二百三十一A生目 夕焼
たぬ吉はもともと戦闘メインではない。
ということでこの時は目が回りそうなほどの激務に追われていた。
それでもたぬ吉自身の気の持ちようはかなり高く強いものだったが。
「よし……兵站のここは終わった……次は避難所の……」
たぬ吉はこの大きなアノニマルースの隅々にまでパイプを持っている。
本たぬきの役職自体は金融系のトップだが……
実際の権力はそんなレベルではない。
たぬ吉自身も把握しきれないほどなのだがアノニマルースすべてを把握しているとも言われるほどに。
理由はある。
たぬ吉自身がやりきれなくてもいいようにたぬ吉がずっと意識的に仕事を割り振ったからだ。
なのでたぬ吉自体がやることは任せることだった。
誰に何をどう任せるか。
それをずっとやっていったらあらゆる相手と繋がりを持ったのがたぬ吉だ。
そうしてたぬ吉は今戦時中ということで特別な業務を割り振っていた。
書類1つ片づける間にタスクが1つ増えていく。
そんな状況のためすでに何時間働いているかもはっきりわからなかった。
「この腕輪が無かったら耐えれなかったかも……」
たぬ吉も私との繋がりでスキルによる経験の積み重ねと本たぬきの蓄積によりそうとうレベルは高い。
ゆえに頑強ではあるが……
それよりも自動回復能力などを持つ私の腕輪をありがたがっていた。
「ローズさん……! 絶対助けますからね」
そんなに腕輪の力がよかったのだろうか。
たぬ吉は再度書類の山へと向き合った。
そこに潜む1つ1つの重要性を1つも見逃さないようにしながら。
クライブとグレンはフル武装を整えていた。
普段の戦いは冒険者として戦うため長時間稼働を意識している。
もちろんかなり強いものだけれど……
アノニマルースの貸出鎧ほどじゃない。
ガッツリと何重にも強化を重ねた鎧は稼働しやすさと多くの特殊効果が重ねられている。
元々魔物が着る前提なせいで過剰なほどに能力の引き出したが多い。
魔物が着るさいはこの中からいくつかの能力をピックアップして自身に適用する。
しかしニンゲンは何も意識しなくとも全部引き出せるのだ。
倍以上の能力をあっさり引き出せるのは他の魔物たちからみてもちょっと羨ましいぐらいだった。
「すごいなこの鎧……」
「俺達人のことを羨ましいというが、この鎧を作れる腕を持つ魔物のほうが羨ましいがな」
ニンゲンたちは単純なレベル上昇による能力上昇恩恵が若干低い。
あ。勇者は別。勇者は武具だけじゃなく素でも恐ろしく強い。
今現在クライブとグレンは各々に合う防具を完璧に身に着け自身のポテンシャルを何倍にも引き伸ばしていた。
ニンゲンたちの装備って上位になればなるほどメチャクチャ増えていくんだよね。
そのほとんどは魔物である身には無用の長物。
ニンゲンたちの創意工夫の代物だ。
この持ってる円盤何? って昔聞いたら1つ1つ加工した石を入れてそれぞれが関与して力を引き上げ……とか驚いたよ。
魔物たちは使えないとはいえそもそも素でそのぐらいの能力を引き出せるからね。
とにかく1つ2つじゃない追加装備でニンゲンたちは底力を引き上げる。
……だからこそ数揃えで戦力を生み出すのが少し難しいのだけれど。
ニンゲンは多数の装備ビルドをキリキリにチューンナップすることで初めて超越した力を発揮できる。
それを強いグレンくんとクライブがするわけだ。
「これ、致命傷をうけたら自動転送だったっけ? とんでもないよな」
「全冒険者に配られたら、世の職業観が変わるな」
「違いないよね!」
軽口叩いてはいるが本心でもあるだろう。
ただそんな簡単な品じゃないからね……
もちろん彼らもそんなことは分かっている。
だがいつかはそんな未来が来ると信じられているだけだ。
そして今彼らがやるのは冒険ではない。
「いけるか?」
「っし! いけます!」
「……」
グレンくんが気合を込めた時敬語になるのは仕方無い部分がある。
クライブは巨大で大人だ。
グレンくんは見た目も実年齢も子どもである。
そしてクライブもわざわざ口調をどうこう言わない。
ただタメ口のほうがやりやすいと思っているだけだろう。
彼らの全身はこれでもかというほど固められ帯びるエネルギーがうっすら光って見える。
翠の大陸英雄クライブ。
元勇者グレン。
ふたりの人類最高峰がついに傷を癒やし外へと飛び出した!
ふたりは夕焼けの中残骸を超えて門の上を跳び越す。
内側から外に出るのは簡単だ。
じゃないと迎撃しづらいから。
戦場はいまだ血と死のかおりが強くただよう。
ついていっている剣ゼロエネミーに匂いはわかんないけれど!
でも戦闘は今もされているから嗅がなくてもわかる。