよりかは……無限の烙印。
だからきっと旧い神々はそれを乗り越えてくる。
とんでもない方法で。
あの威光の神……椅子の方もおそらくは本来この世界に干渉してくるのもおかしいぐらいの存在なのだろう。
だけれど月に封印されていた。
追い返せなかったから。
……元来そんなやつらがいると考えると頭いたくなってくる。
もちろん大半はその流れでぶち込まれたものらしい。
だからリュウはある意味大当たりを引いてある意味大ハズレだったわけだ。
「はぁ」
さすがに疲れたらしくリュウは玉座に座る。
……いやもう濁流と光線にのまれてないのだが。
リュウ的にはリュウが座る場所が玉座でありそこが瓦礫の山でも変わらないらしい。
「この感じだとアイツ等の所にも誰か行くかもしれないが、まあ死ぬかもしれないな。そうか、まあ全員自業自得だとしか思えないな……」
リュウは他の顔のない神たちへ厳しかった。
「助けてくれーーー!!」
シンシャが逆さ吊りにされていた。
周囲に人影はなく鬱蒼と茂った森の中。
森が深く雲もかかって夜か昼かはっきりしない。
シンシャそのものは14ほどの学生と呼ばれる風貌でしかない。
実体は顔のない神が1柱。
水銀のような年齢操作を得意とする存在。
こんなことになったのはもちろんシンシャもまた別の神に襲われたからだ。
正体不明。理由不明。つまるところなにもわかっていない。
神の気配がしたかと思ったら気絶させられ気付いたら逆さ吊り。
あまりに不憫なボコられ方だが幸いなことにまだ死んではなかった。
たまたま単独行動していたから運悪く誰にも見られていない。
シンシャは深い溜め息をはいた。
逆さ吊りの男。
比喩の世界ではよく使われるけれど珍しい直球そのものの状況になっていた。
ひっくり返っているシンシャはやがて鈍い音と共にどさりと地面へ落ちる。
「うぐっ、いってぇ、尻が割れたあ……! こ、腰があ!」
変な姿勢で落ちることとなったシンシャ。
当然受け身も取れず変に打ちすえる。
しばらくの間痛みで悶え苦しんだ。
足は奇妙なもので挟まれていた。
木の枝だ。
まるで長年放置して木の枝に足が絡んで成長したかのようなもの。
風の魔法が使えたシンシャは枝を風魔法で斬り落としたのだ。
「ああ、めんどくさい、明らかに面倒ごとの匂いじゃな。さ、逃げるかのう」
シンシャは面倒事に対して立ち向かうのだなんて発想は持ち合わせていなかった。
とりあえず歩きながら周囲の情報を探るシンシャ。
「やっばいなぁ……なんもわからんぞ。儂、歳だからもう夜目とかきかんのじゃが」
シンシャはもう30分は無駄に歩いていた。14歳の見た目だが。
もちろんシンシャも不慣れではない。
普段から不死旅団と共に旅をする民族として暮らしているのだ。
だから森の渡り方も知っている。
歩いた場所を理解するために目印もつくり。
今歩いている方向が曲がっていないかをつどチェックしていた。
迷ったときのために方向も決めているしもろもろの道具は身につけてある。
大量の荷物を持ち運ぶ旅団らしく収納のための道具はたくさん。
中を空間拡張処理した革のバックがある。
そんなに大きなものは入らないが小物を詰めるのに便利だそうだ。
水袋もあるしニンゲンの特別な道具もある。
「このまんまじゃあ、拉致があかねえのう。じゃあ、よし……行け」
袋から出した何か虫のような模型。
それが翅を羽ばたかせて飛んでいく。
空を高くとんで行くそれはどんどんと広い範囲を目に映していった。
「うわ、深いのう、この森」
特別な魔法道具であるこれは視界を持ち主と共有する。
高級品というよりもなかなか材料と腕を持つ職人がおらず作れないタイプの代物。
メチャクチャ壊れやすいから使いたくないと死蔵していた。
あと使っている間は当然自分が無防備になる。
シンシャ自身見つからない自信はあったので思い切って使う。
そこでわかったのは……おかしい。
「なん、だこりゃ……神力はビンビン感じるし、神域なのはわかっていたけどのう……上に行ったら……下が見えた」
意味がわからないがもっと意味がわかっていないのはシンシャだったらしい。
見えた光景はこうだ。
まず順調に上へ飛んでいく。
高度限界はあるものの森くらいなら……と思っていたやさき。
空まで通じる樹木たちに変化があった。
ある地点からねじれていたのだ。
正確には反対側から生えるかのように葉と枝の向きが真逆になった。
そのまま飛んでいくと地面に着陸した。
途中から操作感覚が狂ったらしい。
まるで飛ぶというより……落ちていったと。
もちろんまっすぐな割にそこへいるはずの自分はいない。
緊急離陸させてまたまっすぐ上へ。
途中のねじれゾーンを超えるとまた落下。
今度は自分の上へ。
ギリギリキャッチが間に合ったのが今。
「情報を整理すっか……これ、無駄に動いていいことが1つもないじゃろな。ピチピチの若者じゃからそういうことに気づくな」
若いやつは動きまくるしピチピチとか言わない。
分かっている情報を小枝で地面に書き込んでいく。
まず大事なことは虫から伝わるのは視界だけという点だ。
それ以外のことはまったくわからない。
「飛んで行った際に続く樹木と……ねじれてまがった樹木が続いていた」
図式を描いていく。旅団という仕事柄実は多くのメンバーは図式を描けるように訓練しているらしい。
地面。木たち。とんでいく矢印。
木の向きが途中で回転。
「そしてここを超えた瞬間に落ちだした。あれはなんじゃ……?」
風もないはずなのに制御がいきなり効かなくなった。
図式に書いていくとわかる。
あの視界は……
「そうか、天井か。天井に落ちたんじゃ」
自分がいるポイントは下。
虫が落ちたのは上。
あの時ぐるりと回ったのは……地面の位置が変わったから。
簡単に言えば重力位置が変わったということだ。
重力とはというのをその時シンシャは体感知っていても原理や言語としては知らなかったので自分の中で納得したらしい。
虫が制御不能になるはずである。
この虫は体を傾ける機能はない。
常に落ちる方を下にしているだけだ。
なのにぐるっと回転すればわけわからなくなる。
想定されていないからだ。
そして完成した図式をみてうなった。
「……なんなんじゃい、この理解不能な図は。これの通りじゃあ、上と下で全く同じ景色があるってことじゃないかのう」
上と下がかがみ合わせのような図。
重力もそれぞれある。
ないのは自分とか虫とかの存在だけ。
「マズイぞ、あてが1つ消えてしまった。儂が歩いて自力で出るのは無理じゃなコレ」
作戦である空撮して正確な位置測定は失敗した。
というよりなんというか歩いて出られるような空間ではない。
世界がねじれて地面が2箇所になるのは想定外だ。
そう。明らかに神の仕業。
神域だからといって自力で出られないということはない。
普通に出入り口があるほうが大多数だ。
だがそうじゃないものもいる。
タチの悪い神が相手ならそういう相手もいるのは当然だ。
「じゃとしたら、何か脱出のヒントを……うおっ」
シンシャはブツブツと独り言をつぶやいていたが。
唐突に顔をあげた。
自身の感知系スキルに何かがひっかかった。
息を殺しスキルを体に巡らせる。
シンシャの体がまるで透明になるよう透けていく。
夜闇の中こっそり動いて人々を探ったりもろもろするのにつかう。
ただいろいろ制限はきついらしい。
そのかわり5感など全体的な感知を断つことができる。
ちなみにうっすら見えるので隠れることを忘れるとダメらしい。
静寂の中空から風切り音が響いてきた。
巨大な……鳥。
その全貌は霧がかり霞んでるような森の中では良く見えない。
そもそもシンシャが隠れているのでそんなに見えなかったらしい。
少なくともここの主だとわかるくらいの激しい神力を常に放っていたらしいが。
(やべぇ、死ぬ)
手で口を抑え息を詰まらせる。
放つ威圧感が異常だったらしい。
……顔のない神の中でシンシャは最弱だ。
これは仕方ない。
代替わりしたばかりなので弱くて当然だった。
そもそも戦闘向きのスタイルでもない。
なのでこういった異常な相手に出来ることは。
ただ声を潜めることだけだ。
(飛んでいる……この異様な空間を、どうやって? いや、ここの支配者ならば最も自分に適していて問題なく動ける。木々が深かろうと地面が2つあろうと大差はない。問題はそんなところにはないな、大事なのはあの鳥神が何故儂を早贄にしたかじゃ)
モズという鳥がいる。
その鳥は早贄と呼ばれる獲物を枝に吊るしておくという知能があって本来は保存肉を作るためだ。
しかし神が保存肉を作るとは思いにくい。
(なんだ? 鳥神の近くの植物たちが異様に繁殖している)
そのまま見ていると鳥神が着陸したあたりでものすごく木々が生い茂り草木が伸びだした。
植物を司るような神ならばありうることだがその様子は違った。
それはこらえきらないほどのエネルギーを無理やり注ぎ込まれるかのような姿。
植物が苦しんでいる。
それが明確にわかったという。
やがて悲鳴をあげるかのように植物たちは裂けて砕けそこから更に生えていく。
異常だ。あまりにもおかしい。
(気持ち悪いの)
同時に使えるかもしれないとも。
飛び立つと一斉にその場の植物が枯れる。
それをほかの植物が飲み込むように成長。
結果的に落ち着く。
これがこの場の日常と理解した。
シンシャが使えると思ったのはあの近づくとたくさん伸びる植物たちだ。
(これで不意に近づかれても……)
あれでも位置探知が出来るので比較的ラクになる。
そうしてスキルをといて
「っっっ!!」
気付いた。
自分が隠れていた木が途端にざわめきだしたのを。
全力で隠れ石のよう固まる。
鈍い音と共に着陸した。
鳥の巨大な目がこちらを見ようとしてくる。
植物が急速に伸びてきてシンシャの体すら覆っていった。
(ち、ち、ち、近い!! 儂の若々しい心臓が死ぬ!)
シンシャが漏らした神力をおそらく感づかれた。
いまや心臓の音が1番うるさい。
わずかな時間のはずなのに永遠に続くよう感じられる。
……引いた。
植物たちが枯れ威圧感が消し去った。
残されたのは全身草まみれのシンシャだけ。
今度はたっぷり時間をとってから。
大きく息を吐いた。
スキルの効果も切る。使えばそれだけ負担がかかるからだ。
「やばかった……寿命縮んじゃぞ……年寄りを驚かせるとは、心臓が止まってしまうぞい」
さっき若い心臓どうこうはどこへ行ったんだ。
顔のない神たちはその根源的な不死性と違って本体そのものはあまりにも脆い。
神としては1度死ねば死ぬのだなんてかなり面倒な体質なのだ。
次名のる者は他者のそういった記憶を継いだ別意識で別魂でしかない。
だからこそ生きて帰るしかないのだ。
シンシャは拡張バックから道具を1つ取り出す。
古びた鈴だ。
リィン……リィン……
ゆっくりと涼やかな金属音が鳴り響く。
鈴の鳴る音はやけに遠くまで響くように聞こえた。
「これ、使うの嫌だったんじゃがなぁ」
すると鈴は跡形もなく壊れて消える。
嘘つきの鈴。消耗品。
あたりに森のものではない不自然な濃い霧が立ち込めはじめる。
狩りではない戦いが今……はじまった。